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🌸第12話 声の温度
授業が終わったあと、
ひよりは教室にノートを置き忘れたことに気づいた。
「あ……」
小さく漏れた声は、
自分でも驚くほど幼い響きだった。
陽が振り返る。
「どうしたの?」
「ノート……置いてきちゃった」
ひよりは肩を落とした。
陽は自然に笑って言った。
「じゃあ、一緒に取りに行こ」
「え、いいよ。陽くん、帰るところでしょ」
「別に。どうせ同じ方向だし」
ひよりは少しだけ迷って、
小さく頷いた。
「……ありがとう」
その声を聞いた瞬間、
陽の胸がふっと温かくなった。
(……この声)
(“ありがとう”の言い方……昔と同じだ)
でも、ひよりは気づいていない。
二人で廊下を歩く。
夕方の光が差し込んで、床に長い影が伸びていた。
「小鳥遊さんって、授業のとき静かだよね」
「……うん。あんまり目立つの得意じゃないから」
「昔はどうだった?」
陽は何気なく聞いたつもりだった。
でも、ひよりの足が一瞬だけ止まる。
「……昔は……」
ひよりは言葉を探すように、
少しだけ視線を落とした。
「……もっと、うるさかったかも」
その声は、
どこか懐かしさを含んでいた。
(やっぱり……)
(声のトーンも、間の取り方も……ひよりちゃんのままだ)
陽は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
教室に戻ると、
ひよりのノートは机の上に置かれたままだった。
「あった……よかった」
ひよりは胸に手を当てて、ほっと息をついた。
「小鳥遊さん」
「ん?」
「さっきの“ありがとう”……なんか、懐かしかった」
ひよりの目が大きく揺れた。
「……え?」
「昔、よく言ってた気がする。そんな感じで」
ひよりは一瞬だけ息を呑んだ。
でもすぐに、笑ってごまかした。
「……そうかな。覚えてないや」
その声は、
ほんの少しだけ震えていた。
(……気づかれた?)
(でも……陽くんの言い方、優しい)
ひよりは胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
教室を出るとき、
陽がふとひよりを見た。
「小鳥遊さんの声、落ち着くね」
「……え?」
「なんか……安心する」
ひよりは思わず立ち止まった。
(……そんなこと言われたの、初めて)
胸がきゅっと締めつけられる。
でも、嫌じゃない。
「……陽くんも、変わってないよ」
ひよりは小さく笑った。
その声は、昔のひよりちゃんのままだった。