ご了承くださいm(_ _)m
【短編︰君が見た】
それではドゾッ👉🏻🚪
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
【前編】隠しきれなかったページ
「……やっば。」
放課後、寮の部屋。
机の上に積み上げられたプリントの山の下から、
見慣れた漫画の表紙が少しだけ顔を出していた。
(昨日の夜、読んで寝落ちしたままだ……!)
主人公の春樹は、慌ててそれを手で隠す。
寮生活も三ヶ月目、ようやく部屋にも慣れてきた頃だ。
同室の颯真とは仲も悪くない。
むしろ、よく話す。
けれど——この漫画だけは絶対に見られたくなかった。
ページの端には、男同士の距離が近いシーン。
そう、春樹は「腐男子」だった。
部活帰りに汗だくで寮に戻ってきた颯真が、
タオルで髪を拭きながら部屋に入ってくる。
「おーい、春樹。明日のプリント……って、何隠してんの?」
「な、なにもっ!」
動揺した瞬間、プリントの山がずり落ちる。
ぺらりと床に落ちた漫画のページ。
ちょうど開いたコマには、
制服姿の男がもうひとりの胸ぐらを掴んで、
唇が触れそうに寄っていく場面——。
静寂。
「……へぇ。」
颯真の声が、妙に低く響く。
「ち、違っ、これは——」
「なにこれ、BL?」
「っっちがうっ!違うって!!」
顔が真っ赤になる。
声も裏返る。
颯真はページを拾い上げて、じっと絵を見つめた。
表情は、どこか興味深そうだ。
「ふーん。男同士でも、こういう感じになるんだ」
「見んなって!!」
「別にいいじゃん。お前が描いたわけじゃないんだろ?」
「そ、そうだけど……っ」
その“余裕のある口調”が、かえって落ち着かない。
颯真は、にやっと笑って顔を上げた。
「でも、春樹。こういうの読んでるとさ」
「な、なに」
「相手の顔、俺で想像したりしない?」
「っ——!!!」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
「お、図星?」
「ち、違うっ!」
「はは、冗談だって」
笑いながら、颯真は漫画を机の上に置く。
けれどそのまま、春樹の肩越しに覗き込むように身を寄せた。
「……でもさ」
「なに」
「このページのセリフ、結構強いな。“逃げんなよ、もう手遅れだから”……か」
耳元で低く読まれた瞬間、
春樹の喉がぴくりと動いた。
笑っているのに、妙に距離が近い。
体温が伝わるくらいに。
「……お前、こういうの、意外とリアルなんだな」
「……っ、バカ」
思わず突き放すように背を向ける。
でも耳の奥まで熱くなっているのが自分でも分かった。
颯真はそんな様子を見て、
何も言わずに、ゆっくりとベッドに腰を下ろした。
「……まあ、漫画の世界だしな。俺が真似したら、引くだろ?」
そう言いながらもその笑みの奥に、“どこまでなら許されるか”を探るような光が宿っていた。
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
【後編】「……こんな感じ?」
夜、消灯時間を少し過ぎた寮の部屋。
隣のベッドから、規則正しい寝息が聞こえる。
——のはずなのに。
どうしても眠れない。
(……あれから、ずっとあのセリフが頭から離れない)
“逃げんなよ、もう手遅れだから。”
颯真がからかい半分で読んだあの一言。
耳の奥に焼き付いている。
寝返りを打った瞬間、布団の擦れる音がして——
「春樹、起きてんだろ」
「っ……!」
暗闇の向こうで、颯真の声がした。
「さっきから息、荒いぞ」
「な、なんで聞いてんだよ……!」
「部屋、静かすぎるんだもん。気になるだろ」
布団の中で体を縮こまらせる。
いつもの颯真の声なのに、夜のせいかやけに近く聞こえた。
「……漫画の続き、気になってんの?」
「ち、違う!」
「じゃあ、試してみる?」
「は!?」
ガタン、とベッドの軋む音。
春樹の方のベッドが、わずかに沈む。
「ちょ、颯真……!?」
暗闇の中、布団越しに手の影が見えた。
軽く頭を押さえるようにして、囁く。
「……“こんな感じ?”」
息を呑む。
それは、昼間の漫画のセリフと同じトーンだった。
「ま、待てって……!」
「動かないの。ほら、リアルで再現してみるだけ」
「……っ、ふざけんな……」
「……ふざけてないかも」
静かな声だった。
からかいとも本気とも取れる、絶妙な温度。
暗闇で表情が見えないのが、余計に怖くて、
でも少しだけ、目を逸らせなかった。
「春樹」
「……なに」
「お前って、隠すの下手だよな」
布団の隙間から、
かすかに触れる指先。
ほんの一瞬。
けれど、心臓が暴れるほどの衝撃。
「顔、熱い」
「颯真……」
「……やっぱり、からかいすぎたな」
ようやくその手が離れていく。
ベッドがきしむ音が遠のく。
「おやすみ」
「……バカ」
暗闇の中でひとり残されて、
春樹は胸の鼓動を押さえながら、
もう一度思い出していた。
——“逃げんなよ、もう手遅れだから。”
それが今度は、
漫画のセリフではなく、
彼の声で響いていた。
[END]
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
【番外編】朝の光、知らない顔
翌朝。
カーテンの隙間から差し込む光で、春樹は目を覚ました。
寝不足のせいで、頭が重い。
夢だったらよかったのに。
——でも、夢じゃない。覚えてる。
あの夜の暗闇と、
耳のすぐそばで聞こえた颯真の声。
(……“こんな感じ?”って、言ってたよな……)
思い出した瞬間、胸がどくんと跳ねた。
顔まで熱くなって、枕に埋める。
「……おはよ、春樹」
その声に、体がびくっと跳ねる。
すぐ隣で、颯真がいつものように髪を整えていた。
「あ、あぁ……おはよ」
「どうした? 寝癖やばいぞ」
「え、あ、ま、まじで?」
手探りで髪を撫でる。
颯真は笑いながら、ドライヤーのコンセントを差し込んだ。
「ほら、貸す。お前、不器用だし」
差し出されたドライヤー。
指が少し触れただけで、心臓がまた跳ねる。
(ちょ、なんでこんなことで……!)
「……なに固まってんだよ」
「な、なんでも!」
「顔、赤いし。熱でもあんの?」
「ちがう!!」
思わず声が裏返って、颯真が吹き出した。
「はは、やっぱお前、面白いな」
「うるさい……!」
笑う颯真は、昨日と同じ顔をしていた。
いつも通りの、からかうような笑み。
けれど春樹の中では、それが全然違って見えた。
ドライヤーの風の音が狭い部屋に響く。
ほんの少し前まで——
その距離の中で、声も、息も、肌も、
全部、すぐそこにあった気がする。
「……なあ、颯真」
「ん?」
「昨日、なんか……変なこと、言ってたよな」
「変なこと?」
颯真は首をかしげた。
本当に覚えてないみたいに。
けれど、その目の奥が一瞬だけ笑った気がした。
「俺、なんか言ってたっけ?」
「……っ、知らないならいい!」
ドライヤーの風が頬を打つ。
逃げるように髪を乾かす春樹を、
颯真は背後から静かに見つめていた。
(……やっぱり、お前、隠すの下手だな)
心の中だけで、そう呟きながら。
番外編
[END]
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!