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立秋 芽々(りしゅう めめ)
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月1で通っているマッサージ店。
お店も店員の雰囲気も良くて、値段がもう少し安かったら頻繁に通っていたかもしれない。
今、自分を担当してくれているのは田中さん。
私より年上の男性の整体師で、物腰柔らかな聞き上手なのでついつい色んなことを話してしまう。
今日も御局様が大変ウザいという話を嫌な顔一つせず聞いてくれた。
「すいません、いつもいつも愚痴を聞いてもらって…」
最後に出されるお茶を飲みながら謝ると、田中さんはいつも通り優しい笑みを浮かべて首を横に振った。
「気にしないでください。そういう溜まったものを吐き出すのも大切なことですから」
「そう言ってもらえると、助かります」
「しかし、職場の御局様は随分と厄介な方ですね。目の上のたんこぶといいますか、職場の空気を悪くする方といいますか……」
「そうなんです!!自分は全っ然仕事しないのに、私たちばっかり仕事して、その手柄を自分のものみたいに上司に報告するんですから。お前のために働いてんじゃねぇよ!って思います……あっ、すみません」
私は慌てて口を噤む。
「他のお客さんに迷惑ですね」
そう言って肩をすぼめると、田中さんは「大丈夫ですよ」とやんわりと言ってくれた。
「今は他のお客様はいらっしゃいませんし、当店の個室は声が漏れにくい設計になっていますから、ご安心ください」
「それなら、いいんですけど……」
そう、このお店の値段が高いのにはわけがある。
完全個室で、他のお客さんと遭遇することのない店内設計になっているのだ。
そのため、いくつか個室があるのにほとんど人の気配が無く、まるで自分だけの空間と時間を感じることができる。
目の前にいる田中さんも、私だけの特別な整体師のように思えて他のお店では味わえないような特別感に浸ることができるのだ。
「じゃ、また来月、よろしくお願いします」
「はい。また来月」
爽やかな笑顔に見送られて最高に良い気分で家に帰ることができた。
田中さんに月1で会えるから、私は今のクソみたいな仕事を頑張れるのかもしれない。
「もう!聞いて下さいよ!」
翌月、田中さんの顔を見るや否や私はそう切り出してしまった。
「あの人、本当に最悪なんです!」
「何があったんですか?」
それから私はあの悪魔みたいな御局の話をした。
新しく入った新入社員を口撃し、嫌がらせをし、精神的に追い詰めたのだ。
「ちょっと可愛い子が入るとすぐそういうことをするんです!上司が鼻の下を伸ばして、新入社員と話しているのが気に食わないんでしょうね。自分が上司に相手にされなくなると八つ当たりしてくるんです」
「相変わらず酷い方ですね…」
私の止まらない愚痴を田中さんは相槌を打ちながら聞いてくれる。
「自分はマッチングアプリに、加工しまくりの写真載せて男漁りしてるのに、私に対しては、”あなたは可愛げが無いからいまだに結婚もできないのよ”って大きなお世話ですよ!」
「佐々木様には、じゅうぶん可愛げがありますよ」
「う、えぇ!?」
突然の言葉に驚いて顔を上げると田中さんは、いつも通り優しく微笑んでいた。
「そ、そんな、わた、私に可愛げなんか…いっつも愚痴ばかりですし……」
戸惑う私に、田中さんは「そんなことありません」と優しく否定してくれた。
「御局という厄介な人がいるにも関わらず、佐々木様は毎日頑張ってお仕事されているじゃないですか、それだけでもじゅうぶん素晴らしいことです。それに、佐々木様自身何もおっしゃられませんが、きっと御局から口撃を受けた新入社員さんのことちゃんとフォローしてあげたんですよね?そういう気遣いができることを私はよく知っていますよ」
「あ、う、ああ……みんな、田中さんみたいに良い人だったらなぁ〜…」
そう言って私は顔を伏せる。
「私みたいな男を見たら御局様に”根性無しが”って言われそうですけどね」
「そんなこと無いですよぉ。むしろ、御局様のターゲットにされて、四六時中食事に誘われ続けます。行くというまでメッセージを送り続けてくるらしいんで」
「それは怖い。まるで妖怪のようですね」
「妖怪!」
私は声に出して笑ってしまった。
ああ、そうだ。あの女は妖怪なんだ。人じゃない。でなきゃ、あんな簡単に人を傷つけることなんでできるわけがないのだ。
何人、あの御局に泣かされ、精神を病んで会社を辞めたのだろうか。
どうして上司はそのことに気づかないのか。気づかないフリをしているのだろうか。
考えただけでも腹が立ってくる。
でも、それも田中さんが言うように妖怪だと思えば気持ちは楽になった。
「あ〜本当に妖怪だったら誰か退治してくれないかなぁ」
「あははっいなくなれば職場環境も随分と良くなるでしょうね」
「ええ、本当にそう思います」
私は大きく頷いてみせた。
「今日もありがとうございました。気持ちが楽になりました。私がこんな話してるの、秘密にしてくださいね」
「もちろんです。誰にも言いませんよ」
「じゃまた、来月もよろしくお願いします」
お店の外に出て、田中さんからいつもの言葉を待っていると彼の顔から笑顔が消えた。
「田中さん?」
「では、佐々木志保様。私の秘密も教えますね」
「へ?」
「私、人殺しなんです」
「……え?」
そして、いつも通りの笑みを浮かべると田中さんはそっとお店のドアを閉めた。
どういうことなのだろう。
すぐにでもドアを開けて確認したかった。
でも、ドアに手を伸ばす勇気がなかった。
いや、きっと田中さんなりの冗談だ。そう思って踵を返した。
その翌日、田中さんが突然、店を辞めたという連絡が入った。
なぜ、辞めたのかというのは店側も自己都合としか聞いてないとのことだった。
辞めるつもりだったからあんなことを言ったのか、本当に彼は人殺しだったのか。
どうしてあんなことを急に私に言ったのか。
何も理解できないまま、一ヶ月が経った。
「ねぇ、佐々木さん、御局の話聞いた?」
「え?なんですか?」
ここ一ヶ月、田中さんを失ったことによる喪失が大きすぎて御局なんか眼中になかった。
そういえば、少し前から無断欠勤が続いているとか上司が言っていたような曖昧な記憶がある。
「それがさ、自宅で亡くなってたんだって」
「え、死んだの?」
「らしいよ。風呂場で足を滑らせて頭打って死ぬとか…」
同僚は不謹慎にも笑っているが、彼女もまた御局の口撃で苦しんできた人の一人だった。
「マッチングアプリでイケメン彼氏ができた!って浮かれてたから天罰が下ったんだろうね。あ、見た?SNSの写真。絶対、合成だと思うんだよね。あんなイケメンいるわけないじゃん」
楽しそうに笑いながら同僚が見せてきたスマホの画面には、御局が上機嫌で微笑む横に見慣れた顔の人物が映っていた。
「田中さん……」
”私、人殺しなんです。”
そう言った彼の笑顔が、脳裏を過った。