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しんしんと雪が降り、地上に触れれば消える。そんな寒さを感じる季節に世間一般的に言う”感動的な再開”を小学校教員であり、鬼になって封印された猿山と刑事であり幼なじみの天乃は経験した。場所は小学校裏の小さな神社。冷たい風邪が針のように突き刺す、寒い冬の日であった。
「あ、え…らだぁ…?」
「…あまの?」
「…!!らだぁだ!!らだぁ、おかえり!!!!」
天乃は猿山を見つけた刹那、ぎゅうと腕の中に閉じ込める。一瞬困惑を浮かべた猿山だったが、この儚い幸せを噛み締めるように、天乃の腕を許容するように、自らの手を天乃の背中に触れさせた。
そして、この出来事から数ヶ月前の月日がたった。積もった雪はとうに消え、その代わりのように桜が元気に咲き誇り地面に花弁を降らし、小学校に春を伝えている。
校舎の裏に位置する小さな神社も例外では無い。屋根には桃色の花びらが乗り石畳には桜色が彩りを与え、祠の不気味さを拭っている。
視点は変わって祠の中。飾るようにして祀られた猿の偶像から一人の男が見つめていた。鬼と記された面布の裏から赤い瞳をギラつかせ溢れ出そうな感情を抑えるように唇を噛み締めている。鋭い犬歯のせいなのか、唇には血が滲み痛みを語っていた。
彼基ロボロの目線の先には彼にとっての恩師がいる。彼一人だけならば、ロボロの感情はここまで荒れなかった。
「ほんとにはいるのか…?天乃…」
「勿論!らだぁを返してくれたんだし、」
そう言い心配げな表情を浮かべた恩師の腕を引いて鳥居をくぐったのは、呂戊太の兄である天乃絵斗だった。冬の時とは比べ物にならないほど明るい表情を浮かべた天乃にいくつもの感情が入り交じり感情が黒く濁る。嫉妬、妬み、押し込めていた感情が溢れ出す。それが、ロボロを凶行に走らせた。
(なんで、、ここに)
恩師である、猿山先生には幸せに生きて欲しかった。
そう思うも、その願いは叶わない。
鳥居という一線を超えてしまった2人はロボロを制御していたストッパーを外してしまった。猿山がロボロの元を去った時から壊れてしまった理性は、ロボロを黒い感情で支配し欲を加速させた。
先生が欲しい、という欲を。
そして今、ロボロにとって猿山に干渉することはいとも簡単なことだった。かつ、ロボロを止めるものはもう無い。
「……らだぁ?」
桜の花弁が舞い落ちる春の日、祠に手を合わせ目を瞑った天乃の横で猿山は消えてしまった。まるで桜が舞い落ちるように、気配なく。
Σ
偶像の中、空が赤く塗りつぶされた人の気配がしない小学校。四季など存在しないこの空間の教室のひとつにロボロは立っていた。ロボロの腕には姫抱きに抱えられた猿山が中を見つめており、その瞳には赤い空と校舎が写っている。
「先生、おかえりなさい」
「…ろぼろ?」
なるべく優しい声を出力する。そうすれば猿山の瞳はようやくロボロを写した。
「…ここって」
「俺らの楽園、やな」
脳の何処かでは可笑しいと感じていた。けれど、その理性を押し流すほどの本能が、ロボロの背中を押し続ける。まるで、戻ってはいけないと言い聞かすように。
少し経てば、意識がはっきりしてきたのだろう。瞳に光が反射し始めた刹那、珍しく猿山が混乱を声に出した。
「らく、えん…?だって、ここはっ…」
「せんせ」
「しかもっ、俺なんで持たれてっ…!」
「せんせ」
「おろしっ…んんっ!!」
うるさい、と意図をこめて猿山の口元にキスを落とす。びくりと震えた肩を抱いたまま舌を差し込めば、あの混乱の声は消え、代わりに小さく意味をなさない声が漏れ出るだけだ。色素の薄い頬を血色が染め上げ、消えた体温が上がっていくのがロボロに伝わる。
「……ッは、ロボッ…!」
角度を変えながら幾度も口付けをし、冷たい床に猿山を押し倒す。厚手のコートに付いたチャックを静かに開け、中のジャージの下から手を差し込み肌を撫でる。指先から伝わってくるのは筋肉の感触ではなく、浮かび上がった肋骨の感覚。その事実がロボロに庇護欲を自覚させた。
「ッ……は」
「せんせい、──────。」
ロボロが言った言葉は猿山の耳を通り、認識されずに消えてしまった。
∑
偶像の中にも昼夜は存在している。だが、その満月は予想するような黄色ではなく、血のように赤く染まっている。
「月が、綺麗やな」
飼育小屋の檻に背を預け、空を見上げたロボロはそういった。届け先であろう相手はぐったりとした様子で飼育小屋の中で横たわり、両手と首元には天井から伸びた細い鎖が付けられている。
その様子にロボロは違和感なんてないように、これが当たり前だと言うように独り言を続けていた。
「…ロボロ……?ここは……」
横たわっていた人物が酷く遅い動きでロボロを見た。未だ十分に動けないのだろう。眉は垂れ下がり、体は酷く重そうに見える。人物が言葉を発しようと喉を震わせ出力した音は、聞こえないほど小さかったがロボロの鼓膜を震わせるには十分だった。
「俺らの、楽園やで」
横たわった人物である猿山の言葉を聞いたロボロは酷く上機嫌にそう返した。