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朝日がのぼりはじめた。スマホのアラームが鳴り続ける。ベッドのふとんの中から手を伸ばして、止めたが、数分後にスヌーズ機能がついた。イライラしながら、二度寝して、またアラームを止める。
スマホの画面には、『おはようございます』の文字が浮かび上がる。AI機能は律儀だ。
返事もなしに毎日挨拶を表示する。
返事がなくても、懲りずに表示させる。命がある人間だったら、きっと途中でめげることもあるだろう。
今は、ロボットの挨拶を欲してない。
1人の人間からのおはようのメッセージが見たいし、聞きたい。
半ば、同棲に近い状態で1週間過ごしていたはずなのに、突然、用事があると簡単にメッセージが来てから、めっきり来なくなった。ご飯を作る楽しみがあって、スーパーから買っていた1週間分の食べ物が活かされずに腐れそうになっている。
自分のための料理は、なかなかパワーは出ない。
美羽は、颯太と同じで1人の時は、料理はしてない。
コンビニおにぎりや、カップ麺。スーパーのお惣菜、シリアルなどのあまり手を加えていない食事ばかり過ごしていた。
誰かがいるから誰かのために作るから料理もできる。喜ぶ顔が見えるから。
話し相手もいるし、塩加減も確認できる。
1人で食べるご飯は作っても味気ないし、作ってる時点でお腹いっぱいに気持ちがなっていることもある。
食べてくれる顔を思い浮かべながら食べる。
相手がいるってこんなにもありがたいことだったのかと颯太と連絡が取れなくなってから気づいた。
スマホのラインで美羽の送ったメッセージが既読になってないか何度も確認する。
(仕事……忙しいのかな)
そう思うことにして、スマホをサイドテーブルに置いて朝の準備に取り掛かった。サンキャッチャーが揺れてカタカタと鳴った。洗面所には、颯太が使っていた歯ブラシとカミソリが置いてあった。よく見ると、洗顔泡フォームもある。意外にもしっかり顔を綺麗にする道具を置いていくんだと感じた。女性よりも美意識が高いなぁと感心する。美羽は、鏡を見ながら、ヘアバンドで前髪を上げて、洗面器にはった冷たい水に顔をつけた。
顔を洗って、気持ちが幾分、スッキリした。
◇◇◇
颯太の朝はかなり慌ただしくなっていた。
自分のことだけじゃない。
紬のことも考えてあげなくてはいけなくなった。
そう思いながら、前日は、ドキドキして眠れなかった。
心配をよそに朝起きてみると、颯太よりも先に服を着替えていて、一通り、学校に行く準備は出来ていた。
拍子抜けした。
「パパ!! 早く起きなよ。遅刻するよ? ほら、ごはん、お茶碗によそってたから座って」
紬は、おばあちゃんの真似をしているかのようにしっかりしていた。親よりも親みたいな態度だ。颯太は、自分よりもまさか早く起きてるなんて信じられなかった。口をあんぐり開けたまま、返事をした。
「わたしは、ご飯をよそうことしかできないので、他のおかず用意してください!!」
「はい、わかりました」
颯太は、さすがにそうだろうと思い立ち上がってはフライパンで目玉焼き2つを作った。冷蔵庫に買っておいたかまぼこや冷凍食品のほうれん草入りささみカツをレンジで温めて出した。
味付け海苔も買っておいたことも思い出した。
「お待たせ。出来たよ。はい、召し上がれ」
「パンが出てないからOKだね! いただきます」
颯太と紬は丸いテーブルに向い合って朝ごはんを食べはじめた。
「紬、本当にパン食べないの?」
「うん、当分は見たくない。パンの匂いも嗅ぎたくないよ。白いご飯、最高じゃん。日本人だもん」
紬は、パクパクと箸をすすめる。
「そっか。まぁ、ご飯美味しいもんね」
颯太も一緒になって食べる。紬と食べる機会が少なかったため、何だか嬉しくなってきた。
「てか、パパ。もう、ママのこと忘れてさ。早く、新しいママ見つけてよ。さすがに毎日、目玉焼きばかりじゃ嫌だし」
口に含めた牛乳を豪快に颯太は吹き出した。
「な、汚いよ、パパ」
「は?! 紬、何、言って……?!」
「だって、おばあちゃんが、新しいママ見つけた方が幸せになれるよって言っていたよ。ごめんなさいねって、すごく謝れたし」
「お、おばあちゃんが?! 本当、びっくりするわ。どこで覚えてきたかと思ったわ。マジで……。一応さ、ママの立場あるじゃんよ。いいの、それで。紬は」
「……あのさ。何回も聞かないでくれる? 私、ママと絶交したの。あんな人、ママじゃない。子どもを子どもとも思ってない人。大人でもない。ママの方が子どもだよ。おばあちゃんが苦労するから一緒にいない方いいんだって。あとどれだけ生きられるか分からないから紬ちゃんは幸せになってねってだから、パパのところに来たんだよ。親子の事情があるの。察してくれる?」
「察せるか!? 突然来て、離婚するとかしないとか転校するってなって、今、一緒に暮らしてるけどかなり急すぎるのにどう察すればいいんだよ……でも、わかるよ。実花が育児できないって産んだ時から言ってたから。俺が必死で紬の相手してたけどさ。おばあちゃんが主夫にならないで仕事しなさいって育児のバトンタッチしたわけだけどさ。それでもおばあちゃんが
限界超えたわけだよね」
「そうだよ。あ、時間がやばい。パパ、遅刻するよ!」
「あ、本当だ。紬、学校の行き方、大丈夫だよな。これ、GPS用意してたからなんかあったらボイスメッセージ残して。俺も仕事行かないと……」
さっきまでのんびり過ごしていた食卓がわたわたしはじめて、食器がカチャカチャ鳴った。
紬は、テーブルに置いていた名札を胸元につけた。
「忘れ物ない?」
「大丈夫。学校終わったら、放課後児童クラブに行っていいんだよね」
「そう、手続きしてたから。えっと確か多分19時には迎え行けるから。宿題は終わらせておけよ?」
「りょーかい! 行ってきます!」
「おう、行ってらっしゃい。自己紹介はニコニコ笑顔でな」
「はいはい。わかってますって」
玄関のドアを開けて、紬は、元気よく外に出た。大家さんが廊下で歩いていた。
紬は、笑顔で挨拶すると、大家さんはさらに笑顔で返答した。
横で見ていた颯太はほっと一安心した。
ご近所付き合いにも気を使わないといけないなと気づいた。
颯太は、靴を履いて、玄関の鍵を閉めた。
「上原さん。可愛い娘さんね。何歳なの?」
「えっと、今年で7歳です」
「そんなに大きなお子さんいらしたのね。びっくりだわ。てっきり独身だと思ってたわよ」
「ははは……仕事ですんで……」
「行ってらっしゃい、お父さん!」
背中を軽く叩かれた。独身に見えたと言われて少し嬉しく感じたが、父親に見えないとも言ってる。
複雑な気持ちだった。
親子2人の生活がここから始まった。
交差点では車のクラクションが響いていた。