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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第209話:蔵の奥の古鏡。映り込んだ巨大な『神獣』のシルエット
春の暖かな日差しが差し込む、十勝の限界集落。
本日の我が陣地(古民家)での任務は、農作業を一旦休止し、長年放置されていた『蔵』の整理整頓(ロジスティクスの再構築)であった。
「お兄さん、この木箱の裏にもまだ何かありますよ!」
防塵マスクと三角巾を完璧に装備した専属アシスタントの小春ちゃんが、埃まみれになりながら蔵の奥を指差した。
「よし。未知の資材(ガラクタ)は全て表に出してナンバリングする。ヒグマ、搬出作業を頼む」
『グゥ!』
二足歩行モードの巨大ヒグマが、数百キロの米俵でも運ぶかのように、重たい木箱を軽々と外へ運び出していく。
ジンバルカメラがその様子を全世界五千万人のリスナーに配信しており、チャット欄は『ヒグマの引っ越し業者ww』『パワーがインフレしてるww』と今日も平和な賑わいを見せていた。
そんな中、小春ちゃんが一つの古い布袋を引っ張り出してきた。
「これ……鏡、ですかね? すごく古そうです」
布袋から現れたのは、高さ一メートルほどの、くすんだ木枠に囲まれた古い鏡だった。
縁には例のアイヌ文様のような彫刻が施されており、鏡面はわずかに曇っているものの、拭き上げればまだ十分に実用に耐えそうだった。
俺たちはその古い鏡を蔵の前に立てかけ、軽く雑巾で表面を拭った。
その時である。
日向ぼっこを終えた純白の神獣シロ様が、トコトコと軽やかな足取りで近づいてきて、鏡の前を横切ったのだ。
サファイアブルーと琥珀色のオッドアイが、何気なく鏡の表面を一瞥する。
次の瞬間、ジンバルカメラのレンズが、ありえない映像を全世界に叩きつけた。
鏡の中に映り込んだのは、体長数十センチの可愛らしい白猫ではなかった。
そこには、背後の裏山を丸ごと覆い尽くすほど巨大で、神々しい白銀の毛並みを持った『超巨大な獣』のシルエットが、くっきりと映し出されていたのだ。
その巨大な獣もまた、サファイアブルーと琥珀色のオッドアイを持ち、圧倒的な威圧感と慈愛に満ちた瞳で、鏡越しにこちらを見下ろしていた。
ほんの一瞬、わずか数秒の出来事だった。
シロ様が通り過ぎると、鏡には再びただの古民家の庭が映るだけになった。
「えっ……? 今、鏡に……とんでもなく大きな……神様みたいな姿が……?」
小春ちゃんが雑巾を落とし、ヘナヘナと座り込んだ。
そして、その一瞬の『真の姿』を目撃した五千万人のリスナーたちは、完全に言葉を失い、数秒の静寂の後、宇宙的なパニックを引き起こした。
『うわあああああああああっ!!!』
『見たか!? 今の見たか!?』
『山よりデカい獣が映ってたぞ!! ガチの神獣だ!!』
『シロ様の本当の姿!? 凄まじい神気だった!!』
五千万人の絶叫がネットワークを破壊しかける中、この超常現象の文化的・宗教的価値を弾き出した超弩級VIPたちが、突如として狂気の暴走を開始した。
ピコーン! ピコーン! ピコーン!
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”A glimpse of the true God!! Shiro-sama’s real form is bigger than a mountain! I will buy that mirror for 500 trillion yen to make it the sacred treasure of our new religion!“(真の神の片鱗だ!! シロ様の本当の姿は山より大きいぞ! その鏡を新宗教の三種の神器にするため、五百兆円で買い取ろう!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”A multidimensional reflection! That mirror shows higher dimensional entities! I bid 600 trillion yen to monopolize this absolute paranormal asset!“(多次元的な反射だ! あの鏡は高次元の存在を映し出す! この絶対的な超常資産を独占するために六百兆円を提示する!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト)無限連発』
『”Oh my god!! That giant fluffy beast is the ultimate monster movie protagonist!! I’m sending 800 trillion yen to start producing the Shiro Cinematic Universe!!!“(なんてこと!! あの巨大なモフモフの獣は究極の怪獣映画の主人公よ!! シロ・シネマティック・ユニバースの制作を始めるために八百兆円を送るわ!!!)』
総額数千兆円規模の電子マネー(赤スパ)が、巨大神獣の威光を凌駕するほどの極彩色弾幕となって画面を完全に埋め尽くした。
国家予算どころか世界のオカルト市場を丸ごと買い占めるレベルの資金が乱れ飛び、様子を見に来ていた村長が「ひぇぇぇ……! 鏡に化け物が映って八百兆円……! わしの手鏡がゴミに見えるべさ……!」と呟き、白目を剥いて気絶している。
誰もが、この世界一神々しく、世界の常識を破壊する神獣の真の姿に魂を震わせているそのド真ん中で。
俺――アキヤは一人、古い鏡の横に展開したマイ陣地(折りたたみ椅子)に腰掛け、ストイックに薄型の特製タッパーを開けていた。
中に入っているのは、完璧な水加減でストイックに炊き上げられた『竹炭パウダー入りの漆黒玄米おにぎり』と、自家製の『大豆ミートと黒胡麻の極硬かりんとう風』である。
俺は、数千兆円の赤スパのまばゆい光と、恐怖と畏敬で震える小春ちゃんを横目に、一切の感情を排した元・社畜の無表情で、大豆ミートを漆黒の玄米おにぎりと一緒に口の中へ押し込み、淡々と咀嚼し始めた。
ゴリッ、バキッ、モグモグ……。
(……ふむ。デトックス効果を持つ竹炭パウダーを練り込んだ玄米と、黒胡麻のビタミンE。蔵掃除という粉塵にまみれた過酷な環境において、体内の老廃物を強制的に吸着・排出させ、己のホメオスタシスを限界まで研ぎ澄ます究極の兵站食だな)
己の肉体という名のロジスティクスを完璧に維持しながら、俺は水筒の冷やしほうじ茶で喉を潤すと、五千万人を突破して世界の超常現象研究家の脳を破壊し尽くしているカメラにキリッとした真顔を向けた。
いつもの『限界言い訳タイム』の発動である。
「小春ちゃん、不要品の発掘と清掃作業ご苦労。そして画面の向こうで、ただの不良品の鏡に巨額の資本を投下して神獣の真の姿だと騒いでいる皆さまも、全員冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『山よりでかい獣が映ったのに、絶対にブレない男!!!』
『主の限界言い訳タイム・古鏡の巨大シルエット完全スルー編ww』
『さあ、この明らかにヤバい心霊現象をどうやって需品科の業務にするつもりだww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「これは巨大な神獣でも、高次元の存在でもありません。鏡に大きな獣のような影が映ったのは、古いガラス製造技術による『レンズの歪み(球面収差)』と、表面に付着していた細かな埃が引き起こした『光の乱反射(ハレーション)』が複合的に絡み合った結果に過ぎません。シロ様が鏡の前を通った際、背後の裏山の木々の影と彼女の白い毛並みが、歪んだ曲面鏡の効果によって極端に拡大・合成され、まるで巨大な獣のように見えたという『錯視現象(パレイドリア効果)』です。ええ、すべては冷徹な『光学的な屈折バグ』と『脳のパターン認識エラー』ですね。私が真っ黒な玄米を噛み締めているのも、心霊現象という名の非科学的な幻覚に惑わされず、一刻も早く蔵の在庫管理(兵站)を正常化させるための、需品科としての徹底した『現実認識防壁構築訓練』です」
「んなわけあるかあああ!!!」
ドガァァァァァンッ!!!!
春ののどかな古民家の庭に、重装甲車の砲塔を真っ二つに叩き割ったような凄まじい破砕音が響き渡った。
小春ちゃんが、鏡と一緒に蔵から出てきた『年代物の青銅製燭台(超高密度金属・アンティーク鈍器仕様、重量約六キロ)』を両手で軽々と大上段に構え、俺の頭頂部に向かってパーフェクトなフルスイングを見舞ったのだ。
六キロの硬質な青銅の塊が肉体に直撃した、鐘を突いたような恐ろしい大爆音が、十勝の空へと虚しく響き渡る。
「ただの球面収差とハレーションで、あんなに神々しくて美しいオッドアイの巨大な獣の姿が、くっきりはっきり映るわけないでしょうが!! どう見たって、シロちゃんの本当の姿が古い鏡の力で一瞬だけ漏れ出ちゃった、激エモで超展開な神様の奇跡でしょうが!! 何万年も生きてそうな神獣の真実を、冷たいパレイドリア効果とか光学エラーとかいう理系用語で粉砕するんじゃないわよ!! そもそもなんで埃っぽいからって真っ黒なご飯食ってんのよ!!」
『小春ちゃんのキレキレ特大青銅燭台スマッシュ炸裂www(音が完全に攻城兵器ww)』
『レンズの歪みによる拡大合成(ただの神獣の真の姿)』
『脳のパターン認識エラー(世界中が目撃した完全な奇跡)』
『適応力バグおじさん、ついに神獣の真実を錯視現象に分類しやがったww』
『言い訳が理不尽すぎて、壮大なSF展開だったのに腹筋が完全に崩壊したわww最高すぎる!!』
俺の理不尽極まりない光学的な限界言い訳と、小春ちゃんの容赦ない六キロの青銅ツッコミに、五千万人の視聴者たちはロマンへの熱狂から一転、大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(ほんと、私の真の姿を見ても青銅の棒で叩かれないと目が覚めない、特大サイズの鈍感下僕ね)』
古い鏡の前から、純白の神獣シロ様が呆れたように俺の方を見やり、その美しいオッドアイの瞳を優しく細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
サファイアブルーと琥珀色の二色の瞳は、数千兆円の電子マネーの輝きよりも遥かに眩しく、春の陽射しの中で、まるで世界中のどんな宝石よりも温かく美しく輝いていた。
庭では、巨大ヒグマが「グゥ〜♪」と、小春ちゃんのツッコミを見届けて満足そうに笑いながら、次の木箱を運び出している。
「……まぁ、理由はどうあれ。陣地の不要な在庫が速やかに整理され、専属アシスタントによる六キロの質量ツッコミが蔵の前でも完璧に機能していることが確認できたのなら、作戦としては完全勝利だ」
俺は青銅燭台の凄まじい衝撃で痺れた頭をさすりながら、春の風が吹き抜ける庭先で、再びタッパーの漆黒玄米おにぎりを口に運んだ。
「完全勝利じゃないですよ! ほら、この気絶してる村長さんどうするんですか! スマホも大変ですよ、VIPの人たちがガチでシロちゃんの怪獣映画作るとか騒いでますってば!」
「慌てるな。まずはその障害物(村長)を搬出作業の邪魔にならない場所へ退避させるのが先決だ。ハリウッドの映画制作より、本日の蔵の在庫管理(兵站)を終わらせるほうが重い」
「だからお兄さんの優先順位、絶対におかしいですからね!? ヒグマさーん、村長さん運ぶの手伝ってーっ!?」
気絶した村長を巡って庭先でワーワーと騒ぐ俺たちの声と、シネマティック・ユニバースの始動に湧き上がるチャット欄の通知音が、春の青空へと響き渡る。
そんなカオスな日常の延長をよそに、シロ様は「やれやれ」といった様子で小さくあくびをすると、ぽかぽかとした陽だまりの中で心地よさそうに再びオッドアイの瞳を閉じた。
コメント
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わあ、シロ様の真の姿、一瞬なのにものすごく神々しくて美しかったです…! あの鏡越しに映った巨大なオッドアイの獣、背筋がゾクゾクしました。そんなロマン溢れる奇跡をアキヤさんが「球面収差」とか「パレイドリア効果」でバッサリ切り捨てるのがもう笑っちゃいました(笑)。でも小春ちゃんの青銅燭台ツッコミで見事に崩壊する光景、最高でしたよ。蔵掃除という日常に神話が顔を覗かせる、この緩急がたまらないですね…!