テラーノベル
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つの丸の「気にするな」という声が、胸の奥で何度も反響していた。その響きが、妙に優しくて、妙に遠くて……嫌な予感だけが残る。
真帆は、つの丸の白い光に照らされたみたいに、目を輝かせていた。
こういう時、ほんとに何も気づかない。
千夏が、静かに口を開いた。
「……どうしてだ? 人間ごときに、そこまで身を削る?」
その声は千夏の声なのに、どこか硬くて冷たい。
つの丸は短く答えた。
「ただの暇つぶしだ。」
その言い方が、わざと軽くしているのが分かった。
本気じゃない声だった。
千夏は言っていた。
人間を守る魔物が増えている、と。
どうして、つの丸はそこまでして私たちを守ってくれるんだろう。
その理由だけが、ずっと分からない。
本当に暇つぶしの可能性だって……なくもない。
「質問はそこまでだ。俺に残された時間は少ない。」
つの丸がそう言った瞬間、空気が変わった。
理解するより先に、つの丸が千夏へ飛びかかっていた。
速い。空気が裂けるみたいに。
千夏よりも、はるかに速い。
「……や、やめろ……っ……貴様……!」
千夏の声が、怯えを含んで震えた。
つの丸の攻撃が空気を裂き、千夏は防戦一方になる。
つの丸の二本の腕が、千夏の根のような腕を次々と引きちぎり、再生しようとする断面を握りつぶす音が響いた。
「ぐわああっ……!」
その直後、千夏からは、人間とは到底思えない怒号が空間を揺らした。
さっきと違って、腕が再生するのが遅くなっている。
つの丸の攻撃が、それほどまでに効いているのだ。
「つの丸、とどめを刺して!」
真帆の声が響く。
私たちが知っている千夏はもう居ない……
ううん、そもそも最初から居なかったんだ。
私は叫んでいた。
「つの丸! 千夏を……魔物を殺して!」
「そのつもりだ。」
つの丸がそう言った瞬間だった。
「……たすけて……奈月……真帆……わたし……の……声……聞こえる……?」
息が止まった。
脳内に、千夏の声が直接流れ込んできた。
私と真帆は、思わず顔を見合わせた。
「えっ……」
「魔物に……体を……奪われてる……これは……わたしじゃ……ない……助けて……」
胸がぎゅっと締めつけられる。
「本当なの……千夏?」
真帆の声が震える。
その声は──
聞き覚えのある、いつもの千夏の声だった。
「……奈月……真帆……私たち、友達でしょ……?」
その言葉と同時に、千夏との記憶が一気に蘇る。
笑ってた顔。
泣いてた顔。
私たちの時間。
「つの丸! やめて!」
「だまされるな! そいつは魔物だ!」
「違う! 千夏は魔物なんかじゃない!」
真帆がつの丸の前に立ちはだかった。
「……くぅ……」
その瞬間、つの丸は崩れ落ちるように片膝をついた。
輝きが弱くなっている、さっきよりも。
それにレベルも下がり始めている。
「つの丸……大丈夫?」
私の問いかけには答えず、つの丸は乱れた呼吸で叫んだ。
「そ、そこを……どけ……」
真帆は一歩も動かない。
「どかない!」
つの丸はもう動きが鈍い。
そして──
つの丸のレベルが千夏を下回った瞬間。
千夏の五本目の腕が、突然現れた。
つの丸の二本の腕が、あっけなく切り落とされる。
「ぎゃあっ……!」
つの丸の悲鳴が空を震わせた。
「つの丸!」
真帆が振り返り、千夏を見る。
「千夏……」
「……助かったよ。おかげでな。」
千夏がにやりと笑い、つの丸へ歩いていく。
その笑みは、もう完全に“千夏”ではなかった。
「また……記憶を操作されたんだ……」
気づいた時には遅かった。
つの丸の輝きは完全に消えていた。
千夏は攻撃しない。
ただ、哀れむような目でつの丸を見下ろしていた。
「……もう一度だけ聞いてやる。なぜ、人間を守る?」
「お前が寄生した人間は……俺が殺した女だ。」
「魔物とは言え、死者を冒涜してはならん……」
千夏が鼻で笑った。
「貴様が殺したんだろ? 随分、都合のいいことを言うじゃないか?」
「罪滅ぼしのつもりか?」
つの丸は短く答えた。
「そうかもしれんな。」
「まぁいい。じきにお前は死ぬ。」
「死ぬ……?」
真帆の声が震える。
「白い芯を喰らえば、一時だけ力は得られる。だが……代償は“死”だ。逃れられん。」
「そんな……」
「お前たちのお蔭で命拾いしたぞ。礼を言わんとな。」
私たちは、その場に崩れ落ちた。
「つの丸……ごめん……」
「……かまわん……気にするな……」
いつの間にか再生した五本の腕が、ぬるりと宙に浮かび上がり、不気味な影を地面に落としていた。
つの丸は静かに言った。
「……やればいい。」
千夏があざ笑う。
「だが……このまま楽に死ねると思うなよ?」
「その前に、まずはこいつらを始末してからな。」
千夏が私たちを見る。
五本の腕が一か所に集まり、
まるで獲物を見据える蛇の群れのように、ゆらりと揺れながら狙いを定めていた。
「……やめろ。」
「……終わりだ。喰われろ、人間。」
ずばあっ!!
その瞬間、千夏の腕が、爆ぜるように四方へ吹き飛んだ。
「えっ……」
つの丸と同じ白い光が、そこに立っていた。
……真帆だった。
信じられない、そんなはずないのに。
「真帆……なんで……そんなこと……それじゃ死んじゃう……」
真帆は答えず、千夏に切りかかる。
「ばかな……!」
千夏の声が濁る。
真帆のレベルが千夏を超えている。
白い光が千夏を押し込んでいく。
「真帆! なんで……どうして!」
「言ったじゃん。奈月は私が守るって。」
真帆の刀が閃く。
つの丸の力じゃない。
真帆自身の力だ。
「死ねぇぇぇ!! 千夏を語る魔物めぇぇぇーー!!」
真帆が叫び、白い光をまとったまま何度も千夏へ切りかかった。
だが──
白い光が、急激にしぼんでいく。
真帆の体から、光が抜け落ちていく。
「えっ……なに……これ……?」
レベルが、一気に元の数値へ戻っていく。
さっきまで千夏を圧倒していた力が、砂みたいに指の間からこぼれ落ちていく。
「うそ……やだ……まだ……」
真帆の足がふらつく。
刀を握る手も震えている。
千夏の目が細くなった。
「……終わりだ。」
千夏の五本の腕が一斉に真帆へ向かう。
ごん!
真帆が吹き飛ばされた。
「くはっ……」
「ちっ……外したか……」
その肩は大きく上下し、五本の腕のうち二本が痙攣していた。
さっきの真帆の一撃が、確実に効いている。
真帆は完全に元の姿に戻っていた。
「奈月……逃げて……」
「そんなの……できるわけない!」
「……足が折れてるみたい。」
真帆は、痛みに震えながらもニコッと笑ってみせた。
その無理な笑顔が、逆に胸を締めつけた。
千夏の目が真っ赤に光る。
「……どいつもこいつも……」
つの丸は虫の息。
真帆は立てない。
「……もうだめだ……」
「手こずらせやがって……」
五本の腕が、私を狙う。
動けない。もう……どうしようもない。
その場に、うなだれるようにしゃがみこむ。
その時。
「封印しろ! 奈月! 真帆!」
つの丸の声に、体が無意識に反応した。
そうだ……その手が残されていた。
千夏が眉をひそめる。
「……封印?」
つの丸が最後の力で千夏の頭を蹴り上げる。
油断していた千夏が、弾かれたように吹き飛ぶ。
「いまだ!」
「奈月! 真帆!」
真帆が足を引きずりながら、残った力を振り絞って刀を地面に突き刺した。
私は急いで魔法陣を描き、呪文を唱える。
あの時と同じ魔法陣が、刀を中心に浮かび上がる。
千夏が目を見開く。
「貴様ら……何をしている?」
魔法陣の光が強くなるにつれ、千夏の表情が険しく変わっていく。
「や、やめろ……! 貴様ら……ごときが……!」
魔法陣が、突然うねるように渦を巻き始めた。
空気が震え、周囲の砂や石、折れた木片までもが、ずずず……と音を立てて吸い込まれていく。
千夏の髪が逆立ち、顔が歪む。
「た……すけて……奈月……真帆……」
その声は、あまりにも“千夏”だった。
けれど──私も真帆も、もう騙されなかった。
あの声がどれだけ“千夏”に似ていても、私たちは一歩も動かず、ただ冷静に見つめていた。
千夏は五本の腕を地面に突き刺し、必死に抵抗した。
だが、魔法陣の渦はそれすらも引きはがしていく。
「……っ……」
千夏の体が、光に焼かれるように輪郭を崩し始めた。
そして──力尽きたように膝をつき、刀の闇へ“溶け落ちる”ように吸い込まれていった。
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