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オレンジ色の夕日が、教室の机や椅子を長く引き延ばしている。窓の外からは、どこかの部活が走る掛け声と、吹奏楽の練習の音がかすかに聞こえてきた。
「……凌先輩。水族館の時は、すぐにお返事できなくて、すみませんでした」
私の言葉に、凌先輩は窓枠に背を預けたまま、穏やかに微笑んだ。
「いいよ。その分、ちゃんと考えてくれたってことだよね」
その優しさに、一瞬だけ胸が締め付けられる。でも、私の右手の指先には、まだあの日の遥の体温が残っているような気がした。
「私……凌先輩に憧れて、ずっと追いかけてきました。先輩は私に光をくれた、本当に大切な人です。……でも」
私は、凌先輩の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「これからもずっと、隣で同じ景色を見ていたいのは……遥なんです。どんな空も、夕日も、夜景も。遥と一緒に見たいって、思いました」
教室に、静かな沈黙が流れる。
凌先輩はゆっくりと目を閉じ、それから天を仰ぐようにして小さく息を吐いた。
「……そっか。やっぱり、遥には勝てないか」
先輩は自嘲気味に笑って、私の方へ歩み寄ってきた。そして、かつて栞さんを想っていた時のように、どこか切なくて、でも温かい手つきで私の頭を一度だけ撫でた。
「いいよ、紗南ちゃん。……遥のやつ、俺をこれだけ待たせたんだから、一生かけて幸せにしてもらわないとね」
先輩はそう言って、いつもの完璧な微笑みのまま、潔く教室を去っていった。