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「ね、ネズミ……」
黒いネズミは、血のような赤い瞳を私達に向けていた。私達を敵と見なしているようなその目に、怯えつつも、私はすぐに戦闘態勢をとった。こんな所で、あんな大きなネズミに暴れられたら、皇宮が崩れてしまうんじゃないかと不安もあったけど、逃げようにも逃げれないこの場所では戦うしかないと思った。
それにしても、大きなネズミで、黒いけはまるでハリネズミのように尖っていて、尻尾もびたんびたんと揺らしている。四つん這いになっているから天井までつかないが、二足歩行になったら、容易に天井に頭がつくんじゃないかと思った。だからそれもあって、ネズミはそこまで速いスピードや、あっちこっちに逃げられないと。それは、私達も同じことが言えるんだけど。
「ルーメンさん戦えますか」
「俺?」
「いや、アンタしかいないし。リースが私にってつけてくれた護衛なら、少しは戦ってよね。じゃなきゃ、二人とも死んじゃうんだから」
「わ、分かってるけど……エトワール様ってそんな高圧的な性格だったっけ?」
と、ルーメンさんは驚いたようにいう。確かに、今の台詞は臭いというか、恥ずかしかった。上からいっているように聞えても仕方ないと。一度出た言葉が戻るわけもないので、私は咳払いをして、光の剣を作る。弓にしなかったのは、光の弓が、そこまで威力がでないと思ったから。この距離じゃ、弓を引いているうちに攻撃を喰らってしまうのではないかと。
(ルーメンさんがどんな戦い方をするか分からないけど、私は私の戦い方でいく)
もしここにいるのが、ブライトやグランツ、リース……そして、アルベドだったら、何となく彼らの戦い方や癖が分かっているので戦いやすかっただろう。でも、今私の隣にいるのは、全くどんな戦い方をするか分からない、分かる気になったばかりのルーメンさん。彼の性格とか、まずまともに喋ったことがなかったから、どう立ち回れば良いか分からない。でも、逃げ道がない、ネズミを追い払わなければならない状況だってことには変わりない。
(やるしか、ない……んだけど)
ただやっぱり不安要素はあって。
ルーメンさんがまず、ネズミが苦手っていったのもあるから、本当に不安だった。やるしかないことには変わりないけれど、本当に……
「私が切り込むから、ルーメンさんは援護頼んでいい?」
「援護、待って、エトワール様、突っ込む気ですか」
「何、突っ込んじゃいけないわけ?それとも、ルーメンさんが突っ込む?」
「うっ……エトワール様が汚したと彼奴が知ったら、殺される……から」
「だから?」
「俺が、なんとかする」
そう言うと、ルーメンさんは振り絞るようにして何やら詠唱を唱えた。それに気づいたネズミは、私達の足下に走るネズミに指示を出し、私達を襲ってくる。小さなネズミは私達の足下に群がってその歯を立てた。
「……っ」
噛む力は相当なもので、ロングブーツを履いていてよかったと思った。ブーツに穴が開いて、その隙間から、ネズミの歯が入ってくる。
私は少し怖くなって、足下に拘束魔法を発動させるが、それでも量が量で、防ぎきることは出来なかった。炎で焼き払ってもいいんだけど、ネズミの死体がここに転がるという状況は、何となく作りたくなかった。踏んづけてもいいんだけど、生き物を殺したという感触を味わいたくなかったのだ。
だから、もの凄く戦いにくい。大きなネズミは私達のことを監視しているばかりで攻撃してこない。ただそこにいて通せんぼしているだけ。けれど、あの図体で突っ込まれたら元も子もないと。
(下水に飛び込むっていうのは最悪したくないし……)
唯一逃げる手段といえば、私達の隣に流れているこの地下水道なのだが、匂いもあれだし、濁っているような気がして飛び込みたくない。いざという時の手段、ではあるが、それまでにこのネズミを倒さないと。
(倒したところで、山になるだけなんだけど……)
その身体を焼き払わない限りは、このネズミの死体を……乗り越えていくしかないのだけど。
そんな風に考えていると、ようやく詠唱を唱え終わったのか、ルーメンさんの魔方陣が足下に浮かび上がる。かなりの広範囲で、灰色の光を放つそれは、ネズミたちを一気に灰にしていった。
「え、えっと」
「俺の魔法は、土魔法です。まあ、攻撃系の火の魔法や、アルベド・レイ卿が使う風魔法と違って威力は小さいけど」
「どうやって?」
土魔法といえば、ルフレも使っていたような気がするけれど、こんな使い方が出来るんだと、私は珍しくて目を丸くする。ネズミが一瞬のうちにひからびて灰になったのだから、驚いて当然だろう。
ルーメンさんは、その原理というか、魔法について教えてくれた。何でも地面に接していれば、魔法を展開したそこにいた生物の養分を据えるとか何とか。聞いても、ふーんとか、分かった気にしかならなかったけれど、人間もあんな風に地面に吸われたら、と考えると怖い。攻撃系の魔法ではないと言ったが、かなり恐ろしいのではないかと。それを平然とやってのけるルーメンさんは……
「でも滅茶苦茶わいてくるなあ……俺、そこまで魔力ないんだけど」
「……ほんとだ、また湧いてきた。なんで!?」
先ほどルーメンさんが一掃したばかりなのに、ネズミたちはどこからともなく湧いて出てきた。それも先ほどと同じくらいの数。足下が見えないくらいのネズミは、私達の足を噛みちぎらんと歯を立ててくる。これじゃあ拉致があかないと。
「もしかして、あの大きなネズミが、小さなネズミを召喚してる……とか」
「十分にあり得る……と思いますけど、エトワール様」
「じゃあ、やっぱり叩くしかない?」
でも、不用意に突っ込んで攻撃を喰らうのも嫌だ。
けれど、あのネズミが関わっているということは明白で、親玉であるあのネズミさえ叩けばどうにかなるとは私も薄々思っている。きっと、ルーメンさんもそうだろう。
ルーメンさんは魔力が少ないといった。だから先ほどの魔法を何度も連発で出すのは危ないだろう。魔力が枯渇して動けなくなったら、それはそれで足手まといだし。
(かといって私が魔法に優れいているわけでも無いし、ルーメンさんの方が戦いなれているんだろうな……)
私より先に転生して、リースと戦場に行っているルーメンさんは、私より戦い慣れしているだろう。緊張とか、そういう感情のコントロールも出来るはず。魔物と戦ったことがあるかは置いておいて。
「ルーメンさん、やっぱり私切り込みにいくよ」
「正気かよ……ですか、エトワール様。それなら、俺がいきますって」
「でも、ネズミ苦手なんでしょ?」
「そんなこと言ってられないし……それに、こういうのは、男に任せるべきだと思う」
「男尊女卑」
「違う」
言われた言葉を私は言い返して、ルーメンさんを見た。ルーメンさんは、多分リースにいわれたことを守ろうとしているんだろう。私を逃がすって、無傷で、安全な場所に。思ってくれているのも嬉しいし、守るべき対象であるって、私が聖女であることを知りながら、前に出てくれることは嬉しかった。でも、私だって、ルーメンさんが傷ついて、リースが傷つかないわけもないと知っているから。
「じゃあ、二人で行こう」
「ええ」
「ええって何よ。私じゃ不満なわけ。それとも、リースの方が?」
「ち、ちかい!じゃなくて、二人が動けるようなスペースがここにないのに」
「ルーメンさん、足場とか作れる?」
「ううん?」
「土魔法って、そう言うのできるんじゃなかったっけ?足場とか、土壁とか。分かんないけど」
実際土魔法は手で数えるほどしか使ったことないから、勝手が分からない。でも、ルーメンさんがそれに長けているというのなら、私はそれを信じてみようと思った。色んな魔法とも連携できるようになりたいとは思っていたし……ルーメンさんには悪いけど、これは実験的に。
ルーメンさんは少し考えた後、コクリと頷いた。
「俺は、エトワール様と一緒に戦ったことないから、貴方の都合のいいようには出来ないかも知れないけど……やってみる価値はあると思うから」
「じゃあ、決まりね。援護よろしく」
私はルーメンさんに合図をして、大きなネズミに向かってかけだした。