テラーノベル
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11,300
立秋 芽々(りしゅう めめ)
219
『帰らなきゃ』
思い切って中古の車を買った。
しかも、カーナビ付きで。
「ちゃんと中のデータはアップデートしていますので」
ディーラーは、貼り付けたような笑みを浮かべてそう説明した。
カーナビが少々古くても、今どきスマホの地図アプリもあるのだからそこまで不便はしないだろう。
さっそく、彼女をドライブに誘ってみた。
今ならあの道が満開の桜並木になっているはずだ。
「車買うお金、あるんだ」
「中古買うぐらいならあるって」
少し不満そうな表情を浮かべていたのは、俺が世界的に有名なネズミのいる遊園地に行くのを渋ったせいかもしれない。
いや、だって高いだろ。ワンデーパスでも1万いくんだぞ。
おまけに中に入ってからもあれやこれやと金がかかる。好きな人が行くなら楽しめるのかもしれないが、遊園地に興味の無い俺としては金をドブに捨てに行くようなものだ。
ドライブ中、彼女の機嫌は良くなかったが向かっている先がそのネズミのいる遊園地だとわかった瞬間、表情が変わった。
「え!あれだけ行く必要無いって言ってたのに!?」
「いや、まぁ、そりゃ行く理由ねぇな、とは思ったけど行ったこともないのにそういうのはどうかなって思って……」
「え〜!!マジで意外なんだけど…。あ、でも、チケットは?」
「取ってある。でも、調べたらあれだろ?レストランとか乗り物も予約?しなきゃいけないんだろ?」
「あ、そのへんは私にまかせて!」
彼女はニヤリと笑ってスマホを取り出した。
「あ、花見は?」
「それはまた今度行けばいいだろ?」
「そだね」
あっさりと納得したが、俺は今日行きたかったなぁという視線を送った。
しかし、そんなものはスマホをものすごい勢いで操作している彼女には伝わらないようだ。
何をしたのか俺は正直さっぱりわからないが、入園してからレストラン、アトラクションの予約は全部彼女がやってくれた。
そのお陰で、無駄な待ち時間も無くスムーズに楽しむことができた。
何より、彼女が久しぶりに楽しそうに笑ってる顔が見れて俺は一安心する。
「なに?人の顔、じっと見て」
「最近ずっと暗い顔してたから。楽しんでもらえてよかったって思って」
「……は?なにそれ」
言葉は悪いが照れているのはすぐにわかった。
「こんな彼氏ですが、たまにはやることちゃんとやるんですよ」
「はいはい。帰り事故らないでね」
そう釘を刺されて俺たちは帰路についた。
花見はいつ行こうか、今度行ったら今日乗れなかったアトラクションに乗りたいとか、帰りも話題は尽きない。
[400m先、右折です。走行レーンにご注意ください]
「へ?」
急に、カーナビが案内を始めた。
「なんか操作した?」
「してないって…」
「じゃあ、なんで…」
俺がちらりとカーナビを見ると、画面には”目的地まであと15km”と表示されている。
「え、え、怖いんだけど…」
ビビる俺を尻目に、彼女はカーナビを操作する。
「あ、ちょっ!触らない方が」
「目的地解除したらこれで大丈夫だと思う」
[目的地が設定されました。案内を開始します]
「えっ!?」
俺達は驚いてカーナビを見る。
また同じ場所が目的地に設定されて、案内を始めた。
もう一度目的地を解除しても、別の場所を目的地に設定しても、また同じ場所が設定し直される。
「な、なんだこれ…」
「山奥に連れて行こうとしてるけど、ここ、何があるんだろ?」
彼女がぽつりと呟いた。
「い、行かないからな!」
「なにビビってんの?」
ニヤニヤ笑いながら彼女は脇をつついてくる。
「やめっやめろって!」
「スマホの地図だと民家があるっぽいんだよねぇ」
しかし、古いカーナビには道しか表示されていなかった。
いや、目的地付近に長方形の何かがあるからこれが家なのかもしれない。
「もう遅いし寄り道はしない!いいな!」
「は〜い」
だが、その選択は間違っていなかったのかもしれない。
後日、車を買ったディーラーに問い合わせると、顔色を悪くして答えてくれた。
「調べればわかることなんですが」と前置きをして。
俺が買った車の前の持ち主─Aさんは、その家に住んでいたのだという。
Aさんは事業に失敗して、多額の借金を背負ってしまい、この車を泣く泣く手放したあと一家心中したのだそうだ。
その話を聞いて、俺は空いた口が塞がらなかった。
カーナビがずっと家に帰ろうとしていたのは、何か意図があってのことなのだろうか。
あのときカーナビに従って走らなくてよかったと一人、安堵の息をこぼした。
「そんな車を売ってしまって申し訳ありません」とディーラーは深々と謝罪し、代わりに別の中古車を用意してくれた。
「そんなことがあったんだ」
彼女とまた遊園地に向かいながら、前の車のことを報告した。
もっと驚いたり、怯えたりするのかと思ったが案外彼女は平気そうだった。
こういうとき、女性は強いな、と思う。
「でも、私の調べだとさ」
「え、調べたのかよ」
「だって気になるじゃん。でさ、あの家、一家心中じゃなくて殺人事件に巻き込まれてみんな殺されちゃって、犯人もいまだ捕まってないらしいよ?」
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