「今日は僕のおごりでいいからね」
「……いや、んなこと言われても。こりゃ、一市民からしたらハードル高すぎるだろ」
あの事件の後、改めてお礼がしたいとどっちがお礼をするべきか謝罪をするべきかといった感じで、神津に誘われ連れてこられたのは、まさかの全個室の高級焼き肉店だった。改めて、神津恭という男が元プロのピアニストだったという事を思い知らされる。金は有り余り、スペックもよくて、逆に何が出来ないのか知りたいほどだった。
神津は食事中終始笑顔で、明智が腰の痛みを訴えているところを見るとどうやらレス期も終わり、仲直りは出来たようだった。十年間を埋めるにはきっともう少しかかるだろうが、それは長い目で見守っていきたい。きっと此奴らはずっと一緒にいるだろうから。
そうして、肉が運ばれてくる前に神津からプレゼントと称し百日草だとかいう花が埋め込まれたアクアリウムとかいう奴を貰った。成人している男達にキーホルダーなどダサいと思ったが、神津なりのプレゼントで、何でも俺達のおかげで青春が出来、やりたいことが増えたらしい。その一つがおそろいのものを持つ、と言うことだった。何ともまあ、可愛い願いだなあと思い、叶えてやれると思った俺はそれをありがたく頂戴した。百日草は四人とも色が違い俺は赤色だった。俺の目の色を意識してくれたのか、空は白、明智は黄色、颯神津は翠だった。
その後運ばれてきた肉は、どれも宝石のように輝いており、上手く喉を通らなかったのだけ覚えている。肉の味が分からないほどに終始笑顔の神津と、終始緊張している俺、空と明智はなんともないように食べていた。空は天然なのだろうが、もしかすると明智はこういう所に神津に連れて行って貰っているんじゃないかとも思った。まあ、それを嫉んでも仕方ない。
「あれ? 春ちゃん何処に行くの?」
「トイレ、少し席外す」
「えー! じゃあ、オレも行く~!」
スッと静かに立ち上がった明智に対し、馬鹿でかい声で言う空を睨み付ける明智。確かにこんな所に来て騒いでいたら場違いだと思われるからだ。それには俺も賛同しつつ、シュンとなった空を見ていると、睨みすぎな気もしてきた。
「連れしょんは好きじゃねえ」
「えーじゃあ、ハルハルは俺に我慢しろっていうの!? 膀胱破裂する!」
「だーかーら、静かにしろ。わーったから、ほら、いくぞ」
と、明智は完全に空におれて席を立って出て行ってしまった。
そうして残されたのは、俺と神津。
(いや、気まずすぎんだろ!?)
親友の空がいなくなり、神津の恋人である明智が出て行った今、何を神津と話せばいいのかと思った。最低でも数分は戻ってこないだろうし、その間無言で肉を食べ続けるのも辛い。そもそも肉の味がしない。そんな中、どう時間を繋げばいいのかと考えていた。下手な合コンのように。
そんなことを思っていると、空気に耐えられなくなっていたのか、それとも先ほどから機会をうかがっていたのか神津の方から口を開いた。
「みお君」
「は、は! 何だ!?」
声が裏返り、恥ずかしくなった。動揺しているのがバレバレで、さらに気まずくなるんじゃないかとも冷や汗が流れる。
だが、神津はそれを笑うわけでもなく、真剣にこちらを見つめてきた。見つめられたらさらに困る。
「この間はありがとうね」
「お、おぅ」
「おかげでっていう言い方があってるか分からないけど、春ちゃんと仲直りも出来たし。離れていた十年が簡単に埋まるとは思っていないけど、それでもこれから努力して歩み寄っていくつもり」
「そ、そうか」
俺は、落ち着くためにビールを一口飲んで神津を見た。よく見れば、儚げな印象を受ける神津はまつげも長けりゃ若竹色の瞳は垂れ目で、それとは逆にきりりと眉はつり上がっている。上がり眉という奴か、など思いつつ、本当に綺麗といった感じだった。明智じゃないが、見惚れるほどに。
「でも、もう一つ感謝を伝えたいなって思うことがあって……ほら、僕って海外転勤が多い両親の間に生れて、それで十年間海外を転々としてて、友達って呼べるものがいなかったんだ。数年したら次の国にって感じで……だから、青春とか味わったことがなくて、それで」
と、神津は少し恥ずかしげにいった。過去の自分を悔やむようにも聞えるそれに、俺は耳を傾けていた。
完璧超人であれど、弱さも寂しさもあるのだと改めて分かる。神津はそれを出すのが下手なだけだと思った。
「だから、二人が提案してくれた『遅めの青春大作戦』すっごく嬉しくて、初めて出来た友達で、凄く二人のこと好きなんだ」
「おいおい、それ聞いたら明智が泣くぞ」
「春ちゃんはそんなことで嫉妬しないよ? だって、春ちゃんに向ける愛は友達に向ける愛とは違うからね」
そう言って神津はクスクスと笑った。
確かに言われればそうだが……と、思いつつも俺は流した。そういえば、此奴が明智のことを「春ちゃん」と呼ぶのはきっと十年前から時が止ってしまったせいなんだろうなと思った。十年間離ればなれになっていたせいで、その十年前からやり直そうとしているんじゃないかと。明智は進んだのだろうが、神津は止ったままなんじゃないかと思った。それに神津が気付けるかは分からないが、明智は理解しているのだろう。それが此奴らのずれの原因だと思う。
(まあ、俺も此奴らといて楽しいし、神津も出会った時より印象変わったしな……)
いけ好かない奴だと思っていたが、案外天然なところもあったり、驚かされることばかりだが一緒にいて悪い気はしねえと。
「なあ、神津、俺もお前といて――」
「ミオミオ戻ったよ~寂しかったでしょ~」
そう言いかけたとき、バッと個室の扉が開き、空と明智が帰ってきた。神津は顔色をパッと変えて「寂しかったよ」と明智にすり寄り、本人には嫌がられていた。空は俺に早くつめろと尻で押してきて、俺は神津にいおうと思った言葉をいいのがしてしまった。
(まあ、また機会はあるよな……)
言葉にしなくても、ダチはダチだし、面と向かって言うことではねえかと俺は残りのビールを飲み干した。
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