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「わかった、わかった。それじゃあ、アジェの可愛い顔も堪能できたし、私達はこの辺で失礼するよ。なんの手続きもしないで入国しちゃったから、バレたらちょっとアレだからね。あ、なんかあったら、心配性な私に免じて、なんとかもみ消してくれ。頼りにしてるよ、騎士殿!」
ディモルトはグレンシスの肩を叩くと颯爽と馬に跨った。
オルドレイ国の側近達もそれに倣い、アジェーリアに綺麗な一礼をすると、全員が馬に跨った。
ちなみにキバルを始めとする側近たちは全員、ウィリスタリア国の王女と騎士に対して申し訳なさそうな顔をしている。
きっと普段から王子の奇抜な行動に付き合わされてしまっているのだろう。その表情は申し訳なさの中に、子供の不始末を詫びる母親のような雰囲気を醸し出していた。
王族に翻弄される気持ちが痛い程わかるウィリスタリア国の騎士達も、オルドレイ国の王子と騎士に向け、綺麗な幕引きをするために、きちんと礼を返した。
「アジェ。また明日」
ディモルトは華麗にアジェーリアに向かってウィンクをかまして、あっという間に側近たちを引き連れて闇森の中に消えて行った。
(生粋のキザ男だ)
岩に腰かけたまま、事の成り行きを見守っていたティアは、心の中でそう呟いた。
地響きと馬の蹄の音が遠のいて行くと同時に、ここにいる全員は、深いため息を吐いた。その表情は皆、ことごとく疲れ切っていた。
「……まったく嵐のような一時じゃったな」
アジェーリアの言葉に、ここにいる全員が深く深くいた。
逃走あり、戦闘あり、珍客アリの、怒涛の時間が過ぎれば、疲労感がじわじわと押し寄せてくる。
しかし、城塞からも離れた森の中で、夜を過ごすわけにはいかない。
アジェーリアは気抜けした表情のまま、グレンシスに問いかけた。
「……で、これからどうするのじゃ?」
問いかけられたグレンシスも、疲労を滲ませた声で答えた。
「……当初の予定通り、ハンネ卿の元へ行きます」
「そうじゃな。それが良い。すぐに向かうぞ」
「そうしたいお気持ちは重々わかります。が、今、替えの馬車をこちらに向かわせております。もうしばらくお待ちください」
「もう夜分遅い。このまま馬で向かった方が早いのではないか?」
「……馬で乗りつけられたハンネ卿のお気持ちも察してあげてくださ……───ああ、到着したようです。どうぞ、お乗りください」
お騒がせな市民を城塞に連行し終えた騎士と共に、馬車が車輪の音を立てながらこちらにやってくる。
素直に頷いたアジェーリアは、馬車の方に身体を向けた……けれど、すぐにグレンシスに向かってこう言った。
「そうじゃな。わらわも何だかんだ言っても疲れた。馬車でゆるりと移動することにしよう……あ、あとグレンシス、」
その口調は、台本を読んでいるかのように不自然だ。
怪訝な表情を浮かべたグレンシスに、アジェーリアは、にんまりと笑みを浮かべて「耳を貸せ」と言いたげに、ちょいちょいと指先を動かした。
嫌な予感がしたが、王女の命令を断る名分を見つけられなかったグレンシスは、渋々従った。
膝を折り、アジェーリアの口元に耳を近づけたグレンシスは、ごにょごにょとお節介な助言を受け、みるみるうちに苦いものに変わっていく。
「……お気遣いいただきありがとうございます……とでも言えばよろしいでしょうか?」
「そうじゃな」
「……」
すまし顔で頷くアジェーリアに、グレンシスは何も言わなかった。
アジェーリアの助言は、男の矜持として素直に喜べないものではあったが、露骨に嫌だと突っぱねることができないもの。
二人を傍観していたティアは、少し離れた岩に腰かけたままなので、内容までは聞こえていない。
漠然と、このままアジェーリアと一緒に馬車に乗り込むか、後片付けの為に一人、城塞に戻されるものだと思い込んでいる。
しかし、あっと思った時には、ティアは問答無用でグレンシスに抱き上げられ、そのままグレンシスの馬に乗せられてしまった。