美しき自殺者
床が軋み、俺が嫌いな音を立てる。その床を辿った先には包丁を喉元に押しつけた少女が妖艶な雰囲気を漂わせて立っていた。
まるで、人形の様な人物に俺は息を呑む。だが、すぐに口を開いた。
「……怖がらなくていい。俺はお前のやっている事を止めはしない」
そう優しく語りかけたが、少女は警戒を解かなかった。
「……一つ言うが、ちゃんと頸動脈を切れないとすぐに死ねないぞ?」
その言葉に反応し、少女は刃物を下げる。
「……貴方は、誰?」
「……俺はー」
……いいや、言わないでおこう。
少女が不思議そうに首を傾げる。
そして、瞳には疑問という思いが宿っていた。俺は少女の白い首元に鎌をかける。そのままの状態で俺は、
「俺は死神だ」
そう言った。少女は少し目を見開いたが、すぐに柔らかな微笑みを見せた。
何故笑ったのか。それを俺は少女に問う。
すると少女は、
「……貴方に、殺めて欲しかったから」
…何故。何故、死神に殺めて欲しい?
俺はその少女を殺める気にはなれなかった。
「……どうしたの?貴方は死神なんでしょう?早く私を殺してよ」
だんだんとその妖艶な微笑みに恐怖が垣間見える。怖い。今すぐにでも逃げ出したい。だが、少女は俺を逃がす事は許さなかった。
少女の長い白髪が肌寒い風に揺れる。世界は真っ暗で、少女だけが一際目立っていた。
俺は行動出来ず、棒立ちのまま。それに痺れを切らしたのか少女は叫んだ。
「早く私を殺してよ!」
その悲痛な叫びが耳に響く。いつしか俺は少女に怯え、鎌を持つ手が震えていた。
俺はやっとの思いで声を絞り出したが、それは恐怖に支配された、掠れた声だった。
「……な……ぜ、殺され……た、い……?」
人が死ぬ間際の様な声。それが自分の声だとは到底理解出来なかった。
「……どうして殺されたいか?……決まってるでしょう……」
少女の声に凄みが増す。俺からは何も言えない。少女はそのまま自分語りを始めた。
「……私ね、ずっと昔から良い子、天才の子って言われてきたの。……でも、努力してるからそうなんだよ。努力しなかったら、今頃私は顔が良いだけの子供。……その良い子さを演じる、維持する為に努力してきた。だけどもう疲れちゃった」
……天才は生まれた時から天才ってわけじゃないもんな。それに、一時は天才でも、いつかは天才じゃなくなるしな。
「……だから、死のうと思うの。でも、普通の死に方じゃない。貴方と私の本当に最後のエンターテイメントなんだよ」
死ぬ事がエンターテイメント?
「……意味が分からないって顔してるね」
当たり前だ。
俺は少女の決意に反し、鎌をしまった。
……コイツを死なせる事は世間が許さないだろう。
「……どうして殺さないの?」
「殺せるわけないだろ。……それだけお前が努力しているなら、未来は多くあるはずだ。そんな奴を殺すわけにはいかない」
嘘だ。俺が殺したくないから、殺さない。それだけなんだ。
「未来……未来か……。随分と夢みたいな事言うね。私には夢なんてない。親が決めてきたから。私は努力するだけ。親がいなければ私は生きれない」
「……そんな人生でも……まだマシだろ……」
「……どうして?」
「……人には、生きたくても生きれない奴がいるんだ。死にたくても死ねない奴もいる。
でもお前は、周りからちやほやされて、親には……愛情とは言えないが、愛情を受けてる。まだそこそこ良い人生じゃないか……!」
「……良い人生?……ふざけてるの?」
「……全部、全部親が決める。勉強も友達も将来も……全てが親の言うとおり。そんな人生何が楽しいの?何が良い人生なの?自由がない人生なんだよ!」
「……だからッ…死ぬ事ぐらい、自分で決めさせてよ!」
その言葉がどんなに俺を動かしただろうか?今となっては分からない。けれど、少女の固く、揺るぐことのない最悪な決意は少女の自殺の手を動かしただけだった。
止めようとした。救おうとした。
死神であるのに関わらず、人を殺められなかった。
少女の細く白い首に血が刃物の先から流れる。そして、それに構わず少女は刃物を抜き、血を流した。
こうなる事は分かっていた。俺が殺そうと、殺さないと結果は同じだった。
けど、俺は単なる時間稼ぎをしていた。
少しでも、少女が死ぬ瞬間を伸ばそうとしていた。思えば、何故初めて会った者を殺さなかったのか。……彼女だ。彼女が俺の記憶にいる限り、俺は白髪の少女を殺せない。
俺は少女の魂を回収した後、重い足取りで冥界へと帰った。
俺が冥界へ戻ると、嬉しそうな顔をした優とゼルと名乗った白髪の少女が俺を待っていた。
コメント
4件
ネタバレ注意! ほう…… 最後には死神が☆☆☆てしまったか……。 これが吉とでるか凶とでるか… 見物ですね。