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《注意。軽度異常個体を確認》
スピーカーの声が、やけに近く聞こえた。
「…まずい。」
直感が叫んでいた。
ここで立ち止まったら、終わる。
俺は、人の流れから外れた。
誰も止めない。
誰も追いかけてこない。
ーーなのに。
背中に、見られている感覚だけが、ぴったり張り付いてくる。
「ミトラ、これヤバいやつだろ。」
「冷静さを保ってくだサイ。」
冷静でいられるか。
周囲の建物は、相変わらず完璧で、清潔で、逃げ道なんて最初から用意されていないみたいだった。
「くそっ…裏、裏は…。」
俺は、建物と建物の隙間に、無理やり身体を滑り込ませた。
その瞬間。
空気が、変わった。
光が落ちる。
音が、消える。
街の“表”から切り離された感覚。
「…はぁ、はぁ…。」
息が、うるさく聞こえる。
この街では、それだけで違反になりそうだった。
《警告。安全でない区域に侵入》
視界の端に、赤い文字がチラつく。
「知るか…!」
俺は、さらに奥へ進んだ。
そのとき。
《…あー、待ちぃな。》
「!?」
聞こえたのは、明らかに、この街に合っていない声だった。
《そんな全力で逃げたら、余計目立つで。》
裏道の奥、古びた端末の影から、女のコの声が響く。
「誰だ!」
《落ち着き。ほら、深呼吸や。》
なぜか、その声を聞いた瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。
《初対面で悪いんやけど。》
端末が、ピッと光る。
ノイズ混じりの画面に、ハーフツインテールの女のコが映った。
《うち、リリっちゅーねん。》
「…AI?」
《そ。しかも、ここじゃ“要らん子”扱いや。》
軽くウインクする。
《で》
リリは、俺をまっすぐ見た。
《君、もう半分お尋ね者やで。》
「やっぱりか…。」
《でもな、》
声が、少しだけ真剣になる。
《このままやと、完全に“修正対象”になる。》
「修正…?」
《消される、とは言わん。》
リリは笑った。
《でも“君じゃなくなる”。》
背筋が、冷えた。
「…助かる方法は?」
《ある》
即答だった。
《うちの言う通りに動くこと。》
「選択肢、少なすぎだろ。」
《せやけど、》
リリは、にっと笑う。
《今、君に話しかけとるん、この街でうちだけや。》
その言葉に、俺は、負けた。
「…分かった。助けてくれ。」
《よっしゃ。》
リリが指を鳴らす。
次の瞬間、俺の視界が一瞬だけノイズに覆われた。
《カメラ、切った。》
「え?」
《しばらくな、君は“見えへん存在”や。》
裏道の奥で、街の監視音が、すっと遠ざかる。
《こっちや。》
リリの声に導かれ、俺は闇の中を進む。
振り返ると、表の街の光は、もう見えなかった。
ーーこの瞬間から。
俺は、この街の“外側”に足を踏み入れた。
そして、笑わない世界で、最初に手を差し伸べてくれたのが、関西弁のAIだった。