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それから毎日のように、放課後になると優羅と美咲は屋上で会うようになった。
まるでそれがルールであり、誰にも知られてはいけない“儀式”のように。
教室では、ふたりは別々の顔をしていた。
優羅は相変わらず目立たない。声をかけられれば静かに答えるけれど、自分からは何も言わない。
美咲は逆に、明るく振る舞っていた。クラスではよく笑っていたし、時には男子にからかわれても「やめてよー」なんて笑っていた。
でも、屋上に来たときだけ、ふたりは仮面を脱ぎ捨てる。
「今日さ、また腕やっちゃった」
「…深くない?」
「見せたいわけじゃないけど、見てくれるのは優羅さんしかいないから」
そう言って、美咲は自分の手首を、そっと差し出す。
赤く滲んだ線に、優羅は指を添えることはしなかった。ただ、じっと見つめた。
「学校って、演技してる人ばっかりだよね」
「…私もだけどね」
「ううん、優羅さんは“何もしてない”から、本物っぽい」
「本物って…私、空っぽだよ?」
「その空っぽが、落ち着く」
その日、美咲はいつもより近くに座った。足が触れるくらい。
一瞬、優羅の心が跳ねたけれど、それを表に出すことはしなかった。
「もしさ、学校の誰かに“ふたりのこと”知られたらどうなると思う?」
「バカにされる」
「引かれるかも」
「“気持ち悪い”って言われる」
ふたりの口から出てきたのは、どれも過去に実際言われた言葉だった。
「でもさ、ここに来ると…なんか全部どうでもよくなる」
「…うん。私も」
沈黙のあと、美咲がポツリと口にした。
「優羅さんって、女の子のこと好きになったことある?」
その問いに、優羅はすぐに答えられなかった。
「“恋”っていうのが、そもそも分かんないんだよね。私、誰かに期待するのも、裏切られるのも、もうやめたから」
「…そっか。私も、わかんないや。恋とかじゃないけど、優羅さんといるときだけ、ちゃんと呼吸できる感じ」
「……私も、同じ」
それが“好き”という感情なのか、ただの依存なのか。ふたりには、まだ分からなかった。
だけど、誰にも言えない。
この関係が壊れてしまうことを、どこかで恐れていた。
誰かに見られたら終わる。
名前をつけられたら終わる。
ラベルを貼られた瞬間に、こんなにも静かで、優しくて、苦しい関係が――壊れてしまう。
「ねえ、お願いがあるの」
「なに?」
「私がここに来なかった日があったら、探さないでね」
「……それ、フラグみたいだからやめて」
ふたりで小さく笑い合った。
でも、その笑顔の裏には、互いに言えない“不安”が確かにあった。
それでも、手はつながない。
キスもしない。
抱きしめもしない。
でも誰よりも深く、強く、結びついていた。
“誰にも言えないこと”がある。
それは、たったひとりに伝わっていればいい。