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🌸第13話 思い出せない場所
大学の帰り道。
陽とひよりは、駅までのゆるい坂道を並んで歩いていた。
夕方の風が少し冷たくて、
ひよりは袖をぎゅっと握った。
「小鳥遊さん、今日さ」
陽がふいに言った。
「図書館でさ、すごく楽しそうだったよね」
「え……?」
「問題解けたとき、ちょっと笑ってた」
ひよりは思わず足を止めた。
「……見てたの?」
「うん。なんか……昔みたいで」
その言葉に、ひよりの胸がきゅっと縮まった。
(……昔みたい)
その言葉は、
ひよりにとって“嬉しい”と“怖い”が同時に来る。
「……私、そんなに変わった?」
ひよりは自分でも驚くほど小さな声で言った。
は少し考えてから、
ゆっくり首を横に振った。
「変わったところもあるし、変わってないところもある」
「……どっちが多い?」
どっちも、かな」
ひよりはふっと笑った。
でも、その笑顔はどこか寂しげだった。
二人は駅前のベンチに座った。
人の声が遠くでざわざわしている。
「……私ね」
ひよりがぽつりと言った。
「引っ越してから、あんまり……友達、できなかったんだ」
陽は驚いたようにひよりを見る。
「え……そうなの?」
「うん。なんか……上手く話せなくて」
ひよりは自分の指先を見つめた。
「昔は、もっと……普通に話せたのに」
その声は、
自分でも気づかないほど弱かった。
(ひよりちゃん……)
陽は胸が痛くなるのを感じた。
「でもさ」
陽はそっと言った。
「今日の小鳥遊さん、すごく楽しそうだったよ」
「……え?」
「図書館でも、授業でも。
なんか……前より、よく笑うようになった」
ひよりは目を瞬いた。
(……私、笑ってた?)
そんな自覚はなかった。
「陽くんの前だけだよ」
ひよりは小さく、でもはっきり言った。
陽は一瞬だけ息を呑んだ。
「……なんで?」
「なんでだろうね」
ひよりは夕焼けを見上げた。
「陽くんといると……昔の自分を思い出すから、かな」
その言葉は、
ひよりの胸の奥から自然にこぼれたものだった。
陽はその横顔を見つめながら、
胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
(ひよりちゃん……)
(やっぱり……)
でも、まだ言わない。
確信には届かない。
届きそうで届かない。
夕焼けの光の中で、
二人の影が少しだけ重なった。