テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
祭壇の前で向かい合う新郎のヒルと新婦のランナ。そして、その奥に神父のボクシーが立つ。
「それでは誓いの口付けを」
ボクシーが短い言葉で神聖な儀式を二人に促す。ランナは落ち着いているが、ヒルがなぜか緊張して顔が引きつっている。
仮にも国王なので人前に出る事には慣れているはず。ヒルの顔を見ると頬が赤いので、おそらくランナに対する本気の照れだ。
(ちょっとヒルくん! 今まで何度もキスしてきたくせに!)
そんな少年みたいなピュアな照れ顔を見せられると、ランナもつられて照れてしまう。
「あー、ランナ。すごい綺麗だな……やべぇ、惚れ直した、愛してる」
(それ今言う!? 惚れ直してる場合じゃないでしょ!)
どうやらヒルはランナのウェディングドレス姿を改めて見て惚れ惚れしている様子だった。
確かにランナは母親譲りの金髪と金の瞳が美しい。ヒルの金髪と悪魔の赤い瞳の色さえ呑まれて霞んでしまうほどの輝きに満ちている。
なんとか口付けを交わした二人だが、ゲストたちには初々しく見えて微笑んだ事だろう。……ただ一人を除いては。
「茶番ですわね」
客席のルアージュは誰にも聞こえない小声で独り言を漏らした。それは二人に対する悪意ではなく『無関心』に近い。
今日の式は時短のために簡易的な内容で披露宴などはない。神官とゲストの前で誓いを立てて、午後4時にはお開きとなった。
参列客の帰りの馬車を全て見送ると、もうすぐ午後5時。ランナとヒルは式の衣装のままで神殿の中に入って二人きりになった。
まだ日が暮れないの春の季節のこの時間、柱の隙間から差し込む日は明るい。ランナは天井を見上げて感動の声を上げる。
「この神殿って、こんなに広かったのね」
二人きりになって、その広さと天井の高さに改めて気付いた。王城のエントランスくらいはあるし、天井の果ては遥か彼方にあって視線も声も吸い込まれてしまう。
さっきまでの祝福が夢だったかのように静寂に包まれている。今は誰もいない祭壇の前で二人は向かい合って立つが、ヒルの表情は険しい。
「ランナ。分かってるな。もうすぐ時間だ」
「……うん」
ランナもヒルの表情の意味が分かる。なぜこの時間に、ここで二人きりになったのか、その意図も全てを理解している。
ヒルはランナの前まで進むと両肩の上に手を置く。軽く引き寄せられたランナの唇にヒルの熱が重なる。それは先ほどの誓いの口付けよりも深く熱い。
(……ヒルくん。二人きりだと、こんなに強引にキスできるくせに)
目を閉じる間もないまま、ヒルはランナの呼吸を解放した。ヒルを捉えようとしたランナの瞳に映ったのは、いつもの美しい赤の瞳と金髪……ではなかった。
ヒルの金色の前髪の先端から闇が侵食していくように黒く染まっていく。それはヒルの心にも広がり次第に意識を封じられていく。
午後5時を迎える今、ヒルの人格はヨルへと変わり行く。時間の経過で季節が移り変わるように、目に見える色彩の変化は制限時間を知らせる砂時計。
「ランナ、後は任せた。信じてるぞ、愛してるからな」
まだ残るヒルの僅かな人格が必死に別れを告げてくる。今生の別れでもないのに思わずランナは涙ぐんでしまう。
それにランナは愛を返せない罪悪感にも胸が痛む。呪いの効果もなく愛を知らないランナは、ヒルみたいに『愛してる』なんて簡単には言えない。
「ヒルく……」
それでも何かの言葉を返そうと思ったランナの声は最後まで続かなかった。ヒルの情熱を帯びた赤い瞳は細められて、無情な赤の視線がランナを突き刺す。
ランナが言葉を呑んだその時、すでに目の前にはヴァクト陛下の夜の人格、黒髪のヨルが現れていた。
「昼の妻か。ここはどこだ」
ヒルと同じ声色なのに、ヨルの短い言葉には威圧という重さがかかる。ランナは緊張しつつも恐れを顔に出さない。
ヨルはランナの顔ではなく姿全体を見て怪訝な顔をした。さらに自分の服装を見て首を一周回した後に目と口元を歪めて不快を示す。
「なんだ、この格好は……なぜ貴様もオレも白い!」
「今日は結婚式だったので」
「ふざけるな、オレは白が嫌いだ。ぐぅぅ、ヒルのやつめ、許さん……!」
黒髪の夜のヨルは白が嫌いらしい。妙に納得するが、色だけで屈辱を味わうヨルが滑稽にも思えてくる。
純白の花嫁の前で、白いタキシードを着た姿で人格をチェンジしたのはヒルの嫌がらせだろう。やはり子供の悪戯だ。
少し緊張が解けたランナだが、慎重にヨルから話を聞き出さなければならない。夜は長いので焦る必要はない。
「ヨル様、教えてほしいの。あなたは、どこまで自分の事を知ってるの?」
「……なるほど。それで、か」
ヨルは察した。王城から遠く離れた場所で二人きりにされた理由を。神殿の外には馬車とヒルの従者たちが控えているのでランナに下手な手出しはできない。
ランナの予想が正しければ、一日の活動時間が一番長いヨルは多くの情報を知っている可能性がある。
「ヨル様は悪魔なの?」
先制の意味でランナはあえてヨルを刺激する単語を選んだ。歪んでいたヨルの眉が僅かに吊り上がる。
「貴様……ヒルからどこまで話を聞いた?」
「全然聞いてない。だからヨル様に聞いてるの」
少しも揺れ動かないランナの金の瞳に吸い寄せられるようにしてヨルは距離を詰める。
怯めば隙を突かれる。ランナはヨルの瞳を拒まないが、ふいに彼の指先がランナの顎の下に添えられる。
「美しいな……花嫁か。悪くない」
「離れて。私はヒルくんの妻よ」
「呪いにはかかっていないだろう。貴様もすぐにオレのものになる」
これは口説き文句なのかと、今度はランナが不快に顔を歪める。ヨルの手を振り払おうとしたが、先にヨルの方から手を離した。
その両腕を組むと、ようやくヨルは先ほどのランナの質問に答える。
「その通りだ。オレは貴様の両親を殺した悪魔だ」
ヨルの口から放たれた衝撃的な発言に、純白の花嫁ランナの思考は真っ白に吹き飛ぶ。