「弁当、美味しかったぞ。洗ったから返却する」
「え、え、ああ……えっと、どちら様で……」
「それだけだ。じゃあ」
と、冷たく言って教室を出て行く遥輝。
一体いつまで彼の過去を見せられるのだろうと、終いには私も出てきてあの幼稚だった(今も幼稚だって良く言われるけど)高校時代の私まで一緒に見せられて複雑な気持ちで一杯になった。
場面は変わり次の日。
遥輝は洗った弁当箱を持って私の教室までわざわざ足を運んで、私に弁当箱をつきだした。当時の私、高校生の私は昨日の記憶などなかったように何故彼が自分の弁当箱を持っているのか分からないといった様子で遥輝を見て、返されるがまま何も言い返す事が出来ずフリーズしていた。
(何も変わってない、私……)
自分で見ていて恥ずかしくて情けない気持ちで一杯になった。
初対面で、いきなり弁当箱を返すと言われてそれもイケメンだしって感じでフリーズしているのがよくわかる。昨日の記憶がないからこそ、いきなり話しかけられたことに驚いているのだろう。教室中も何事かといった感じに私に注目していた。
「ちょっと、巡どういうことよ」
と、先生に頼まれた用事を済ませ帰ってきた蛍が教室中の空気を察知して私の方に駆け寄ってきた。
「わ、わかんない。わかんなよ」
今にも泣き出しそうな私。
怖かったのは確かである。でも、多分怖いと思った理由は遥輝じゃない。
「いまのって朝霧君だよね」
「朝霧君で間違いないよ。でも、なんでこの教室に?」
「それでも、巡さんに何のようだったんだろう。弁当箱持っていたし」
「朝霧君が巡さんに興味あるとか?」
「いやいやぁ、ないでしょ」
何て、女子達が固まってこそこそ喋っているのを聞いてしまったからだろう。高校生の私は震えていた。
そういう声が、言葉が視線が私は何よりも嫌いで、怖かったから。
蛍は状況を察して、私の昼ご飯と自分の昼ご飯を持って教室を出ようと私を誘導してくれる。私は泣きそうになりがなら彼女の腕に捕まって教室を出る。
その後のことはよく覚えている。
蛍に質問攻めをされ、たどたどしく答え、それから蛍に私に弁当を返してきた相手について教えられた。その人が校内で人気の朝霧遥輝だとしって頭が真っ白になったのも覚えている。そんな人と安易に接点を持ってしまったこと、彼が女子から人気で毎日のように告白されているようなイケメンであること。だが、全員断っていることなどを聞かされ、パニックになった。そんな遥輝が私みたいな冴えない女に興味を持って弁当箱を……となったら女子が黙ってはいないだろう。
私は中学の過ちを教訓にし、静かに過ごせればと思っていたのに。
そんなことを思い数日過ごしたが、遥輝とはこれと言って何も起きず、すぐに私の噂なんて流れた。皆アイドルの話題だったり、相変わらず遥輝とどうやったら付き合えるのだとかの話はあったが、私の話なんて一切出てこなかった。遥輝も遥輝で私に何も言ってこなければ、近寄っても来なかったし、矢っ張り何かの間違いだったんだと、何処かラブコメ展開を期待していた自分もいたのだが、矢っ張り普通のオタクが一番だと思った。
「え、へ?」
私が、そんな風に過去の自分を見ているといきなり場面が移り変わり、冬になっていた。
外にはチラチラと雪が降り始めており、心なしか寒く感じた。温度など感じるはずがないのに。
どうして、いきなり場面が変わったのかとうろうろとしていれば、教室の黒板に描かれた日付を見て私は納得した。
「この日って……」
私が日付に気をとられていると、ガラガラ……と教室のドアが開き、慌てた様子で私が入ってきた。正確には高校生の私。
「忘れ物したーあーもう、こんな時間じゃん」
と、苛立った様子で、忘れ物を鞄に詰め込んでいる。
この日は週末あけに出す課題を忘れて教室に取りに来たのだった。そして、私は急いで帰ろうと教室を出た瞬間、廊下を歩いてきた誰かとぶつかる。
ドスンという音と共に尻餅をつく私。痛いなぁと思いながら、顔を上げるとそこには遥輝がいた。
(そう、そうだこの後――――)
「悪い、前を見ていなかった」
そう言って差し出される手。
私は、ぶつかった人が怒っていないかだとか、ぶつかった人が先生だったら、怖い人だったらどうしようかとか思って顔が上げられずにいた。それは今でも変わらない癖というか、トラウマのようなものだ。
「もしかして、怪我をしたんじゃ……」
「ごごごごごごっごめんなさいっ!」
何を言われてもきっと自分が責められているように感じたのだろうか。私は遥輝の手を取って顔を上げる。だが、遥輝の顔を見た瞬間私は青ざめていた。
「あ、あさ、朝霧遥輝」
「俺の名前を知っていてくれたんだな」
そう言って笑う遥輝と、固まる私。
そりゃ知ってるよ! だって有名だもん! と内心叫びつつ(蛍に教えてもらうまで知らなかったが)、彼の顔を見ていた。
すると彼は少しだけ困った表情を浮かべて口を開く。
「その様子なら、怪我はなさそうだな」
「……ぅ、眩しい」
「……ん?」
思わず口にでてしまい私は慌てて口を塞いでいた。確かに、いきなりそんなこと言ったら変な子だと思われても仕方がないから。
遥輝はどうしたのかと首を傾げていたが、私が何でもないと言えばそうかと言って私の手を引っ張って優しく起き上がらせてくれた。
「あ、ありがと、ござい、ます」
「いや……俺がぶつかってしまったからな、謝らせてくれ。悪かった」
「あああああ! 頭下げないで、やめて!」
我ながら見ていてどうかと思う。
こうして客観的に見ると、私ってかなりヤバい人だと改めて思った。人見知りで、早口でテンパるしそういう自覚はあったけれど、外から見たらかなり酷いものだった。
だが、遥輝は顔色一つ変えず私を見ていた。そんな遥輝の視線に耐えられず俯く私。
「ふ……っ」
「な、なんで笑うんですか」
「悪い、やはり面白いと思ってな」
と、遥輝が笑い出し私はまたも恥ずかしさでいっぱいになる。そんな私をみてさらに笑っている遥輝。何が何だかわからず、ただ呆然としていた。
それから遥輝は、何か考えるように口元を手で覆い、私をさらにじっと見つめる。
私は今すぐにでもこの場からはなれたいという顔をしていた。まあ、そりゃそうだと思う。校内で人気のイケメンが自分に何のようだと、半年の間何も音沙汰なかったのに、今頃どうしたのかと。
「あ、あの……何ですか、まだ、何か」
(ああ、この後だ――――)
私が恐る恐る彼を見ると、遥輝はゆっくりと口を開いた。
「俺と付合ってくれ」
「へ?」
突然の告白。
それに驚いたのはもちろんだが、それよりも、本当に真剣な顔で遥輝が言うものだから、私は固まってしまった。今言われたことが、嘘だとか夢だとか思ったが、遥輝はもう一度言わないと分からないのかと言わんばかりに口を開くので、私は首を横に振った。
「え、え、、ええっと」
「天馬巡」
「はい!」
「俺と付合ってくれ」
真剣な眼差しに射抜かれ、私は思わず背筋を伸ばして返事をしていた。
遥輝は、どうなんだ? というような顔を私に向けるので、私はひっと悲鳴を漏らしながら後ずさった。
「え、えええっと、お、おつき、おつきあい……これって、その告白」
「ああ、お前が好きだ」
「わ、わわわ、私の何処が!?」
本当に疑問だった。いきなりの告白に、半年間何も喋ってこなかったし、クラスも違ったのに惚れる要素も接点も何もなかったのにと、回る頭は止ることを知らなかった。
遥輝は真剣な顔で私を見てくるし、どうやって何を言い返せば良いのか分からない私は、口をパクパクと開閉させるしかなかった。
何処が? と聞かれ、遥輝は少し返答に困っているようだった。困っているのはこっちだというのに、何もなしに告白をしてきたわけじゃないのだろうとは思ったけれど、遥輝は少し考えた後に、フッと微笑む。
「全てだ。と言っても、まだお前の事をよく知らないからな、これから知っていければと思う」
「ほんと、意味分かんないって、です!」
よく知らないのに好きとはどういうことなのか、それでも自信満々に言うものだから、私は遥輝を涙目で見つめるしかなかった。
そんな私を見て遥輝は、少しだけ困ったような表情を浮かべて頭を撫でてきた。その手は大きくて温かくて、私は泣きそうになる。
「すまない、急すぎたか」
「うぅ……」
「泣かないでくれ、そんなかおをさせたかったわけじゃない……俺も、何て言えば良いか」
と、遥輝は少しだけ困ったように笑って、私の手を離すと自分の頬を掻いた。そんな彼に、私は目を擦りながら彼を見上げる。
そして気付いた。彼の耳が真っ赤になっていることに。
余裕そうな顔して真面目に本気で告白してきたのだと思うと、少しだけ緊張が和らいだ。
その和らぎが、緊張のほぐれが私の頭を馬鹿にしたのかも知れない。
「それで……俺と付合ってくれるか……?」
再度聞いてきた遥輝。今度は自信なさげに言うので、そこが少し可愛いと思ったし、アニメキャラにいそうだなあとか馬鹿な事を思った私は首を縦に振ってしまった。
「つ、付合うとか、よくわかんないけど、けど、えっと、嬉しくは、ある、かも」
「本当か!? じゃあ、俺と……」
「でででで、でも、条件!」
私はずいっと近付いてくる彼を制止する。
遥輝は、大人しく待てを喰らって私を見つめる。もう、虐められたくないし羨ましいとかも思われたくない私は、遥輝に条件を出す。
「つ、付合っても良いけど、その学校では付合ってるとか言わないで、関わってこないで」
「何故だ?」
「何でも! 私は、目立つのが苦手なの!」
「そうか……でも、お前と付き合えるなら」
私は遥輝の言葉を聞き終わる前に、教室に向かって走り出した。これ以上此処にいたくないし恥ずかしくて死にそうだからだ。
その後何か喋ればよかったしもっと言わないといけない事とか、知りたいこととか合ったけれど、穴があったら入りたい状態の私には荷が重すぎた。
「あああぁ、どうしよう!」
遥輝から逃げてからずっと頭の中でぐるぐるしていた言葉。それは、どうしてこうなったという疑問と、どうしようという焦りだった。でももうOKしてしまったからと、私は走って校門に向かう。そうして、蛍にこのことを説明しにいくのだが……
(これが、私と遥輝が付き合い始めたきっかけ)
校門の方に走っていった私を見ながら、廊下で一人残された遥輝を私は見た。
彼は、顔を真っ赤にして顔を押さえていた。嬉しそうに時々フッと笑いが漏れる。
本当に嬉しかったんだろうなって、あの後逃げた私には分からなかった彼の顔が見えた。そんなに嬉しかったのか。私の何処が良いのか、矢っ張り分からない。でも、遥輝にとって私はそれぐらい好きな女の子と言うことだ。
改めて遥輝が私に告白したときの顔を見ると、真剣だけどフラれたらどうしようっていう感情が垣間見れて、完璧な遥輝にそんな一面があったのかってちょっとだけ面白かったし、嬉しかった。
あんなに真剣な顔で言うなんて反則だ。
そんな風に笑っていると、ジジジッ……とノイズが走り場面が暗くなった。
「え、何?」
「この点数は何!?」
と、暗闇の中で誰かの声が響いた。そうして徐々に明るくなっていく視界。
私は目をゆっくりと開いて、移り変わった場面に目を見開いた。それは、私の知らない遥輝の家庭での姿だった。
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