夏季休暇も終わり、久しぶりに会った友人たちと挨拶を交わす。ゆくゆくはローズディアへの移動が確定しているので、そちらの友人はたくさん作っておいて損はないと積極的に声をかけていたが、その思惑をよしとしないというか、友人を作ることをよしとしない殿下に邪魔をされ続けていた。
そ・こ・で・だ!
庭師の庭が役に立つ。中庭の奥へと続く道を歩いていくと、薔薇の小道がある。そこを抜けると、庭師たちの寮があるのだ。私は、庭師長にお願いして広い一室間借りしていた。ちなみにこの庭師長は、私の茶飲み友達でもある。ゆくゆくは、私の手の内へと引き抜くつもりだ。
今日は、ありがたいことに殿下が授業の補習へ向かったので、こっそり集まるにはちょうどいい。兄に声をかけ、いつも一緒にいるトワイス国の女の子の友人たちの一部となかなか交流を持てないトワイス国の男の子とローズディア公国の友人たち、一般学生の友人を誘って秘密のお茶会としゃれこむことにした。
ここでは、主に両国の噂話の収集、剣での模擬戦、ボードゲームなどをしてゆっくり遊ぶのが目的だった。自然と身分の低いものが集まる傾向がある。
1年生の頃に比べれば友人も増え、今では友人が信用のおける友人を招くことも許可しているので、だいぶ規模も大きくなってきた。間借りした一室では賄いきれないので、天気のいい日に外での開催となる。このお茶会では、学園も融通を利かしていろいろと備品を増やしてくれている。
「姫さん、お手合わせ願えますか?」
模擬剣を持って私の前に歩いてきたのは、ローズディア公国子爵子息のウィル・サーラー。この青年、実はとっても強い。頭も相当切れる。さらに言えば、子爵家三男なので実家を継ぐこともないので、ゆくゆくは、引き抜きしたいと思っている人物だ。
「いいですよ。では、いつものように3本勝負でいかが?」
「望むところ!! 手加減は無用だから!」
この学校屈指と言ってもいいほどとても強いウィルなのだが、今のところ私のほうが強い。1年生の授業で勢い余ってウィルをコテンパンにしたのだ。
ウィルには、最初のころ、「じゃじゃ馬だ」の「女じゃない」とか、相当罵られたものだが、今では、私も手加減も覚えたので、授業ではいつも引き分けることにしている。それをよくは思っていなくても、私の気持ちはわかってくれていた。ウィルの実力を買ってこのお茶会に誘うことに決めたのだが、手加減していることがあだになり誘ったのにしばらくは素直に来てくれなかった。
ウィルとの約束で、お茶会が始まるとまず模擬戦を3戦するというのが二人の中で取り決められた。男の子なので、だんだん体つきもよくなり、力も強くなってきているので、今では勝つのもやっと……? になってきた。
そろそろ、負けそうだ……私も、負けてもいいのになと考えてはいたが、負けず嫌いの私は、負けたくないとウィルに模擬剣を今日も手加減なしで振るう。
「はぁ……今日も負けた……こんなんで近衛に入れるのか……?」
「大丈夫よ。近衛に入らなくても私が引き抜いてあげるから!」
いつものように、私は腰に手を当て大仰にウィルを見下して決まったセリフを言う。ここまでがいつものやり取りなのだ。
そして、ウィルが私のいうことを真剣に取ってくれていないのもいつものことだ。
「私たちもあちらに混ざりましょうか?」
ウィルの手を引っ張って立たせて、外に設えてくれているお茶会用のテーブルへと向かう。
「また、アンナリーゼ様に負けたの?」
模擬戦を見ていたのだろう、セバスチャン・トライドがカップをウィルに渡している。
「うるさいな! セバスだって姫さんには勝てないだろ?」
ウィルの言葉を聞いて平然と答えるセバス。
「当たり前じゃないか。学年で一番の腕前のアンナリーゼ様に勝てる方がおかしい。それに、僕は、体を動かしてっていうのは性分じゃないんだ」
「確かにそうね。セバスは、頭脳派だものね? でも、ある程度は護身用として、剣術か体術ができる方がいいと思うわ!」
「ナタリー……君は、なんでもそつなくこなすからね。僕みたいに偏った人間が好きじゃないだけなんじゃないの?」
三人で話をして意見をぶつけているのは、ウィルとセバスチャン、それとナタリーだ。
セバスチャン・トライドは、ローズディア公国の男爵家五男。学年で3番という成績を収めているだけでなく、勉学以外にもかなりの博識である。うちの兄と一緒に置いておくと日が昇る前から日が昇るまででも語ることができるほど知識も豊富で、さらに頭の回転もかなりいい兄のお気に入りの後輩である。
しかし、こちらも五男であるため、爵位は与えられず公国で公民として働くことになる予定なのだが、私はひっそりと引き抜きを狙っている。私だけでなく、兄も狙っているようだが、今のところ、私に分があるように思っていた。
紅一点のナタリー・カラマスは、こちもらもローズディア公国の子爵家次女である。よく気が利き、手先も器用で、なんでもそつなくこなしていく力があり、なかなか重宝している人材だった。政略結婚が決まっていると聞いているので引き抜きは難しいと思っているが、あわよくばとは考えてはいる。
この三人は、学園に入る前から顔見知りであったそうだ。秘密のお茶会への参加を機に一気に仲良くなったらしい。三人そろえば、怖いものなし。私は、この三人の話を聞くのがとても好きだ。小気味よく話をしているので聞いているだけでおもしろい。
悪口という軽口をたたきながら砕けて話せるのもいい。
「はいはい。そこまでにしましょう? 今日は、おいしいお菓子もあるってお兄様が言ってたわよ? 甘いもの、好きでしょ?」
「そうですねぇー」と五人で囲めるテーブルに四人で座る。
「あっ! そうだ! アンナリーゼ様に紹介したい子がいるのですけど、よろしいですか?」
このお茶会は、もともと私が気に入った人を誘って開催していたのだが、今では、誘われた人がまた新しい人を私に紹介してくれるとなっている。会を開けばだんだん人も多くなってくる。
「いいわよ。どなた?」
「少し待っててください。呼んできます」
そう言って、ナタリーは席を立つ。その間は、ウィルとセバスの三人で話をすることになったのだが、この二人もいつも面白い噂話を見つけてくる。
例えば……だが。
「銀髪の君は、卒業式のパートナーが決まったらしいね? かの人じゃなかったとか」
「この夏季休暇、ダドリー男爵家のソフィア嬢の荒れ方がすごかったって社交界での噂聞いたか?」
「夜会っていう夜会で豪快に飲みまくっては、いろんな男に声をかけてたとかなんとか聞いた。俺は、たまたま出くわさなかったから、真偽はわからないけど……」
「あぁ、それね。本当だよ。僕、何度か一緒になったんだよね。ジョージア様が、全く構ってくれないと嘆きまくってた。なんか、執着しすぎて怖いよ。女って、みんなあんなの?」
セバスは、何回かの夜会でソフィアに出くわしたらしい。あんな女性に好かれるなんてとんでもないとソフィアに対して不快感をあらわにしている。
「あら、そんな人ばかりではなくてよ!! あの方は異常なのよ。確かに銀髪の君は素敵だけど、ソフィア嬢の身の丈には合っていないわ。そう思いません? メアリー」
急に話に割り込んできたナタリーとその後ろで問われた人物がいた。
「えぇ……、話を聞く限りでは妄執に近いように思います……」
大人しそうだがはっきりと物申せる彼女こそが、今回、ナタリーが私に紹介したい人物であった。
メアリー・サラサ。トワイス国の公爵家次女で1つ学年は下の人物だ。
そして、未来でトワイス国の第3妃となり、殿下の寵姫になるその人だ。ナタリーとは、遠縁の親戚にあたるらしい。
「アンナリーゼ様、紹介させてください」
ナタリーが私に向き直り紹介をと言ってくるので、今度は私が少し待ってもらう。たまたま視線があった兄をこちらにと呼びつける。そうするとすぐに兄は私のところへ飛んできてくれた。
「アンナ、どうかしたのかい?」
「一緒に紹介を受けたほうがいい気がしたので……」
視線を交わすが、わかってなさそうなので後で説明をすることにした。
「ごめんなさいね。しかも、立たせたままで……」
「いえ」と柔らかい笑顔をメアリーは向けてくる。
「では、改めまして……。こちら、トワイス国サラサ公爵家次女でメアリー嬢です。アンナリーゼ様とお話してみたいと申されたのでお連れしました」
ナタリーが私に向かって紹介をしてくれる。兄もうんうんと頷いて聞いている。
「メアリー・サラサです。サシャ様、アンナリーゼ様、以後お見知りおきを!」
そう挨拶してくれるが、むしろうちの方が身分は下なので先に挨拶するべきだったと悔やむ。
「アンナリーゼ・トロン・フレイゼンと兄のサシャです。こちらこそ、本日お会いでき嬉しいです。これからは仲良くさせてくださいね?」
花が咲くかのようにぱっと笑うと、メアリーもニコニコと笑顔を返してくれる。
「私のことはアンナと呼んでください。メアリー様」
「わかりました、アンナ。では、私のことはメアリーとお呼びください」
挨拶もそこそこに今まで立たせていたので、ナタリーに言ってメアリーに席へ座ってもらう。兄もどこからか椅子を持ってきて、いつの間にか六人でテーブルを囲んでいた。