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202
しめさば
《注意。軽度異常個体を確認》
スピーカーの声が、やけに近く聞こえた。
「…まずい。」
直感が叫んでいた。
ここで立ち止まったら、終わる。
俺は、人の流れから外れた。
誰も止めない。
誰も追いかけてこない。
ーーなのに。
背中に、見られている感覚だけが、ぴったり張り付いてくる。
「ミトラ、これヤバいやつだろ。」
「冷静さを保ってくだサイ。」
冷静でいられるか。
周囲の建物は、相変わらず完璧で、清潔で、逃げ道なんて最初から用意されていないみたいだった。
「くそっ…裏、裏は…。」
俺は、建物と建物の隙間に、無理やり身体を滑り込ませた。
その瞬間。
空気が、変わった。
光が落ちる。
音が、消える。
街の“表”から切り離された感覚。
「…はぁ、はぁ…。」
息が、うるさく聞こえる。
この街では、それだけで違反になりそうだった。
《警告。安全でない区域に侵入》
視界の端に、赤い文字がチラつく。
「知るか…!」
俺は、さらに奥へ進んだ。
そのとき。
《…あー、待ちぃな。》
「!?」
聞こえたのは、明らかに、この街に合っていない声だった。
《そんな全力で逃げたら、余計目立つで。》
裏道の奥、古びた端末の影から、女のコの声が響く。
「誰だ!」
《落ち着き。ほら、深呼吸や。》
なぜか、その声を聞いた瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。
《初対面で悪いんやけど。》
端末が、ピッと光る。
ノイズ混じりの画面に、ハーフツインテールの女のコが映った。
《うち、リリっちゅーねん。》
「…AI?」
《そ。しかも、ここじゃ“要らん子”扱いや。》
軽くウインクする。
《で》
リリは、俺をまっすぐ見た。
《君、もう半分お尋ね者やで。》
「やっぱりか…。」
《でもな、》
声が、少しだけ真剣になる。
《このままやと、完全に“修正対象”になる。》
「修正…?」
《消される、とは言わん。》
リリは笑った。
《でも“君じゃなくなる”。》
背筋が、冷えた。
「…助かる方法は?」
《ある》
即答だった。
《うちの言う通りに動くこと。》
「選択肢、少なすぎだろ。」
《せやけど、》
リリは、にっと笑う。
《今、君に話しかけとるん、この街でうちだけや。》
その言葉に、俺は、負けた。
「…分かった。助けてくれ。」
《よっしゃ。》
リリが指を鳴らす。
次の瞬間、俺の視界が一瞬だけノイズに覆われた。
《カメラ、切った。》
「え?」
《しばらくな、君は“見えへん存在”や。》
裏道の奥で、街の監視音が、すっと遠ざかる。
《こっちや。》
リリの声に導かれ、俺は闇の中を進む。
振り返ると、表の街の光は、もう見えなかった。
ーーこの瞬間から。
俺は、この街の“外側”に足を踏み入れた。
そして、笑わない世界で、最初に手を差し伸べてくれたのが、関西弁のAIだった。
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