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「あ、部長!今日のプレゼン、お疲れ様でした。これ、差し入れです」
翌日の午後、賑やかな声がフロアに響いた。
声の主は、広報部のマドンナ的存在、香織さん。
華やかなワンピースに身を包んだ彼女が、健人さんのデスクに可愛らしく小包を置いた。
「ああ、ありがとう」
健人さんはいつもの「完璧な部長」の顔で、淡々と応じている。
けれど香織さんは引かない。
身を乗り出して、彼との距離を詰めながら楽しそうに話し始めた。
「今度、新しいプロジェクトのお祝いに食事でもどうですか? 部長のお気に入りのお店、教えてほしくて」
「……予定を確認しておくよ」
私は自分のデスクで、キーボードを叩くフリをしながら耳をそばだてる。
胸の奥が、チリッと焼けるように痛い。
仕事ができるのは知っている。
彼がモテるのも、付き合う前から分かっていたはずなのに。
(……あんなふうに、堂々と誘えるのが羨ましい)
私は「部下」という立場に縛られて、社内では彼に触れることさえ躊躇ってしまう。
香織さんの屈託のない笑顔と
それを受け流しながらも否定しない健人さんの姿に、勝手に視界が滲みそうになった。
「飯沼さん、ここの数字、確認いい?」
「えっ、あ、はい!」
隣の同僚に声をかけられ、慌てて意識を戻す。
仕事に集中しなきゃ。
そう思えば思うほど、視界の端に入る二人の姿が気になって仕方がなかった。
そのまま、定時になり
健人さんは香織さんと親しげに話しながら、エレベーターの方へ消えていった。
(……やっぱり、お食事行くのかな…いや、でも…私がいるし…ない、よね)
一人残されたデスクで、私は小さく溜息をつく。
付き合い始めたばかりで、浮かれていたのは私だけだったのかもしれない。
そんな不安が、泥のように心に溜まっていく。
一時間後。トボトボと駅へ向かう道すがら、スマホが震えた。
『今、後ろにいる。振り返らないで、そのまま角の公園まで来て』
健人さんからのメッセージ。
驚いて足を止めそうになったけれど、指示通りに公園の木陰へ向かう。
そこには、ジャケットを脱いで少し疲れた顔をした健人さんが待っていた。
「萩原さん!香織さんと……帰ったんじゃ」
駆け寄る私を、彼は有無を言わせず腕の中に引き寄せた。
街灯の影、人目につかない場所で、彼は私の首筋に顔を埋める。
「……行くわけないだろう。断る口実を作るのに、広報の部長まで捕まえて説明してたんだ」
「えっ……!」
「君が、あんなに悲しそうな顔でこっちを見てるから早く君の元に行きたかったんだけど、どうもしつこくてね…タイミングを伺ってたんだ」
腕に込められる力が強くなる。
嫉妬していたのは、私だけじゃなかった。
彼もまた、誰にも言えない独占欲を、あの完璧な仮面の下に隠していたのだ。
「僕が、君を差し置いて他の女性と食事なんてするわけないよ。不安にさせてごめんね」
「…い、いえ!わ、私の方こそ私、勝手に不安になって」
「…その分、今は僕のことだけ見て」
耳元で囁かれる、低い独占欲に満ちた声。
ライバルの影なんて、彼の体温に触れた瞬間に溶けて消えてしまった。
「日菜子ちゃん……明日は、絶対に定時で帰ろう。誰にも邪魔させないから」
月明かりの下、彼は私の額に優しく、けれど深く、刻みつけるようなキスを落とした。
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