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「んん……」
あぁ、気持ち良い。
温かくて……。何年ぶりだろう、こうやって誰かに抱き付いて寝たのは。
安心する。もっとこうしてたいな……。
んっ?あれ?
昨日、私は椿さんの家に泊って、今も……。
「あぁぁ!!」
そうだった。椿さんの家に泊まらせてもらえることになって、それでソファーで寝ちゃったんだ。記憶が段々と甦る。
「痛ッ……。起きてそうそう、突き飛ばすことないだろ?」
低い声が聞こえた。
「あっ、ごめんなさい…ぃぃぃっ!」
咄嗟に謝る。
あれっ?椿さんじゃない!?
私が抱き付いていた男の人を突き飛ばしちゃった。
ていうか、この人誰?すごくかっこ良い人……。
椿さんの彼氏?少し襟足の長い黒髪。
「おはよ」
状況がよくわかっていない私にそう声をかけてくれた。彼は目を擦っている。
私はこの男の人との記憶がない。
もしかして何か変なことをしてしまった――?
一瞬、ドキッとし、自分の服を確認する。
良かった。ちゃんと服を着ているし、変なことはしてないみたい。
「おはようございます。あの……。椿さんは?」
お兄さん誰ですかって聞くのも失礼だし、椿さんはどこに行っちゃったの?
「はぁ?目の前にいるだろ?」
えっと……。目の前、目の前……。
「ふぇぇぇぇっ!!!」
目の前のお兄さんが椿さん!?話し方とか声とか全然違う!
「朝から大きな声出すなよ」
まだ眠いのか不機嫌そうな彼。
「お兄さんが椿さんですか!?ホントに?」
そう訊ねた瞬間、彼と目が合った。あっ、椿さんの目だ。
ちょっと切れ長で睫毛が長くて――。
お化粧はしていないけど、わかる。
「《《俺》》が《《椿》》だけど?」
「あっ……。はい……。ごめんなさい。全然違うからびっくりしちゃって……」
私が勝手にあのままの椿さんが椿さんだと思っていただけだ。
勝手に素の椿さんを想像してしまっていた。
「いや、俺も昨日言っておけば良かったな。素は普通の男だって。女装してないと口調とかも変わるんだよ。ごめん」
あれ、優しい。
彼はベッドから降りて
「お互いに詳しいことは後で話そう?腹減った」
フッと笑ってくれた。
この表情、やっぱり椿さんだ。
でも今はお仕事じゃないわけだし、蒼さん?って呼べばいいのかな?
蒼さんの後ろをついて行く。
「あぁ。あと、本当は俺ソファーで寝ようと思ったんだけど、桜、寝ぼけてたのか俺を引っ張って離さなかったんだよ。だから一緒に寝ちゃったけど……」
全然覚えてない。
「すすすいませんっ。覚えてないんですが、ごめんなさい」
結局私はベッドを使わせてもらっちゃった。
「俺は別に。久しぶりにこんなに寝れた気がする」
えっ、怒ってないの?
「あー。ごめん。買い物してなかったから、何もないな。コンビニ行って来る」
冷蔵庫や食品が置いてあるラックを蒼さんは見ていた。
私に何か出来ることはないかな。
「私も冷蔵庫とか見せてもらっていいですか?もしかしたら何かお役に立てるかもしれません」
料理は普通にできる方だと思う。
他人が食べて、美味しいか美味しくないかはわからないけど。
最近作っても優人は無言で食べていたし。
「いいけど、ほんとに何もないよ?」
冷蔵庫には卵があるなぁ。あと食パンと――。
なんとかなるかも。
「卵サンド作ってもいいですか?」
「えっ?マジで?」
「泊めてもらったので、少しでも何かしたくて……。《《蒼》》さんが良ければ?」
一瞬彼が驚いたような顔をしたので
「遥さんが蒼さんって呼んでたことは覚えてて。蒼さんって呼んではダメですか?」
不安になる。
「いいよ。けど、店とかで女装している時は《《椿》》な?」
フッと笑ってくれた。
「はい!」
蒼さんにはゆっくりしてもらって、その間に卵サンドと……。
あとコンソメスープくらい作れるかも。玉ねぎあるし。
作ってひと口味見をする。私は美味しいと思うけど、蒼さんはどうだろ?
「蒼さん!できました」
ソファーで携帯を見ていた蒼さんを呼ぶ。
「すげーな。スープ付きじゃん」
卵サンドとスープを凝視している蒼さん、口に合うだろうか?
いただきますと言ってひと口食べてくれた。
「んっ!うまい!」
はぁぁぁぁぁ。良かった。
その感想を聞いて私もひと口。我ながら美味しくできたと思う。
「お世辞じゃなくて、本当にうまい」
蘭子ママのオムライスも美味しかったけど、お店では食べないのかな?
「お店では食べないんですか?」
そう聞くと
「あぁ。余裕がある時は作ってくれるけど、蘭子さん目当てで来るお客さんもいるから、蘭子さんも忙しいし。基本は食べない。外食して帰るか、買って帰る。あ、姉ちゃんも料理下手だし」
遥さんも料理苦手?でもこの間、子どもさんのためにキャラ弁作ってた気がする。結婚してから作るようになったのかな。