テラーノベル
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お腹が痛くなってトイレに駆け込む。残念ながら、野間綾乃にはよくあることだった。幼稚園の頃からお腹が弱くて、特に緊張するとすぐ下痢をしてしまう典型的なタイプ。残念ながらその体質は、高校生になった今でも変わっていないらしい。
「う、うう……」
下腹部がキリキリ痛む。最初の波は超えたと思ったが、しっかり出してもお腹の痛みがひかない。自分ですりすりとお腹をさすりながら、滲んだ視界で床を睨んだ。大きい方をすると、特にそれが腹痛を伴ったものであると、どうして涙が出てくるのだろう。苦しいからだろうか。それとも、心のどこかで今の自分が情けないと思っているからだろうか。
ふうふうと息をしながら踏ん張り、それが終わればトイレットペーパーを手に取るということを繰り返す。カラカラカラカラ、と回る音さえ腹立たしい。このままでは休み時間が終わってしまう。ただでさえ先生に嫌われているのに、このまま授業をサボったと思われるのはもっと最悪だ。
さっさと終わらせて教室に戻らなきゃ、そう思った矢先だった。
「きゃあっ!」
ばっしゃん!と上から降ってくる水。あまりの冷たさに、綾乃は悲鳴を上げることになった。思わず、ドアの上の方を見つめる。水をぶっかけたホースがするすると引っ込んでいく様が見えた。同時に、遠ざかったいく複数の足音と、少女達の笑い声も。
「……ふざけんじゃないわよ」
ぎり、と拳を握りしめる。
綾乃は今、クラスメートからいじめを受けているのだった。あまりにも理不尽で、腹立たしい理由で。
***
きっかけはあまりにも些細なこと。クラスのとある女子と、綾乃が揉めたことである。あまりにも彼女の態度が悪かったので、綾乃が“真っ当な注意”をしたのだった。しかし、それがどうやら彼女と、その取り巻きの少女達のカンに触ったらしい。
一週間前からだ。トイレに籠れば水をぶちまけられ、机の中に入れてあったノートや、壁に貼った綾乃のポスターに落書きされ、時には落とし穴なんて手間のかかるものに落とされ――そういう嫌がらせが、繰り返されるようになったのは。
トドメが学校の裏掲示板。綾乃がやってもいない悪行を捏造され、叩かれまくっている始末。犯人の姿ははっきり見ていないが、あの女とその友人達の仕業であるのは明らかなことだった。
――なんで、あたしがいじめられないといけないの。悪いのはあいつらなのに。
最近はストレスで、授業中にトイレに駆け込むことさえある始末。これではまともに勉強することさえ叶わない。何より、死ぬ気で勉強して合格した高校にどうして、毎日のようにイライラしながら通わないといけないのか。
復讐してやりたい。あいつらをぎゃふんと言わせてやりたい。そして這いつくばるメスガキたちを見て、ざまあみろと笑ってやりたい。
「くそっ……くそくそくそくそくそっ……!」
トイレから出て手を洗い、ハンカチで濡れた髪と制服を拭う。幸い、濡れたのは頭と上半身だけだった。ポケットに入っていたハンカチは無事。これなら多少誤魔化しがきくだろう。鏡の中、ボブカットに丸っこい顔の自分とにらめっこをしながら、丁寧に頬を伝う水分を拭きとっていく。
問題なのは、ついさっきチャイムが鳴ってしまったこと。次は移動教室。どうあっても、間に合わない。途中から理科室に入ったら確実に笑い物にされてしまう。次の授業はもうボイコットするしかなかった。
「くそくそくそくそくそくそくそっ!どうして、どうしてあたしがこんな目に遭わないといけないのよ!あいつらが、あいつらが悪いってのに……!」
苛立ちと同時に足を踏み鳴らす。面倒だが、どこかで時間を潰すしかないのだろう。そう思った時、ポケットの中でスマホが震えるのがわかった。
見れば、クラスメートの長谷部歌からのLINEだった。一応、自分にとって数少ない友人とも呼べる存在である。どうやら授業が始まっても戻ってこない綾乃を心配したということらしい。こっそり送ってきたのだろう。
『綾乃ちゃん、大丈夫?トイレに行ってたみたいだけど、また具合悪いの?先生に私から言っておこうか?』
「……ったく」
返信を見るかどうかはわからなかったが、一応打っておいた。お節介なことをされてはたまらない。
『余計なことしないで。うざい』
歌が嫌なやつだと思っているわけではない。しかし、どうにも彼女はデリカシーが足らない時がある。女の子が、お腹の調子が悪くてトイレに行っていました、なんて男の先生に知られたいはずがないではないか。そして彼女がそれを口にすれば、結局他のクラスメートたちにもバレてひそひそされるのは目に見えているのだ。どうしてそんな簡単なことにも気が回らないのか。
とにかく、次の授業にはきっちり間に合うようにしなければ。綾乃は今日の時間割を思い出しながら、トイレから出る。
授業が始まってしまった学校の廊下は、休み時間とはまるで違う。近くの教室から聞こえる先生の声、チョークの音、生徒の音読する声。そんな中で、自分は一人でトイレの前に佇んでいるのだ。なんだか世界から取り残された気がして酷く空しかった。それもこれもみんな、自分をいじめるあの女どものせいだというのに。
「復讐したいんですね」
「!」
そう、だから。
誰もいないはずの廊下で――声をかけられた時は、飛び上がりそうなほど驚いたものである。
いつからそこにいたのだろう。ゴスロリっぽい服を着た少女が一人、そこに立っていたのだ。思わず息をのむ。そういう趣味など一切ないつもりだった。それでも、同性の自分が見惚れるほど、その少女は美しかったのである。
きらきらと輝く艶やかな長い黒髪。ばさばさと音が鳴りそうなほど睫毛の長い、宝石のような金色の瞳。そして、シミもシワもない白皙の頬。年のころは、綾乃と同じ十七歳くらいだろうか。
「だ、誰?」
制服ではない。ということは、この学校の生徒ではないのだろうか。思わずひっくり返った声を出す綾乃に、少女はくすくす笑いながら言うのだ。
「私の名前は、黒須澪。貴女が昨夜書きこんだ、WEBサイト“カエシオニ”の管理人です」
「え!?」
思わず少女の顔をまじまじと見つめてしまった。カエシオニ。確かに昨日、そんなサイトを利用したのは事実。
あのクソ女どもに復讐したい。しかし、自分が手を汚すことも、己の評判が貶められることもなく報復を遂げたい。どうすればいいのか迷っていた時に、ネットでそのサイトを見つけたのだ。
カエシオニ。間違いなく、そういう名前だった。
その掲示板に書き込んで、管理人に見初められた者は――カエシオニの魔法を授けてくれる。その力があれば、誰からも疑われることなく、憎い相手に復讐を遂げることができるのだと。
「ほ、ほんとに?貴女が本当に……管理人なの?あたしが、選ばれたってこと?」
「ええ。最近書きこんだ人の中で、貴方の“感情”が一番美味しいものでしたかから。とてもいい具合に、憎悪を煮詰めていらっしゃるようだ。私は、そういうものが大好物なんです。復讐したい相手がいるのでしょう?それも、複数人」
「え、ええ……そうよ!その通りよ!」
思わず大きな声を出してしまい、周囲を見回す。幸い、廊下に他に人気はなく、教室から誰かが出てくる様子もなかった。自分達の声や姿が、誰かに聞かれたり目撃されたりということはなさそうだ。
にわかには信じがたい。サイトに詳細を添えて書きこんだのは事実だが、正直そんなものに期待していたわけではなかったから。復讐はしたいけれど、きっと難しい条件が必要だったり、お金を騙しろうとしたりする詐欺サイトであることが殆どだろうと思っていたから。実のところ、詐欺に遭う可能性さえ承知の上で、複数の闇サイトに書きこんできたのは事実なのである。それくらい、あの少女達に対して腹に据えかねていたものだから。
そう、だとしてもこんな。
住所も、本名も書かなかったのに、管理人を名乗る人物が目の前に現れるなんて。
しかも、まるで、トイレから出てくるのを待ち伏せしていたかのように出現するなんて。
――本当に、この人は魔法が使えるんじゃ……!
復讐できる、カエシオニの魔法。信じたくなるのも当然のことではなかろうか。
「あたし、いじめられてるの。クラスのメスブタどもに。あいつらに復讐したい。二度と顔を合わせなくてもいいようにしたい。……あたしが受けた以上の苦しみを味合わせて、殺してやりたいの!」
そうだ。もう、自分の憎悪はとうに殺意に変わっている。
しかし、あんなメスブタどもを殺すために、自分が警察に逮捕されるなどあまりにも割に合わない。だからこそ。
「お願い、あたしにカエシオニの力を頂戴!」
ずい、と顔を突き出して懇願する綾乃。澪と名乗る美少女は顔を近づけられても全く動じる様子なく、にこにこと笑って頷いたのだった。
「いいでしょう。貴女に魔法を授けます。必要な対価を、貴女がきちんと支払えるのであれば、ね」
コメント
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**はる。的 感想** おお、これ…めっちゃ引き込まれるやつやん!綾乃の「なんで私ばっかり」って叫びが刺さりまくったわ。トイレで水被るシーン、ホースが引っ込む描写とか細かくて、臨場感やばかった。で、黒須澪の登場は完全に厨二心くすぐられる。カエシオニってサイト名もエモいし、代償ありきの魔法ってのがまた好き。これは続き待つしかないやろ🔥
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