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ある日の午後
窓の外には、手入れの行き届いた庭園がどこまでも鮮やかに広がっている。
そんな平和な景色を眺めながらの、穏やかな午後のティータイムだった。
金色の陽光が柔らかく差し込むサロンには、カチャリと繊細な磁器が触れ合う音だけが、心地よいリズムを刻んで響いていた。
私の向かいに座るギルバート様は、一点の隙もない完璧な所作で紅茶を一口含み
まるでお天気の話でもするかのような気安さで、とんでもない言葉を口にされた。
「……ソフィア様、朗報ですよ。あなたを苦しめたあの叔父君が、不正融資の罪で捕まりました」
その瞬間、心臓が跳ね、指先の力がふっと抜けた。
愛用しているボーンチャイナのカップが手から滑り落ちそうになったのを
彼はまるで見越していたかのように、椅子から身を乗り出して優雅な動作で私の手を支えた。
彼の指先は、驚くほど熱い。
けれどその視線は、底冷えがするほど冷徹で、静かだった。
「あら……あんなに根回しが上手かった人が? どうして……。あれほど父の遺産を食い潰していたのに」
震える声で問い返すと、彼は私の手からカップを取り、音もなくテーブルへと戻した。
そして、慈しむように私の頬を指先でなぞる。
「私の大切なソフィアを泣かせた報いです。私が少しだけ、彼らの『隠し事』を公の場に引きずり出しただけですよ。鼠が溜め込んでいた泥を、日の下に晒した……ただ、それだけのこと」
彼は穏やかに笑っている。
けれど、その微笑みの裏側で、彼がどれほど苛烈な追い込みをかけ、叔父が築き上げた虚飾の城を粉々に踏みにじったのか。
それを想像するだけで、肌に粟立つような寒気を覚えた。
けれど、それと同時に。
私の内側で、どろりとした昏い快感がじわりと広がっていく。
身包み剥がされ、絶望の淵に叩き落とされた叔父の姿を思い浮かべると、込み上げる愉悦で口角が上がりそうになる。
私はそれを必死に抑え込んだ。
私は、この男を飼い慣らしたのだ。
冷酷無比と恐れられるこの公爵は、今や私のために邪魔者を排除してくれる
世界でたった一人の「最強の番犬」に成り下がった。
「嬉しいわ、ギルバート……。ふふ、ご褒美に、何か望みはある?」
勝利の味に酔いしれ、私は少しだけ傲慢な気持ちになって、冗談めかして彼に尋ねた。
すると、彼の瞳の奥に宿る熱が、一瞬で色濃く変化した。
彼は私の腰をぐいと引き寄せ、耳元に顔を寄せると、深く、重い吐息を吐き出した。
「望み、ですか。……では、今夜は一晩中、私の相手をしてください」
耳朶をくすぐる低音は、震えるほど切実で、まるで祈りのような響きを帯びていた。
私を離したくない。
自分の体温だけを感じていてほしい。
そんな飢餓感にも似た、狂おしい独占欲が彼の大きな腕を通して伝わってくる。
けれど、その腕の中に閉じ込められた瞬間、私は奇妙な錯覚に陥った。
私は獲物を抱きしめているのではなく、逆に巨大な檻に包み込まれているような、奇妙な感覚だ。
◆◇◆◇
それから数日後───…
没落の淵から這い上がった私の、再起を告げるための夜会が催された。
私はギルバートに贈られた、深い夜空に星屑を散りばめたような贅を尽くしたドレスを纏い、まばゆいシャンデリアの下に現れた。
会場に足を踏み入れた瞬間、ざわめきが波のように広がっていく。
かつて、私が実家を追われた際に「没落令嬢」と嘲笑い、汚物を見るような目を向けた者たちが、一様に顔を青ざめさせて道を開けた。
(ふっ……私は勝ったのよ。この冷酷な公爵を従えて……。今度は私が、あなたたちを見下ろす番だわ)
背筋をピンと伸ばし、最高級の絹に包まれた身体を揺らしながら、優越感に浸る。
私はかつての友人たちに、慈悲深い勝者の余裕を見せつけようと声をかけようとした。
けれど、彼女たちは私と目が合った瞬間、何か恐ろしい化け物でも見たかのように震え、逃げるようにその場を去っていく。
「……みんな、私を避けてる」
疎外感と困惑に立ち尽くす私の背後に、音もなくギルバート様が忍び寄った。
彼は守るように、あるいは獲物を誇示するように、私の肩に大きな手を置く。
「お気になさらず、ソフィア様。彼らは単に、私たちの仲睦まじさに気圧されているだけです」
その言葉と同時に、周囲の空気がピシリと凍りつくのを感じた。
彼の視線を追うと、そこには氷の刃のような鋭さがあった。
彼は、私に一歩でも近づこうとする者、私と視線を交わそうとする者すべてを
「排除すべき害虫」として無言の圧力で射抜いていた。
誰も私に触れられない。
誰も私に話しかけられない。
私はこの華やかな会場の中で、彼と二人で隔離されていた。
数時間が経ち、彼は満足げに私の腰を抱き寄せた。
「さあ、帰りましょう。汚らわしい視線に、これ以上あなたを晒したくない」
その声には拒絶を許さない強引な響きがあり、私は流されるままにエスコートされた。
背後で、かつての社交界の光が遠ざかっていく。
ガチャン、と重厚な馬車の扉が閉まり、夜の闇へと遮断された。
揺れる車内で、外の世界から完全に切り離された、彼と私だけの狭くて暗い、二人きりの空間だった。
暗闇の中で、隣に座る彼の瞳だけが、獲物を捕らえた獣のように妖しく光っている。
車輪が石畳を叩く規則的な音だけが響く中
ギルバート様は私の手を取り、その指先に執拗なまでに唇を寄せた。
「ソフィア様は……本当にお綺麗ですね」
その呟きは、先ほどまでの冷徹な公爵のものとは思えないほど、熱を帯びてひどく掠れていた。
「当たり前でしょ?まあ、みんなはなぜか私を避けるけど」
彼は私の指を一本ずつなぞり、まるで宝物の検品でもするかのように、じっくりと、丹念に愛撫する。
「ソフィア様、もうあなたはあんな場所に行く必要はない。私だけを見て、私の用意した場所で、ただ微笑んでいればいいのです」
彼の言葉は甘く、けれどどこか強制的な響きを含んでいた。
彼は私の身体をゆっくりと引き寄せ、自身の膝の上へと誘う。
抗おうにも、彼の腕は鉄の鎖のように強固で、微塵も動くことができない。
「ギルバート……? 少し、距離が近いのだけど…」
たしなめるように言う私の唇に、彼は自分の指を当てて制した。
「いいでしょう…あなた不足なんです、少し、ソフィア様を味あわせてください」
彼の顔が近づく。暗闇に慣れてきた視界に、執着で歪んだ彼の美しい貌が映し出された。
「んっ、!…っは、ぁ…きゅうに」
「…さきほど、他の男が貴方を何秒も見ていた…許せません。私の腕の中にいるときは、主導権は私にください」
首筋に落とされる熱いキスに、背筋が震える。
私は、復讐を果たした愉悦と、彼という深い沼に沈んでいく恐怖の境目で、ただ激しく打ち鳴らされる自分の鼓動を聞いていた。