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味のしない海の中に突っ込んだバックは今度こそ終わりだと思った。
だが、胸や胴体にひんやりとした感触が伝っていく。
「なんじゃこれ!」
真っ白な陶器を思わせる巨大な物体に張り付く形で引っ掛かる屋根、もといサーフボードとそのご一行。
「ポット?」
ミナはポカンと口を開けてつぶやいた。
バック達がいるのはまさにティーポット。それも注ぎ口のあたりだ。デザインは白一色のシンプルなものだが、緩やかなカーブを描くそれで入れるお茶は格別だろうと思った。ただし、恐ろしくでかいし、持ち上げる事も無理だ。
「なんでポットがプカプカ浮いてるんだよ!」
ヴェインの叫びにそれはちょっと違うと思うバック。
どっちかというと巨大船のノリのように荒波を超えている気分だ。
「ファン!ナイスタイミング!」
蓋の部分に下り立ったセイは姿の見えないファンにお礼を述べつつ、バックを注ぎ口の空間へと押しやった。
「おい、何するんだ!」
バックの反論は狭い通路の中で響き渡る。
遠くで海水が迫る音が低く伝わってくる。
状況も分からないまま、バックはひたすら滑り落ちていた。
そのすぐ後ろにはヴェインやミナの気配を感じる。
先はどこまでも真っ暗だ。
「イテッ!」
終着点は以外と早く訪れた。
ふらつく頭を抑えながら足の感触を確かめる。
そこに広がっていたのは見慣れない機械だらけの空間だ。
無機質で全体的に青白い光を放っている。
中央には細長い電球を寄せ集めたようなビニール管が“ウインウイン”と不気味な音を立てていた。
バックの数秒後にヴェインやミナが落ちてきた。
「ここはなんだ?」
「イマジエイトの世界を渡る船のメインルームだよ」
最後に優雅に下り立ったのはセイだ。
「はあ?そういうのがあるならもっと早く言えよ!」
「いや、ここしばらく動かせなかったんだよね」
「なぜだ?」
「この船の動力源は物語だからね」
「物語?」
「要は主人公が持つパワーだよ」
「つまり?」
「ワームドが主人公を食べちゃうだろ。だから、急にポンコツになっちゃったんだよね。この子」
「お前、船にこの子って言うタイプの奴だったんだな」
セイはまた一つ僕の新たな面を発見したねと言わんばかりにウインクした。
正直そういうのは求めていない。
「なんで船がティーポットの形をしてるのよ」
不機嫌そうに言うミナ。
「さあ。これを作った創造主の趣味じゃないかな」
「これ創造主様の持ち物?」
「彼らが自由に出入りしていた頃の遺産だね」
「それ、何万年前の話だよ」
バックは思わずツッコミを入れた。
俺はツッコミキャラとしては作られていなかったはずなんだがな…。
創造主方々の存在を身近に感じていたのは一体どれほど昔だろう。今では彼らの面影すら遠い。
「なんかSFに出てきそうな場所だな、うふっ!」
ヴェインは興味ありげに辺りを見渡していた。
「SF?なんだそれ」
「なんだバック。SF知らないのか?」
「知らない」
「人造人間とかAIとかを研究しているラボとか分からないか?ふあああっ!」
真顔で首を振れば、ヴェインは正気なのかといった様子で驚いていた。
全く失礼な奴だな。俺の物語は古き良き中世世界が舞台なんだ。
まあ、中世世界ってそもそもなんだ?ていう疑問は生まれたときからあるのだが…。
「つまり未来都市って事か?」
「SFは知らないのに未来都市って言葉は理解できるんだな。うふふっ!」
「いや、言うほど説明できない」
らちが明かないとヴェインはうなだれた。
「アンタたちコメディアンにでもなるつもり?」
ミナはあきれた様子で中央のガラス管に近づいた。
「この船の原動力は主人公力なんだ」
ガラス管には様々な色が混ざり合ったような液体がほんの数滴入っていた。
なるほど、これが主人公力か。
少なっ!
「さっきこの船はポンコツになったって言ってたわよね。なんで今は動いているの?」
「君たちがワームドを倒しただろ。奴らが喰らい、イマジエイトの中枢に保管されている主人公力が君たちを経由してメインシステムに連動したのさ」
「どうして私たちを経由してるのよ。ただのモブよ」
「それでもファンと通じて主人公力を授与された。カスみたいな微々たるものだがこの船は君たちを主人公として認めたのさ」
「カスって自分で言うのはいいけどさ、人に言われるとなんかイラっとする」
バックはミナとセイの会話に思わず割って入った。
「すまないね。口が滑ったよ」
セイのにやけ顔にさらに腹の虫がうずく。
「お前、やっぱりモブに喧嘩うってるだろ」
「まさか!」
「一発なぐっとこうぜ。ウフフッ!」
「おいおい。ヴェイン。こんな時にその人相悪めの顔を生かさなくてもいいじゃないかい?そうだ。この船には食堂やスパ、トレーニングルームや映画館が完備されているんだ」
「なんでそんなより取り見取りなんだよ」
「僕が知ってるわけないだろ。創造主様の趣味なんだから」
「どうでもいいわ。なんだかおもしろそう」
「探検しようぜ」
まだ、若干の不満を持つバックとは異なり仲間二人の関心は娯楽施設に移ってしまった。
「ほら、何してるの置いていくわよ」
「トレーニングルームに行こうぜ」
「絶対スパでしょ!」
楽しそうに語るヴェインとミナには悪いがここはやはり、
「いいや、食堂だろ」
バックは真顔で言い返した。
なんだかんだ言って安全地帯に逃げ込めてホッとしている自分がいる。
そして、この状況を楽しんでもいた。
だから、気づかなかったのかもしれない。
足取り軽やかに未来都市部屋を後にする後ろでセイが悲痛な面持ちで立っていた事を…。
彼を慰めるようにセイの肩に乗るファンに向かって、
「ねえ、彼らを巻き込んでよかったのかな?」
セイのつぶやきをバック達は知らない。