テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ外縁/王国警備局・医療棟前・門外】
青白い残光が、地面の焦げ跡の上で、ふわりとほどけて消えていく。
さっきまでそこにいた二つの“脅威”
――サロゲートとレアの気配が、嘘みたいに薄い。
熱も、少し引いた。
息ができる。喉が焼ける痛みが、やっと“痛い”として分かる程度に戻る。
「……今の、なんだったんだ」
リオがマスクの奥で小さく吐いた。声の終わりが震えている。
怒りというより、理解できないものを見た時の震えだ。
アデルは剣先を下げないまま、門と森を交互に見た。
「消えた、とは限らない。戻ってくる前に――」
その言葉が途中で止まった。
門の外縁。森の影が、さっきより濃く揺れた。
枝が動いたわけじゃない。“影の中身”が、立ち上がったみたいに。
一人の男が、木々の間から姿を現す。
武装していない。ローブでも鎧でもない。
濃い色の上着に、肩から古いバッグ。
立ち方だけで「危ない場所を知っている人間」だと分かった。
ハレルの胸が、きゅっと縮む。
喉の奥に、名前になりかけた音が詰まった。
(……嘘だろ)
男の横顔が、炎の残り火に照らされる。
何度も見てきた横顔だ。
子どもの頃から――写真でも、背中でも。
「……父さん?」
声にした瞬間、足が一歩前に出ていた。
サキも、信じられない顔で息を呑む。
「お兄ちゃん……あの人……」
ハレルは呼び止めようとした。叫びたかった。
でも、声が続かない。現実じゃないみたいで、喉が動かない。
男は、こちらを“正面から”は見なかった。
視線を合わせないまま、ほんの少しだけ顎を上げる。
――合図みたいに。
そして、森へ向き直る。
「待てよ! 父さん!」
ハレルが今度こそ声を張る。
サキも一歩踏み出す。
「待って! 今の、なに――!」
男は振り返らない。
代わりに、指先だけが小さく動いた。空気をなぞる、短い動き。
次の瞬間――
森の影が濃くなり、男の輪郭が“木の影に重なる”みたいに薄くなる。
逃げた、というより、「最初からそこにいなかった」みたいな消え方だった。
「……っ!」
ハレルが走り出そうとした、その時。
サキのスマホが、短く震えた。
画面が勝手に点き、白い文字が浮かぶ。
《見ないで追うな》
《入口を越えろ》
《医療棟の中で、コアを“戻す”ことだけ考えろ》
《――後は、こっちで片をつける》
サキはその文字を見たまま、震える声で言った。
「……今の、メッセージ……」
ハレルの視界が一瞬ぐらつく。
胸元の主鍵が、嫌なほど静かに熱い。
まるで「知っている」と言っているみたいに。
アデルが、ハレルの横に立つ。近づきすぎない距離で。
「今の男……知っているのか」
「……俺の、父です」
言い切った瞬間、自分でも現実味がなくて笑いそうになった。笑えない。
リオが、森を見たまま言う。
「い……今のが、本当か!?」
ハレルは答えられない。
でも、今の消え方は“普通じゃない”。
父が普通じゃないことを、今さら認めるみたいで怖い。
イヤーカフから、ノノの声が入る。いつもの速さ。必要な情報だけ。
『今の干渉、ログが残ってない。残せない形でやってる』
一拍置いて、少しだけ声が低くなる。
『……でも、敵の座標じゃない。たぶん、味方側の“手”』
アデルが小さく息を吐いた。
「なら、今は進む。ここで止まるほうが危険だ」
ハレルは、サキの手を握り直した。
サキは頷く。でも目が揺れている。
父の背中を追いたいのに、追えない目だ。
「……行くぞ、サキ」
「……うん。怖いけど……行く」
二人の足が、門へ向く。
◆ ◆ ◆
【異世界・王国警備局/医療棟・門内】
門をくぐった瞬間、空気が変わった。
外の森の匂いが薄れ、代わりに、薬草と消毒の匂いが鼻に刺さる。
石造りの壁。白い布。水の音。
医療棟の中は静かなはずなのに、今は静かすぎて逆に怖い。
廊下の奥から、誰かの泣き声が小さく漏れている。
「入っていいの……?」
サキが小声で呟く。
「入る」
ハレルは短く言った。言葉を伸ばすと、心が折れそうだった。
リオとアデル、隊員二人が前後につく。
隊員の一人が周囲を見回しながら、低く言う。
「動くものがいたら、すぐ知らせます」
アデルは頷く。
「無理はしない。ここは“戻す”場所だ」
ハレルはバッグを抱え直した。
ユナのコアが中にある。重さは変わらないのに、今日はやけに重い。
父のメッセージが、胸の内側でずっと鳴っている。
(入口を越えろ)
(医療棟の中で、戻すことだけ考えろ)
でも、頭の片隅で、どうしても消えない。
森の影から現れた父の姿。
呼び止めても振り返らなかった背中。
そして――「後はこっちで片をつける」という一文。
サキがスマホを握りしめたまま、ハレルの袖を掴む。
「……お兄ちゃん。今の人、本当に……」
「……あとで考える」
ハレルは自分に言い聞かせるみたいに言った。
「今はユナだ。戻す」
廊下の突き当たりに、厚い扉が見えた。
扉の前に、医療班の兵が二人立っている。顔が青い。
「……外縁が騒がしい。何が起きてる」
兵の一人が言いかけて、ハレルの胸元の主鍵と、バッグを見て言葉を飲んだ。
アデルが短く説明する。
「コアを戻しに来た。通して」
兵は迷い、でも頷いた。
「……中は安静区画です。騒がないでください」
扉が開く。
白い布のカーテンが揺れ、柔らかい灯りが漏れた。
ハレルの心臓が、嫌なほど大きく鳴る。
サキが息を止めるのが分かる。
「……行くぞ」
動揺は消えないまま。
それでも、足は止めなかった。
◆ ◆ ◆
【現実世界・学園跡地/森・中心部/石造建物・内部】
石の壁が、冷たかった。
湿った匂い。苔と、古い灰。
懐中ライトの円が揺れるたび、
壁に刻まれた傷みたいな溝が浮かび上がっては消える。
奥で――コツ、と音がした。
人の足音じゃない。爪が石を叩く音。
全員が止まる。銃口が上がる。
城ヶ峰は小さく指を立てる。黙れ、という合図。
暗闇の奥で、何かが動いた。
黒い塊が、ライトの端を横切る。
次の瞬間、唸り声が空気を裂いた。
「グルルル……!」
狼――に見える。だが、サイズが違う。
肩が人の頭より高い。背中が丸太みたいに太い。
口を開けると、犬歯がナイフみたいに白い。
「……来るぞ」
城ヶ峰の声が落ちた瞬間、獣が跳んだ。
石床を蹴り、影が一直線に迫る。
「撃て!」
乾いた銃声が連続する。
火花が散り、石の欠片が飛ぶ。
獣の体が跳ね、壁に爪を立てて踏ん張った。
倒れない。
その目だけが、ライトを見ても怯まない。
木崎が息を呑む。カメラを構えたまま、喉が鳴った。
「……マジで、ここ“現実”だよな」
獣は唸り、横へ跳んだ。
暗がりに溶けるように姿を消す。
「……逃げた、のか」
隊員の声が震える。
城ヶ峰は首を横に振った。
「逃げたんじゃない。――“様子見”だ」
石造建物の内部は、音が妙に反響する。
どこからでも来られる。どこへでも消えられる。
ここで長居は危険だ。
「進む」
城ヶ峰は短く言って、先へ手を振った。
その背後で、日下部がノートパソコンを抱え直す。
病衣のまま、息が白い。
「……今、揺れた」
日下部が小さく呟く。
「何がだ」
城ヶ峰が視線だけで返す。
日下部は画面を見せた。
黒い背景に、見慣れない波形と数字が走っている。
座標みたいな値が、ぐにゃりと折れて――戻る。
何かが“瞬間だけ”別の場所と重なったみたいに。
「説明できないけど……」
日下部は唇を噛んだ。
「さっきより、近い。ここ、中心に行くほど――“引っ張り”が強い」
木崎がライトを振る。
石壁の溝が、ただの傷じゃないと気づく。
焼け跡みたいに黒く、ところどころ、文字にも紋にも見える。
「これ……落書きじゃねえな」
木崎が言いかけた、その時。
空気が、ひゅっと薄くなった。
懐中ライトの光が、一瞬だけ青白く見えた。
埃の粒が、光の中で“文字”みたいに並ぶ。
読めない。けど、規則だけはある。
プログラムの羅列みたいな、冷たい並び。
「……今の、見たか」
隊員のひとりが声を落とす。
城ヶ峰は即座に言う。
「見た。――気にするな。今は足を止めるな」
日下部の画面でも、同じ瞬間に波形が跳ねた。
まるで、遠くで何かが“実行された”みたいに。
木崎は反射でシャッターを切った。
カシャ、という音が遅れて耳に届く。
その“遅れ”が、嫌だった。
(……向こうで何かが起きた)
(同じ瞬間に、こっちにも影が落ちた)
一行はさらに奥へ進む。
石の廊下が、階段に変わる。下へ、下へ。
その途中、木崎はふと、背後を見た。
入口のほう――ライトの届かない暗がりに、誰かの輪郭が立った気がした。
男の影。
コートみたいなもの。
でも次の瞬間には、ただの闇に戻っていた。
「……今、誰か――」
木崎が言いかける。
城ヶ峰が被せるように言った。
「今は前だ。撮れ。記録しろ」
木崎は黙って頷き、カメラを握り直す。
日下部はノートパソコンを胸に抱え、目だけで暗闇を睨んでいる。
特殊部隊員が、結局日下部の横を離れない。
石の階段の先で、また――コツ、と音がした。
今度は一回じゃない。二回、三回。
爪が石を叩く音が、近づいている。
城ヶ峰が小さく手を上げた。
全員が止まり、銃口が上がる。
「……来る」
闇の奥で、何かが息をした。
森の匂いが、建物の中まで入り込んでくる。