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「楽しかったねー!」
「うん!また来ようね」
西の空が茜色に染まった頃、私と杏は顔を見合わせて笑った。
駅へ続く道に、四つの影が伸びる。
遊園地を出てから杏と佐藤くんは学校の話をしていて、それにまじりたい反面、邪魔するのは野暮だとわかっていた。
ほんの少し足取りを重くすれば、レイはそれに倣い、影がふたつ重なった。
私はちらりと彼の横顔を盗み見る。
どこか遠くを見つめる表情は、ふたりでいる時には見せない、穏やかな微笑みだった。
駅に着くと、杏たちと私は改札前で定期入れを取り出した。
レイは券売機に近付き、路線図を見上げる。
その様子をしばらく眺めていたけど、私はわずかなためらいののち、彼へ歩み寄った。
『レイ。これ使って』
渡したのは以前使っていたSuicaで、レイは無言でそれと私を交互に見やる。
『これ、ICカードなの。
チャージすれば、毎回切符買わなくてもいいから』
『私も持ってる』と自分のSuica定期券を見せれば、レイは感情の薄い目でこちらを見返した。
(……そんな目で見なくても)
どうやらここからだと、杏たちから見えないと判断したらしい。
どうせ使わないし、あげてもいいかという気になったけど、やっぱりやめればよかった。
気まずさを抱えつつ、差し出したSuicaを見つめていると、彼の手が動いた。
『ありがとう』
追って聞こえた声に、思わず顔をあげる。
レイはほんの少し笑っていた。
だけどそれが今まで見たことのない表情で、私は驚きに目を開く。
(な、なに今の……)
このままだと凝視してしまいそうで、私は慌てて顔を背けた。
『……それ、ちょっとはお金入ってると思うけど、ちゃんと自分でチャージしてね……!』
まくしたてるように言い、私は急いで杏たちの元に駆け戻った。
(なによ、もう……)
そんなつもりはないかもしれないけど、そうやって不意打ちばかりしないでほしい。
息を切らす私を見て、杏が不思議そうに尋ねた。
「どうしたの? レイさん切符買えたー?」
「……あぁ、なんかSuica持ってたの忘れてたんだって!」
「そうだったんだー」
杏の問いをごまかして後ろに目を向ければ、レイが人波を抜けながら、苦笑まじりに近付いてくるところだった。
電車は込み合っていて、私たちはドア付近に固まって立った。
立っているだけで視線を集めるレイに、杏と佐藤くんは顔を見合わせて苦笑していた。
私はといえば、それには気がつかないふりをして、今日のことを振り返った。
どのアトラクションが一番面白かっただとか、コースターから降りる時、目をつぶってしまっただとか、そんな他愛もないことを話せば、杏も一緒になって盛り上がってくれた。
「あー、ほんとに楽しかったねー!
って、レイさんはどうだったんだろ、楽しかったのかな?」
ふいに杏が尋ね、私はとなりを見上げた。
みんなの前だとレイはよく笑っていたと思うけど、言葉が通じないぶん、言葉数は少なかったかもしれない。
『レイ、杏が「楽しかった?」って聞いてるよ』
そう伝えれば、レイはにこやかに笑って頷いた。
『楽しかったよ。
普段こういったことをしないから、新鮮だった』
「杏、レイも楽しかったって!」
「それはよかったー」
杏に伝えながら、私は少しだけ不思議な気分になった。
レイとは家で一緒だし、彼がわりと早起きなことも、好き嫌いがないことも知っている。
だけど一歩外に出れば、どうやって過ごしているのかまったく未知で、アメリカでの生活なんてぜんぜん想像つかない。
私は無意識にとなりを見上げた。
見慣れたわけじゃないけど、その横顔はやっぱり端正で、それでいて余所行きの穏やかな表情だった。
乗り換え駅に着いた杏たちは、ほかの乗客に流されるようにしてホームへ降りた。
手を振ってくれる杏たちに、私もドア越しに手を振り返す。
電車が発車してふたりが見えなくなると、私は静かに息をついた。
肩の荷が降りたような、ほっとしたような、そんな気持ちだった。
そのまましばらく景色を眺めていると、ふいにレイが言った。
『座る?』
ぼんやりしていた私は、「え」とあたりを見渡した。
気が付かなかったけど、すぐ近くのシートにふたりぶんの空きがある。
『あぁ、レイ座って。私はここでいいよ』
正直疲れているけど、今はなんとなくこのままでいたかった。
『なら、俺もいい』
レイは腕を組んで、ドアにもたれかかる。
『えっ、いいよ座って。すごく疲れてるでしょ』
突然ダブルデートにつき合わされたんだから、私より気疲れしてるはずだ。
慌てて言えば、レイは馬鹿じゃないかといった目を向ける。
『あのさぁ。
一緒にいる女をおいて、俺だけ座れるとでも思ってんの』