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長い歩幅であっという間に距離を詰められ
階段の踊り場で直哉に回り込まれるようにして行く手を阻まれた。
「……どけよ」
「嫌だ。なんでそんなに怒ってるの」
「怒ってねぇよ」
「怒ってる。兄さん、そういう時はいつも、俺と目を合わせてくれないから」
図星を突かれて、ますます腹が立つ。
これ以上直哉の整った顔を見ていると、自分の器の小ささに泣きたくなってくる。
俺はふいっと視線を階段の床へと落とし、小さく舌打ちをした。
「……お前、誰にでも優しすぎなんだよ」
「え?」
「女子相手に、いちいちヘラヘラと愛想振りまくんじゃねぇよ」
言った瞬間、冷や汗が出た。
まるで行き過ぎた束縛彼女みたいな台詞だ。
だけど、一度溢れ出た不満は、もう自分の力では止められなかった。
「お前がそうやって無自覚に勘違いさせるような態度を取るから、変な奴らが調子に乗って寄ってくるんだろ」
一気にまくしたてると、直哉は一瞬だけ、ポカンとした顔で目を丸くした。
だが、次の瞬間。
直哉の口元がじわじわと歪み
ふっ、と意地悪そうで、けれどこれ以上ないくらい嬉しそうな笑みが溢れ出た。
「……あ、兄さん、もしかして今めちゃくちゃ嫉妬してる?」
「してねぇ!!一ミリもしてねぇよ、バカ!」
「嘘。絶対にしてる。声が怒ってるもん」
「そ、そんなんじゃねぇし……!」
直哉が楽しそうに目を細めるのが、余計に俺のプライドを逆撫でする。
それなのに、直哉はぐっと顔を近づけて、甘やかすような低い声で囁いてくるのだ。
「兄さん、本当に可愛いな。もっと怒ってよ」
「……それ以上言ったら殺すぞ、マジで」
こんな状況になっても、完全に主導権を握って余裕を崩さないあいつが、本当にムカつく。
俺は直哉の胸を思いきり押し返し、大股で階段を駆け降りた。
◆◇◆◇
翌日
事態はさらに、俺の心のキャパシティを試すように悪化していった。
文化祭の全体リハの準備のため、パイプ椅子を運ぼうと体育館へ向かう渡り廊下でのことだった。
「あ、田口先輩!ちょっと待ってください!」
背後から甲高い声が響き、俺と直哉は足を止めた。
また、女子だ。
しかも今度は、いかにも男子ウケの良さそうな、小柄で可愛い系の一年生の後輩だった。
直哉はいつもの外面用の仮面を被り
「ん? なに?」と足を止める。
「あの、これ……文化祭の準備、毎日遅くまで頑張ってるので、差し入れです!」
差し出されたのは、丁寧にリボンでラッピングされた、明らかに手作りと分かるクッキーの袋だった。
女の子の顔は、熟したトマトみたいに真っ赤に染まっている。
……はいはい、ごちそうさま。
どう見ても、ただの『応援』じゃなくて、100%の好意と下心が詰まった本気のやつだ。
いつもの直哉なら、こういうのは「気持ちだけ受け取っておくね」と
やんわりと、冷酷に断るはずだった。
「あ、本当に? ありがと、せっかくだしいただくね」
直哉は、それを普通に、笑顔で受け取った。
───は?
その瞬間、俺の中で張り詰めていた何かが、ブツンと音を立てて完全に切れた。