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「そんな……!ぁ…ありがとうございます…!」
柔らかな口調と安心感を与える笑顔に、涙が出そうになるのをグッと堪えて頷く。
「…あのっ、でも、一体どうしてここに……?」
混乱しながら尋ねると、秋山社長は「烏羽に頼まれたのさ」と言って、後ろに振り向いた。
彼の目線の先に目をやると、そこには尊さんの姿があった。
「た、尊さん…?」
尊さんまで、どうしてここに?
俺のことを遠ざけていたはずなのに。
混乱で頭の中がぐちゃぐちゃになる。
突然の登場に動揺している俺に、尊さんが1歩
また1歩と近づいてきて、その顔に安堵の表情を浮かべた。
「…怪我もないし、なにもされてない、な」
ホッとしたような声色で、俺を抱きしめてくれた。
久しぶりの尊さんの体温。
強く、優しい腕に包まれると、張り詰めていた心が一気に緩んで自然と涙が溢れ出した。
「たける、さん…っ、遅い…ですよ……っ」
その胸に顔を埋めて、嗚咽をこぼす。
冷たかったはずの彼が、こんなにも温かい。
そんな俺の頭をポンっと撫でてくれる温かい掌に、胸が締め付けられるようだった。
◆◇◆◇
社長室にて
秋山社長が席を外し、扉が閉まると、俺と尊さんは二人きりになった。
先ほどまでの混乱と悲しみが嘘のように、俺の心は温かい安堵に包まれている。
席に対面に座った俺と尊さん。先に口を開いたのは彼の方だった。
尊さんの話によると、鈴木に例の写真で「雪白と別れろ」と脅され
俺に金輪際嫌がらせをしないということを条件に俺と別れるという約束を鈴木としていたらしい。
俺は全てを理解した。
俺たちを襲った災難は、全て鈴木が仕組んだことだったのかと。
「それが他の社員にバレて、しかも傍から見れば俺が雪白を襲ってるような場面を隠し撮りされてしまってな」
と言っていたのは、鈴木のことだったのかと理解する。
そうして尊さんは言葉を続けた。
「鈴木のことは部長に相談していたんだが、サッと首を切れたら社長がとっくに切ってるだろと返されてな。〝好き〟か〝嫌い〟かは分からないが、鈴木が雪白に異様な〝関心〟を持っているのは薄々気づいてたんだ」
「だから俺と雪白が別れたフリをする必要があった。お前が1人になった隙をついてなにかするとは思ってたからな、その隙をついたわけだ、お前への嫌がらせ含め、クビにするためにな」
尊さんは真剣な眼差しで語る。
俺の不満や悲しみを全て受け止めてくれるような、穏やかな目だった。
「…そ、それなら俺にも芝居してくれとか言ってくれれば…!」
思わずそう叫んだ。
知っていれば、あんなに悲しい思いをしなくてもよかったのに。
「もちろんそうも考えたが、お前、顔に出やすいだろ?それに、敵を欺くなら味方からって言うしな。少し荒い手にはなったが…それは悪かったと思ってる」
尊さんは申し訳なさそうに眉根を寄せた。
確かに嘘が下手な俺は、尊さんの話を聞いてしまえばポロッと本音が出てしまいそうだ。
だが、俺は鈴木が嫌がらせをしてくる以上に寂しかったことがある。
「でも……俺、尊さんとご飯食べれないし、一緒に帰れないし、隣も歩けなくて、触れなくて、すっごく寂しかったんですよ…っ?」
俺はまるで拗ねた子供のようにそう言った。
その寂しさは、誰にも言えなかった
俺だけの秘密だった。
「鈴木に狙われてたって知って、絶対食べられたくないって、舐められたくもないって思ったんです…!」
そう言うと、尊さんは俺の考えていることなどお見通しなのか、弟に話しかけるみたいに
「悪かった、なぁ雪白…どうしたら、機嫌直してくれる?」
と子犬のような瞳で聞いてくる。
そんな尊さんにムスッとしつつも
「好きって言って、恋って呼んで、たくさんぎゅってしてくれたら俺だって機嫌直しますよ!!」
と、尊さんにとっては難しいことを言った。
尊さんは俺のことをじっと見つめた後、「ふぅ」と小さく溜息を吐いて
「好きなんて言葉じゃ足りないだろ、恋、俺はお前以上に愛おしいやつなんかいない。…それだけは覚えててくれ」
と俺の名前を呼んで、ギュッと力強く抱きしめてくれた。
予想外の展開にびっくりしたけど、それ以上に嬉しくて、尊さんの背中に腕を回す。
「もう…勝手に1人にしないでくださいね」
「あぁ……恋は俺のこと、好きか?」
「大好きに決まってますよ…もう…っ」
そう言って笑うと、尊さんは「ん、」と言って軽くキスしてくれた。
尊さんは照れ屋だけど俺のことが好きだと伝わってくるからすごく幸せだ。
すると、扉がコンコンと叩かれてガラガラと開かれて社長の気配に気づき、咄嗟に尊さんから離れる。
「全く…堂々といちゃついて……まあいいが」
「し、社長……!すみません」
「いやいや、話がまとまったようでよかったよ。あとの鈴木の処分については僕に任せてくれ」
「あ、ありがとうございます…っ、お願いします!」
◆◇◆◇
社長室を出て、尊さんと共にエレベーターへ乗る。
2人っきりになったところで、尊さんは再び謝ってくれた。
「本当に悪かったな、手荒な真似して」
「いいですけど……次はどんな理由があっても別れようなんて言わないでくださいよ?」
プイッとそっぽを向いたつもりだったのに、尊さんの大きな両手で頬を包まれて
「恋」と名前を呼ばれると、反射的に彼を見つめてしまった。
「っ……!」
そのまま、チュッと触れるだけのキスを落とされた。
尊さんは「俺ももう離れたくない」と言わんばかりに抱き締めてくれる。
その胸に顔を埋めて、思いっきり息を吸う。
彼の匂いが鼻腔を満たすと、とても安心する。
久々の感覚に、眠気すら感じる。
「……ねぇ、尊さん」
「なんだ?」
「また一緒に、いてくださいね」
俺は尊さんのことが大好きで
尊さんも俺のことが大好きで、愛してくれている。
「……あぁ、約束するよ、恋」
だからこれからもずっと一緒にいるために、俺たちは微笑みあってゆっくりと唇を重ねた────。