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22
10年前、中校生の頃、両親は交通事故で亡くなった。公式には「夫婦喧嘩による無理な運転」だと報道されたが、私たちだけが真実を知っていた。
父親の長年の不倫。母親が発見したスマートフォンの愛人との甘いメッセージ。『愛しているよ 永遠に』それが引き金となり、母親は家を飛び出し、父親が追いかけて事故に遭った。
事故前夜、私たちは母親の部屋でそのスマートフォンを覗き見た。父親の裏切りを。母親の涙を。翌朝、警察の連絡を受けたとき、私は冷静に受け、姉はただ黙っていた。
◇◇◇
高校に入学した私は、独学でプログラミングとハッキングを学んでいた。
「紅子、また難しいことばっかり。その髪型どうにかしなさいよ」
「……雪絵」
そう言って彼女はパソコンの蓋を静かに閉じ、私を鏡の前に座らせた。
雪絵の髪は透き通る亜麻色で、私の髪は暖炉の炎のような赤茶色だ。母親は私たちのことを、『白薔薇ちゃん、紅薔薇ちゃん』とグリム童話になぞり、そう呼んで微笑んだ。雪絵は私の眼鏡をそっと外し、乱れた髪を櫛で丁寧にすく。
鏡に映る私たちは瓜二つ、双子の姉妹。私が妹の西園寺紅子。もう一人の私は、姉の西園寺雪絵。
両親があの事故で亡くなってから、私たちは互いに身を寄せ合い、誰にも頼らず生きてきた。
あの夜の記憶が、私たちの心に棘のように刺さったまま抜けない。父親の裏切り。母親の涙。
『愛しているよ 永遠に』という、嘘のメッセージ。
だから私たちは決めた。
――裏切り者への罰は、決して軽くはない。痛みを与え、絶望させ、すべてを奪う――
それが、私たち双子の掟。
高校3年の春、雪絵の下駄箱に一通の手紙が入れられていた。
『このご時世にアナログな……』と心の中で失笑したが、雪絵のメールアドレスを知らない彼にとっては最善の方法だったのだろう。
「ねぇ、紅子……怖いからついて来て」
雪絵は見知らぬ男子生徒に音楽室へ呼び出された。手紙にはただ「放課後、音楽室で待っています。重要な話があります」とだけ書かれていた。差出人は「3年B組・高橋悠斗」と署名されていた。私は雪絵の袖を軽く引いた。
「……大丈夫。私がついてる」
放課後、廊下はもう人気がなく、夕陽が窓から斜めに差し込んでいた。音楽室の扉は少し開き、中からピアノの低い音が漏れていた。雪絵が息を呑む。私が先に扉を押し開けた。室内には、確かに高橋悠斗がいた。
背が高く、髪を少し長めに伸ばした、クラスでも目立つ存在。けれど、彼の表情はどこか青ざめ、手に握ったスマホを何度も確認している。
「西園寺……雪絵さん?」
彼は私たちを見て、明らかに動揺した。
「え、二人で……?」
雪絵は私の後ろに半歩隠れるように立ち、小さく頷いた。高橋は一度深呼吸をして、言葉を続けた。
「実は……君のことを、ずっと好きだった。付き合ってほしい」
静寂が落ちた。雪絵の指が、私の手を強く握った。冷たく、震えていた。私は微笑みながら、一歩前に出た。
「高橋くん、ですよね?突然でびっくりしましたけど……姉は人見知りなんで、私が代わりに聞きますね」
高橋の瞳に戸惑いが揺らいだ。
「答えは……ちょっと待ってもらえますか?大事な話だから、ちゃんと二人で考えてから」
私は優しく、でもはっきりと告げた。高橋は困惑しながらも頷き、連絡先を交換しようとした。けれど雪絵は首を振った。
「手紙で、いいです。アナログで」
私たちは音楽室を出た。扉の閉まる音が背後で響く。廊下を歩きながら、雪絵が囁いた。
「……紅子、どうしよう」
私は姉の手を握り返した。
「決まってるでしょ。裏切り者になる前に、終わらせてあげる」
あのとき、私たちはまだ知らなかった。高橋悠斗が、すでに別の女子と付き合っていたことを。彼のスマホに、もう一人の彼女からの甘いメッセージが残っていることを。けれど、すぐに知ることとなる。――裏切りは、芽が出る前に摘むのが一番。私たち双子は、静かに微笑んだ。夕陽が、廊下の床に長い影を落としていた。
◇◇◇
「ねぇ、紅子!悠斗くんと遊園地に行くの!」
満開の桜が散る頃、雪絵は高橋と付き合うことになり、LINEも交換した。私は身支度を整える彼女の代わりにサンドイッチを作り、バスケットに詰めた。ワンピースを試着しては「やっぱり動きやすい服が良いかな」とジーンズに脚を通す雪絵は、いかにも恋する乙女で、可愛らしかった。鏡の前で頬を染めながらくるくる回る姉を見て、私は微笑んだ。
「……雪絵、すごく似合ってるよ。悠斗くん、喜ぶと思う」
雪絵は照れくさそうに笑い、私に抱きついてきた。
「ありがと、紅子! 紅子がいなかったら、私、こんなことできなかった……」
その言葉に、私は胸の奥が少し疼くのを感じた。だって、私はすでに知っていたから。高橋悠斗のスマホを、雪絵のLINE交換の直後にハッキングして覗いていた。
彼には、もう一人彼女がいた。同じ学校の後輩で、付き合って半年になるという子。二股の証拠は、山ほどあった。甘いスタンプ、夜遅くの通話履歴、隠しフォルダにしまったいかがわしいツーショット写真。雪絵が初めて誰かを好きになったのに。
こんな裏切り者を、許せるはずがない。
私はサンドイッチを丁寧にラップで包みながら、静かに言った。
「ねぇ、雪絵。遊園地、楽しんできてね。……写真、いっぱい撮って帰ってきて」
雪絵は無邪気に頷いた。その瞬間、私のスマホに通知が鳴った。高橋のLINE画面をリアルタイムで監視しているアプリから。後輩の彼女へのメッセージ。
――『来週は遊園地行こうぜ♡』
私は息を深く吸って、微笑みを保った。――裏切りは、芽が出る前に摘むのが一番。
遊園地デートは、きっと最高の舞台になる。そこで、すべてを終わらせるために。桜の花びらが窓の外で舞い落ちる。
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