テラーノベル
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#独占欲
#ワンナイトラブ
自分がイスグランにいて、彼女がマーロケリーにいる。その方がずっと自然だったのではないか、と。
考えても仕方のない問いを、胸の奥で静かに転がす。
脳裏に浮かぶのは、王都での華やかな出来事ではない。
エスパハレのグランセール駅と、ニンルシーラのエルダン駅とを繋ぐ、あの汽車の中での往復の時間だ。
ほかの者もいたけれど――愛らしい外見のリリアンナと向かい合い、カードを手にして何気ない言葉を交わした。
あのひとときは、セレノにとって掛け替えのない思い出だ。
『続きは、また今度――』
エルダン駅で交わした、ささやかな約束。
わざと終わらないように、新たなゲームを始めたのは計算の内だった。
守られなくても、誰も責めはしない程度の内容。
それでも、そこへ望みを繋ぎたかった。
(あのときの僕は――〝第一王子〟でいる必要がなかったからね)
肩書きも、血も、問われることのない時間。
ただ目の前の相手と向き合い、一人の男として言葉を交わす。それだけのことが、ひどく心地よかった。
(……だから、か)
あの空気が妙に記憶に残っている理由が、ようやく腑に落ちた気がした。
――可憐なリリアンナに、もう一度会いたい、と思った。
それは感情でありながら、同時に無視できない現実でもあった。
あのときのままの彼女に。何も問われず、何も背負わずに向き合えた、あの時間の続きを。
そうして叶うなら――そんな彼女を伴侶として、自分のそばへ置きたいと思った。
今回の訪問は、形式としては何ひとつ不自然ではない。
約束を果たすため――。
それだけでも、表向きの理由には十分だった。
それに、エスパハレ滞在中、セレノはイスグラン帝国王太子アレクト・グラン・ヴァルドール殿下へ、正式に願い出ている。
――リリアンナ嬢を、自分の后としてマーロケリー国へ迎えたい、と。
国交が揺らぎ始めた今だからこそ可能な、極めて慎重な〝和平の架け橋〟としての政治的な意味すら含んだ打診だった。
アレクトはにこやかに微笑んで快諾してくれたのだ。
――それにもかかわらず。
その後に、耳にした噂がどうにも引っかかっているセレノである。
ヴァン・エルダール城にて保護されているはずのリリアンナ・オブ・ウールウォード伯爵令嬢が、辺境伯ランディリック・グラハム・ライオール侯爵の妻として迎えられる手続きが進められている、という不可解な情報。
彼は、あくまで養父として彼女を守っているはずだった。少なくとも、周囲はそう認識していたはずだ。
それが、何故そんな風聞が立つ事態に?
……もしそのことが真実だとすれば、マーロケリー国への宣戦布告と取られても不思議ではない事態だ。
(何か、考えあってのことか……?)
ライオール侯爵は切れ者だと聞く。実際対面してみて、その評価に間違いがないとセレノも感じている。その彼が、そんな愚行を働くとは思えなかった。
ただの噂ならいい。
だが、胸に消えない違和感が疼いて仕方がないのだ。
やがて、馬車はゆるやかに速度を落とした。
「殿下。まもなくニンルシーラ領に入ります」
控えていた従者の声に、セレノはゆっくりと目を開く。
「ああ」
短く応じ、姿勢を整えた。
窓の外に広がる景色は、乾いた大地から、わずかに緑を帯びたものへと変わりつつあった。
目的地は、もう近い。
(……さて)
セレノは、わずかに目を細めた。
(約束の〝続き〟を、確かめに行こう)
――そして、〝不可解な噂〟の正体も。
コメント
2件
まみ猫さんのコメントを読んで、ホントそれです!と思いました!
ランディとリリアンナの事を知らないからなぁ。