俺は音のする方に顔を向けた。
トニーが柵を越えて、不適な笑みを浮かべて俺を見ていた。
彼は箱を持っており、左手でそれを握っている。箱からは細長い楕円形の刃が伸びており、刃には無数のギザギザが付いている。
彼は物体から伸びる線を手前に引いた。
ギィギィーギィーンキュィィントと、不気味な音をその物体は奏でる。
他の豚達はみな怯えて、部屋の棲みに固まっている。俺は彼から目が離せなかった。
彼が俺を見ていたからだ。
音を聞きつけて、ジョージが青ざめた顔で入ってくる。何か言い合いになっているが、全く聞こえない。
しばらく押し問答をしていたが、トニーは不服そうに去っていく。ジョージーは狼狽した様子で、朝の餌やりを始める。
柵の外から米粒を投げてくる。いつもより大量に投げてくる。悪意があるかのように、俺の顔、体に、バシバシ当たる。痛い、痛すぎる、俺はジョージのいる方向に反射的に顔を向ける。
『やべぇよ、やべぇよあいつ』と彼は呟いていた。俺はお前が一番やべぇよと思い、ジョージから距離をとる。
ジョージはモゴモゴ言いながら柵を越えて、こちらに向かって歩いてくる。ジョージが正面まで来ると、俺は米粒を当てられた恨みもあり、彼の足元に鼻を強めに押し当てる。
彼はしゃがみこんで俺を見て、苦しいような寂しいような表情を浮かべる。
ジョージは『このままじゃトニーに明日にでも食べられちまうよ』、と俺の頬を両手で挟みながら言ってきた。ジョージの手は臭く、すぐに離れたかったが、ジョージはなかなか挟んだ手を離さない。俺はとりあえず、そのままジョージを見つめ返していた。
今日の始まりは良くなかった。白豚は少し損したような気持ちで、米粒を食べていた。あの音で目覚めを邪魔されたからだ。
あれは、チェーンソーと言う機械だ。以前飼われていた施設で見た事がある。
トニーと呼ばれる人間の様子を見るに、あの豚を処分したかったのだろう。確かに、ガリガリの豚に家畜としての価値はない。あの豚が処分されようが、どちらでも私は良かった。いや、むしろやってくれと言う気持ちだ。
あいつは私の行く先々を視線で追ってきて、煩わしいのだ。
体はガリガリで、肌は普通のピンク豚に見られること事態で嫌気が差すのに、こいつ俺に惚れてるなと誤解されている。
ピンク豚に好意をもたれること自体は、気にならない。ただ、惚れてると勘違いされるのは話しが違う。
『なぜ私のような綺麗な白豚が、ピンク豚に恋するんのよ。虎がネズミに恋するぐらいありえないことよ』、と内心毒づいていた。
朝飯を食べ終えて、ふと見ると勘違い豚がジョージに頬を挟まれていた。
私は朝の日課である爪の手入れを始める。
どうかあの豚の視線を感じることが無いようにと、いつもより真剣に爪を磨く。