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私はやり場のない怒りを感じていた。
爪の手入れを初めて、ほんの数秒程であの視線を、背中に感じたからだ。それは、絶え間なく続く。その癖振り向くと、目をそらす。一言で言うとキモい、それしか言えなかった。面と向かって文句を言っても言い。だが、この手のやつは相手にするだけで喜ぶからタチが悪い。私はこの感情から逃れるべく、より集中して爪を磨いた。
背中さえもかわいいな。ジョージが離れた後、俺は白豚の背中を見ていた。時折照れたようにこちらを振り返ってくるのが、たまらない。空腹で死にそうだが、白豚の事を考えている時だけは忘れられる。
幸福感に包まれながら朝、ジョージが言っていたことを思い出す。
ジョージが言ってきた『トニーにお前食べられちまうよ』と、一体どういうことだろう。俺達は出荷用の檻に入れられなければ、食べられることはないはずだ。檻にさえ入らなければ、身の安全は確保されている。
だが、ジョージは確かに『食べられちまうよ』と言っていた。それに、朝のトニーの様子は尋常ではなかった。まさか、檻に入れられなくとも、家畜として処分される危険があるのか。いやいや、今の俺はガリガリで家畜用としての価値はなく、その対象にはならないはずだ。
では、トニーが俺を個人的に食べるとでも言うのか。
俺は思わず吹き出してしまった。
有り得るはずがないからだ。トニーは豚の俺から見ても肥えている。飢えていない奴が、わざわざガリガリの俺を食べるなど有りえないことだと。
思考がまとまり、再び白豚を見ようと顔を上げる。視界の片隅に肥えた豚が入ってくる。あの肥えた豚は、飯以外でも常に口をモゴモゴさせて、食べ物を探している。
肥えてる癖に卑しい奴だと見ていると、トニーと肥えた豚が重なって見えてくる。こいつらは、飢えていないから食べる必要がないとは考えないのではないか。常に食を求めているからこそ、肥えてるんではないか。そう思うと、胸の鼓動がかつてない早さで高まり、全身から汗が吹き出してくる。
俺は耐えられなくなり、床に這いつくばった。
しばらく爪を磨いていると、視線を感じなくなっていた。すぐに見てくるんだろうと思い、もう片方の爪を床に突っ伏しながら磨く。キュキュキュと、小気味良い音を立てて爪を磨いていく。あの視線がないと、こんなにも心地よいのか。しかし、床に突っ伏した姿勢は辛い。立ち上がり、少し伸びをして振り返る。
なぜか、あの勘違い豚は床に顔をうずめて小刻みに震えている。興味本位で近づいてみると、『ブヒッブッブッヒ』と悲痛な声で泣いている。
可哀想と言う感情は湧かなかった。こいつ、命の危機が迫っている事に、今気づいたのかと思っただけだ。
同情する気はさらさらないが、ただ泣かれているのを疎ましく感じ、軽く一発叩いた。
勘違い豚はうるうるした目でこちらを、見上げてくる。