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電車の中はクーラーが効いているのに、西日が射しこむせいで暑く感じた。
……いや。 もしかして、暑さは熱が冷めない私自身の問題かもしれない。
最寄駅で電車を降り、いつもの商店街を歩いていると、どこからかセミの鳴き声がした。
さっきからずっと、頭の中がぐらぐらしている。
考えるのはレイのことばかりで、頭の中は「どうして」や「なんで」の繰り返しだ。
言いたいことや文句はたくさんあるのに、最後のキスを考えないようにしても、印象が強すぎてうまくいかない。
(もう、レイのバカ……)
なんであんなことをするの。
本当はいろいろ聞きたかったのに、もう顔を合わせられないじゃない。
どうしてあの時―――。
(……L・Aに知り合いがいるか、尋ねたの)
あの問いだけは、明らかにほかの質問とは違った。
だから、もしかしてだけど―――。
私のお父さんのことを気にかけてくれたのかなって、少しだけ思ったのに。
拭っても拭っても、歩いていると汗が額に滲む。
ようやく家に辿りつき、玄関の引き戸をあければ、たたきにはけい子さんの靴と、もう一足見慣れない靴があった。
(……お客さん?)
レイの靴でもない男物のスニーカーを眺めながら、しばし考える。
そこで私ははっとした。
お客さんにしたら若すぎる靴だし、このサイズならもしかして―――。
思い至った思考に、私は慌てて靴を脱いだ。
「け、けい子さん!もしかして―――」
言いながら私が台所に入ったのと、「澪!」と大きな声がしたのは同時だった。
目をやれば、テーブルに座った拓海くんが、こちらに笑顔を向けている。
「……拓海くん!」
私はぱっと顔を輝かせた。
拓海くんはけい子さんの2番目の息子で、一昨年から大阪の大学に通っている。
「どうしたの、靴があるから驚いたよー!」
「思いがけずバイトの休みがとれたから、ちょっと早めに帰ってきたんだ。
もう大学は夏休みだから。
久しぶり、澪!」
「そうだったんだ。 お帰り、拓海くん!」
拓海くんのバイトは、大学1年の時から個別指導の先生だ。
いつも長期休みは忙しいみたいで、なかなか帰れないと、お正月にぼやいていたのを思い出す。
「もう……。
この子ったら、なにも言わず急に帰ってくるんだもの」
「驚いたわよ」と、呆れながら言うけい子さんのとなりで、拓海くんが「まぁいいじゃん」と鷹揚に笑った。
「それより澪! これ大阪みやげなんだ」
拓海くんが指さした先には、平たい長方形の箱。
包みをあければ、焼き目のこんがりついたみたらし団子が顔をのぞかせた。
「わぁ、おいしそうー!」
「だろ? これめっちゃうまいぜ」
自慢げに言う拓海くんを横目に、けい子さんがやれやれといった顔で椅子から腰を浮かせた。
「なら、お茶でもいれましょうか」
「あ、私がやるよ!」
けい子さんにかわって、私は冷蔵庫から麦茶を出してグラスを並べる。
「そうだ、澪。
USJに新しいアトラクションができたの知ってる?」
「あぁうん、テレビでちょっと見たよ!
めっちゃ怖そうなジェットコースターだよね」
すぐに反応したのは、やっぱり大きなテーマパークのアトラクションの話は、興味津々だからだ。
「そうそう、澪が好きそーだなって思った。
今度一緒にいくか?」
「えー行きたい!」
そういえば、拓海くんが大阪に引っ越す時に、「いつかUSJに一緒に行こう」って言ってくれていた。
大阪だし、遠いからなかなかいけないけど、そう言ってくれることが嬉しかった。
「いつかいこーね! 大阪観光してみたいし!」
お茶を入れ、みたらし団子を拓海くんの前に置けば、拓海くんはちょっと困ったような顔をした。
「いや、いつかじゃなくって、この夏のどこかで―――」
「ちょっと拓海!
それであなた、いつまでこっちにいるのって、さっきから聞いてるじゃない」
いつの間にかみたらし団子を食べ終えたらしく、けい子さんが拓海くんの言葉を遮った。
「……んだよ、話の腰を折るなよなぁ」
拓海くんはまだ遊園地の話がしたかったらしく、ぶすっとした調子でけい子さんを横目に見た。
「あなたが急に帰ってくるからじゃない。
うち、今長期でゲスト預かってるから、あなたの部屋がないのよ」
「いーよ。長期ったって、どうせ1週間とかだろ?
あー、その後も民泊の予約入ってんの?」
言いながら、拓海くんは一気にみたらし団子をほおばった。
(あぁ……)
私が無意識に眉を下げると、けい子さんは「違うわよ」とお茶を飲む手を止めて言った。
「だから、今回は本当に長期のゲストなの。
滞在は9月までだから」
「……はっ? 9月!?」
拓海くんがすっとんきょうな声をあげる。
「だから、帰ってくるなら事前に言ってほしかったのよ。
まぁ書斎で寝るならいいけど」
「まじかよ、長げー……。
ってか俺、ならずっと書斎で寝るのかよ……」
「だから、いつまでいるのって聞いてるんじゃない」
「うるせーな、2週間だよ、2週間!」
けい子さんと言い合っていた拓海くんは、そこで深いため息をついた。
「……まぁもういいや。
それでさ、澪。さっきの話だけど―――」
拓海くんがなにか言いかけた時、玄関の引き戸が開いた音がした。
「あっ! 話をすれば、レイね」
けい子さんが廊下に目を向けるなり、私の鼓動は一気に速くなった。
「レイ?
なにそれ、それが今いるゲストの名前?」
拓海くんが尋ねたと同時に、けい子さんが「レイ!」と名を呼んだ。