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轟々と燃え盛る炎を背に、その少女は淑やかに笑っていた。
何の変哲もないはずだった村。
少しだけ特別なはずだった夜。
それらを蹂躙し、満天の星空を焼き尽くさんばかりの勢いで炎は立ち昇る。
俺の育った村、その建物を薪にしてこれでもかと膨れ上がる。
じりじりとした熱と光が俺と彼女を照り付けている。
額から滲み出た汗が、輪郭をなぞって落ちて行った。
春先とは思えないほどに、暑い。
どうやら炎は季節をも焼き焦がしてしまうらしい。
熱で巻き起こった風が少女の整えられた長い髪を、上等な服の裾を乱す。
だが彼女は意に介していない。
少女はただ、目を細めて、上品な笑みを湛えて。
俺を見つめていた。
「ここからですわ」
呆然とする俺に、少女は語りかける。
「ここから、私たちの旅が始まるのですわ!」
朗々と、まるで花園の美しさを詩に詠うように、薄い唇から言葉が紡がれる。
俺は返事をすることができなかった。
村は燃える。
燃え続ける。
乱舞する炎の渦に為す術も無く呑み込まれ、のどかだった村は既に元の面影を失っていた。
「ね、フウツさん」
言って、少女は笑う。
愛という名の業火に、俺もまた焼かれようとしていた。
***
少し時を遡って、ある日の朝。
心地良い春風の中、俺は育ちの故郷であるマハジ村で、薪割りをしていた。
空は晴天、気温は暖かく、まさに仕事日和だ。
俺はパカン、パカン、という清々しい音と感触を味わいながら、手斧で薪を両断していく。
「これで……あと半分!」
――バキッ!
「……ん?」
なんだか嫌な音がして、俺は恐る恐る斧をどけてみる。
そこでは薪割りの台にしていた丸太が、無惨にも真っ二つになってしまっていた。
「ああっ!」
俺は思わず悲鳴を上げる。
またやっちゃった……。
薪割りって、力加減が難しいんだよなあ。
替えの丸太を持ってくるべく小屋へと向かう俺だったが、そこへ野太い大声が飛んで来た。
「おいフウツ!」
「は、はい!」
声の主は、この村に住むジョージおじさんだった。
彼は鍬を片手に、怒りの形相で俺を睨んでいる。
「お前なんでまだ薪割りしてんだ!」
「なんでって、頼まれたからですけど……?」
俺は首を傾げる。
そう、俺が薪割りをしていたのは他でもない、このジョージおじさんにやっておけと言われたからなのだ。
「ああ頼んださ、頼んだがな……やりすぎなんだよ! 見ろこの薪の山!」
彼が指差したのは小屋に隣接した薪置き場。
そこには小屋の屋根までギリギリ届くくらいまで積まれた薪があった。
なるほどそうか、と俺はおじさんの怒りの原因を理解する。
「すみません、俺の力じゃこれくらいが限界で」
つまりは、俺の作業効率の悪さを彼は怒っているのだ。
申し開きもなく謝る俺に、ジョージおじさんはなおも怒鳴った。
「やりすぎだっつってんだろ! そもそも昨日も、薪割りはもういいって言ったよな!?」
「でもそれは、俺の力不足を気遣ってそう言ってくれたんですよね?」
「ふざけんな能無し!」
ごちん、と鈍い音と衝撃が頭に走る。
殴られてしまった。
「ああ、お前はいつもそうだ」
おじさんは苛立たしげに頭を掻いた。
「言葉は謙虚なくせして、行動は限度ってもんをまるで知らない。畑を耕せと言えば畑じゃない場所にまで手を付けるし、木を切ってこいと言えば森をごっそり削ってくる。これじゃ働かない方がマシだ。まったく、何のためにお前を村に置いてやってるんだか!」
「ご、ごめんなさい」
刺すように言葉を連ねる彼に、俺はただただ頭を下げる。
俺はいつも一生懸命やっているけれど、だからと言って評価してもらえるとは限らない。
現にジョージおじさんに認めてもらうにも、まだまだ努力が足りないようだ。
「はあ。とにかく、薪割りはもうするな。わかったな」
おじさんはひと通り吐き出して気が収まったのか、最後に大きく溜め息を吐いて話を区切る。
しかしそれから思い出したように、彼の背後にある茂みをクイと親指で示して言った。
「あと、『なぜか』あの中にあったボロい剣だの鞄だのは、全部処分したからな」
「……!」
俺は息を呑む。
あの茂みの中にあった物。
それは俺が、なけなしのお金で密かに買って隠していた――冒険者になるための装備だった。
「みなしごのお前をここまで育ててやったのは俺たちだ。お前は一生この村で恩を返すってのが筋だろ?」
おじさんはそう言い残し、踵を返して去って行く。
……そうだ。
貰った恩は、返さなきゃいけない。
生まれてすぐ両親に捨てられたらしい俺が、今も生きていられるのはこの村の人たちのおかげだ。
ちゃんとわかっているし、感謝もしている。
「してる、けど」
ふと顔を上げれば、小川の近くを談笑しながら歩く親子の姿が目に入った。
俺は居たたまれなくなり、すぐに顔を逸らす。
――この村での暮らしは充実している。
仕事も食事も与えてもらえるし、裕福でこそないが死ぬほどの不自由は無い。
でも、ここに俺は必要ない。
そんな気持ちがいつもどこかにあるのだ。
***
昼過ぎ、俺は村を出て山のふもとにある町へと向かった。
町の加工業者の元へと、木材を届けに行くのだ。
俺は荷車を引き引き、町の通りを進む。
しばらく行くと、道沿いのとある建物に掲げられた看板が目に入った。
「『冒険者ギルド』……」
ああ、なんて言い響きだろう!
今まで町に来るたびに、何回も見た看板。
けれどもこれが発する魅力は少しも褪せない。
冒険者とは、パーティーを組み、ギルド経由で様々な依頼をこなす者たちだ。
荷運びから各地に現れる魔物の退治まで、請け負う依頼は幅広い。
遡ること80年、平和だった人間界に魔王率いる大軍勢が攻めて来たことがある。
激戦の末になんとか魔王たちを撤退にまで追い込んだものの、人間界側の被害は甚大。
魔王軍が置いて行った魔物は、今もなお人間を苦しめている。
そんな世の中だからか彼ら冒険者は、騎士団と並んで人々の頼りにされているのだ。
家族も友だちもいない俺にとっても、固い絆で結ばれ、共に苦難を乗り越える冒険者たちは憧れの的だ。
村のことがある以上、冒険者になることは難しいけれど、いつかそんな仲間が俺にもできたらと夢見ずにはいられない。
「っと、いけない。仕事しなくちゃ」
俺は我に返り、荷車に手をかける。
何はともあれ今はやるべきことをやらなくては。
再び歩き出す俺……だったが、2、3歩行ったところで目の前に立ち塞がる者が現れた。
「なんだあ? まーた迷惑野郎が懲りずに降りて来てやがる」
「はは、そんなに殴られるのが好きか?」
名前は知らないけれど、この町に住む青年たちだ。
彼らはニヤニヤと笑いながら俺に詰め寄ってくる。
「今度は何をやらかしてくれるんだ? え?」
「あはは、いつもごめんね……」
とりあえず迷惑をかけているのは事実であるため、俺は苦笑して謝った。
しかし彼らはそれが気に食わなかったようで、皆一様に顔をしかめる。
「相変わらず薄気味悪い態度しやがって……」
「うわっ」
青年の1人が俺の胸ぐらを掴んで引っ張った。
俺は咄嗟のことで踏ん張りがきかず、つんのめる。
「いっつもヘラヘラ笑って、何がおかしいんだ! お前が視界に入るだけで不愉快なんだ。俺らだけじゃねえ、町のみんながそう思ってるんだぞ!」
言われるままに周囲を見ると、老若男女の通行人たちが眉をひそめ、俺に迷惑そうな視線を向けていた。
わかってはいたことだけれど、やはり自分は歓迎されていないのだと改めて実感する。
「お前も痛い目に遭いたくはねえだろ? いい加減、この町に来るのをやめろよ」
「でも、仕事はしないと……俺はこれくらいしかできないし」
「ッ上等だ、じゃあここで仕事もできない体にしてやるよ!」
もはや俺が何を言っても火に油だ。
青年は固く握った拳を大きく振りかぶる。
殴られる!
俺は来るであろう痛みに備え、歯を食いしばって目を瞑った。
しかし、その時である。
「お待ちなさい!」
凜とした声が響き渡り、場の空気を貫いた。
目を開けると、青年たちも通行人たちも動きを止め、ある一点に目を奪われていた。
声の主――1人の少女だ。
彼女はウェーブのかかった長い桃色の髪と、質素なフード付きケープの裾を風になびかせ、俺たちの方を見据えていた。
「あなた方、何をしておられますの?」
髪と同じ色をした瞳でキッと鋭い視線を放ち、少女はこちらへ歩いて来る。
そうして俺たちの前で立ち止まると、毅然とした立ち姿で言い放った。
「対等な諍いならばいざ知らず、弱い者いじめなど言語道断! 恥を知りなさい!」
しん、と場に沈黙が降りる。
「チッ……面白くねえ」
青年たちは顔を見合わせ、バツの悪そうな表情でそそくさと帰って行った。
見物していた人々も彼らに続くように場を去り、後には俺と少女だけが残される。
俺が状況を整理できずぽかんとしていると、少女が俺に話しかけてきた。
「災難でしたわね。けれど、もう大丈夫ですわ。お怪我はありませんこと?」
彼女はにこりと微笑む。
至近距離で改めて見ると、ケープの質に反して、下に着ている服は上等そうなことがわかった。
「う、うん。おかげさまで。助けてくれてありがとう。巻き込んでごめんね」
「いえ、私が首を挟んだだけですわ」
なんて良い人なんだろう。
ここまで優しくしてもらえたのは初めてだ!
「…………」
俺が感激していると、少女は何やらじっとこちらを見つめてきた。
「? あの、どうかした?」
「……あなた、お名前は?」
「フウツ、だけど」
急に何だろう。
どこかで会ったことあったっけ?
「ではフウツさん。ひとつお尋ねしますが。あなた、冒険者に興味がおありで?」
「! どうしてわかるの!?」
俺は思わず大きな声で返す。
完全に図星だった。
「何のことはございません。先ほど、ギルドの方を眺めていたでしょう? それでピンと来たのですわ。……ねえ、フウツさん」
ふ、と彼女の纏う雰囲気が変わる。
彼女は伏し目がちに、意味深な表情をつくった。
「私と共に冒険者になりませんこと?」
「えっ……」
ひゅう、と俺たちの間に風が吹く。
今、彼女はなんて言った?
自分の耳を信じられず、しかし信じたくて、発するべき言葉を失う。
「お嫌でして?」
「う、ううん! 嬉しいよ、凄く!」
こくんと首を傾げる彼女に、俺は慌てて頷いた。
「良かった。不躾な願いを聞いて下さりありがとうございます。私、共に冒険者になってくれる方を探していましたの」
少女は胸を撫で下ろす。
そうだったのか……!
いやあ、ものすごい偶然だ!
またもや感激する俺だったが、今朝のことを思い出してハッとする。
「あ、でも集めてた装備が無くなっちゃって……。お金も無いし、また揃えるには時間がかかりそうなんだ」
「あら、それでしたら私が準備致しますわよ」
「いいの!?」
「もちろん。金銭で解決することなら容易いですわ」
どこまで優しいんだ、この人は。
なんかもう神様か何かに見えてきた。
「ただその代わり、というわけでもありませんが。フウツさんにもお手伝いしていただきたいことがございますの」
「手伝い?」
「ええ。どこからお話ししましょうか……そうですわね、まずは名乗りましょう」
軽く咳ばらいをして、少女は胸に手を当てた。
「私の名はデレー。デレー=ヤンですわ」
「デレー、ヤン……」
俺は何とはなしに復唱する。
直後、その苗字の意味するところを理解し、のけぞった。
「ってまさか、公爵様の!?」
「はい。私はこの第四領地を治める公爵、ルイス=ヤンの次女ですわ」
柔らかい笑顔のまま、彼女ははっきりと肯定する。
「す、すみませんデレー様! 俺、不敬な口を……!」
全身から血の気が引いていく。
やばいやばいやばい、公爵令嬢と喋ってたの俺!?
「お気になさらず。堅苦しい敬語や敬称は不要でしてよ」
もう何が何だかわからない俺に、彼女は優しく言う。
それから少女改めデレー様……デレーは、やや考え込む素振りを見せたのちに語り始めた。
「知っての通り、王都除く八つの領地を治めるのが私たち貴族の務め。裕福な暮らしと引き換えに、毎日それはもう様々な仕事に追われていますわ。もちろん我が家の両親や、お兄様お姉様も。ですが……私はそうではありませんの」
ひと呼吸おいて、彼女はにわかに顔を曇らせる。
「お父様の過保護のせいで、与えられる仕事は無いに等しく。屋敷から出ることさえ、滅多に叶いませんわ。私はそれが悔しくてたまらないのです。民のために何も為せないことが……。ですから私は、いっそ貴族の肩書を捨て、冒険者として民の役に立ちたいんですの!」
「デレー……」
「フウツさん、お願い致しますわ! どうか共に冒険者になって、私を儘ならぬ生活から連れ出してくださいまし!」
俺は考える。
彼女の力にはもちろんなってあげたい。
けれども俺に、何ができるだろうか?
ただでさえ俺は無能なのに、貴族相手に太刀打ちできるのだろうか?
俺の気持ちは何があっても変わらないが、デレーの方はそうとは限らない。
もしかしたらあまりにも俺が役に立たなくて、彼女を落胆させてしまうかもしれない。
だからここはまず最初に、俺の力不足で満足のいく結果を出せない可能性があることを、はっきり断っておくべきだろう。
言うべきことを定め、俺は口を開く。
「……ごめん」
「!」
「君が大変な境遇にあるのはわかった。君がとっても良い人で、みんなのことを想っていることも。でも、俺ごときにできることなんて――」
頭を下げて、誠心誠意正直に言う。
が、最後まで言い終える前に。
「……わかりましたわ。無理を言って申し訳ありませんでした」
いったいどうしたというのだろう。
デレーはそう言って、踵を返す。
「私がここに来たということはどうかご内密に」
「え、デレー? 待っ……」
「それでは、ごきげんよう」
俺が引き留めようするのも聞かず、彼女はすたすたと歩いて行ってしまった。
***
マハジ村に戻る頃には、既に日が暮れ始めていた。
空っぽになった荷車を引いて、俺は独り村の中を進む。
――私を儘ならぬ生活から連れ出してくださいまし!
不意にデレーの言葉と、切羽詰まった顔が脳裏に蘇った。
村に帰って来るまでの道中、何度もそうなったように。
デレーは、たぶん俺と似ている。
俺がいつも感じてるみたいに、いま居る場所を、自分の居場所だと思えないのだ。
そう思えば思うほど、彼女のことを諦め難い気持ちが湧きあがって来る。
俺は必要とされていない。
でも、どうしても役に立ちたい。
彼女のことが他人だとは思えない。
ぐるぐると渦巻く思考を、俺は頬を張って一喝する。
駄目だ、これ以上考えても何にもならない!
もう一度だけ、彼女に申し出に行こう。
こんな俺だけど、何か少しでも手助けできないかって。
俺は今朝使っていた手斧を引っ掴み、走り出す。
行く先は公爵様のお屋敷。
道はわかる。
村を出、山を下り、町を過ぎ、俺は僅かも休むことなく走って、走って、走り続けた。
やがて月が空のてっぺんを越える頃、俺はお屋敷の裏手に辿り着く。
「……っと、どこから入ろうかな。正面からじゃ入れてもらえないよね」
弾む息を整えつつ、高く長く続く塀を見上げる。
まあ初めくらいはこっそり忍び込むのが吉だろう。
よじ登ろうかな、穴とか空いてないかな、とうろちょろしていると、突如として塀の向こうから叫び声が聞えて来た。
何を言っているかはわからないが、叫び声は断続的に続き、どうやら複数人が争っているような感じだ。
その中には少女と思しき声もあり、俺は息を呑む。
「……デレー?」
確かに、そうだ。
間違いない。
俺はすぐさま目の前の塀を根性で乗り越える。
着地した先は庭園、豊かな木々や花々が植わっていた。
隠れる場所が沢山あるのは幸いだ。
木陰に身を隠しつつ、慎重に声の方へと進む。
しばらく行くと、揉み合っている衛兵たちと、デレーの姿が見えた。
「離してくださいまし!」
「お嬢様、どうかお戻りください。我々とて手荒な真似はしたくありません」
「公爵様に伝達を。お嬢様はひとまずご無事だと」
「待って、私は――!」
衛兵たちはデレーを羽交い絞めにしており、何やら切迫した状況だ。
俺は近くの木に登り、衛兵の数を確認する。
1、2、3……全部で14人。
うち、デレーを捕まえているのが2人。
手斧を握りしめ、深呼吸をする。
そして俺は足元の枝を蹴り、デレーたちのところめがけて飛び降りた。
宙でバランスを崩してしまい、膝を強打しつつ着地すれば、衛兵たちは二重にざわつく。
だが彼らのことは後回しだ。
俺は呆気に取られているデレーの方を見て、ニコリと笑った。
「デレー!」
彼女の目が見開かれる。
驚かせてしまった……だろうな、たぶん。
でもとにかくこれで、彼女に会うことには成功だ。
あとは――。
「侵入者だ! お嬢様を守れ!」
衛兵たちがデレーを守る体勢をとる。
各々剣を手にして、俺に突き付けた。
「デレー、これってどういう……」
俺はひとまず彼女に状況の詳細を訊こうとする。
が、すぐに別の考えに思い至り、かぶりを振った。
「……ううん」
今尋ねるべきはこれじゃない。
ここに来た理由を、もう一度思い返す。
そうして俺は真っ直ぐにデレーを見据え、言った。
「君はどうしたい? 俺は、どうすればいい?」
「――!」
彼女のハ、という呼吸音が聞こえる。
しばし沈黙してから、訝しげに顔をしかめる衛兵たちを余所に、デレーは口を開いた。
「私は、この屋敷の外に出たい。だから……助けてくださいまし、フウツさん!」
大きな声で彼女は言い切る。
安堵と決意が、俺の中で爆発的に燃えあがった。
「わかった。じゃあ、全力で助ける!」
言って、俺は駆け出す。
「こいつ、お嬢様をかどわかすつもりか!」
「総員、かかれ!」
俺を敵だと明確に認定し、衛兵たちが一斉に斬りかかって来る。
まず先頭の1人が、一直線に剣を振り下ろした。
俺は転がるように回避、構え直される前に斧の持ち手で彼の顎を叩き上げる。
上手く当たってくれたようで、衛兵はどしゃりと倒れ込んだ。
次いで後続の衛兵による攻撃を斧の刃で受け止め、力に任せて一気に押し返す。
競り勝ったものの俺は体勢を崩し、そこへまた別の衛兵が。
「くっ」
斧で攻撃を逸らしつつ、横に飛び退いて振り下ろされる剣を躱す。
即座に斧を持ち直して反撃しようとするも、避けられてしまった。
「覚悟!」
更に背後から追加でもう1人。
俺は咄嗟に強く足を踏み込み、1回転して前方の衛兵と距離を詰める。
斧の角で彼の鳩尾に打撃を与えると同時に、剣が頬をかすめた。
生温かい血が流れるが、構っている暇は無い。
相手が崩れ落ち剣を取り落としたのを確認し、振り返って後方の衛兵の剣を斧で殴って弾き飛ばした。
のけぞる衛兵の懐に潜り込み、胸部に思い切り打撃を1発。
そんな具合に、俺は1人、また1人と相手をし、気絶させていく。
やがて最後の1人まで倒しきり、庭園に立っているのは俺とデレーだけになった。
「斧持って来て正解だった……」
俺は大きく息を吐く。
空に浮かぶ月が眩しくて、あちこちに負った生傷に染みるようだった。
呼吸が落ち着くのを待ってから、俺はデレーの方を振り返る。
「ええと……そうだ、結局どういう状況だったの?」
「屋敷を抜け出そうとしたものの見つかってしまい……連れ戻されそうになっていましたの」
地に伏した衛兵たちを見ながら、彼女はおずおずと話した。
「そうだったんだ! 間に合ってよかったあ……」
「……その」
「ん?」
「フウツさんは、偶然現れたわけではないでしょう。何のために、ここにいらしたの?」
そう問いかけるデレーの声は不安げだった。
何のためって、言うまでもないと思うけれど。
俺は彼女にも安心を分けるため、その手をとって笑いかけた。
「もちろん、君を連れ出すためだよ!」
パッと、デレーの顔が輝く。
そうして目に涙を浮かべ、彼女は不器用に笑んだ。
「ごめんね、もっと良いやり方があったのかもしれないけど。俺なんかにできるのは、やっぱりこれくらいが限界でさ」
「いえ……いいえ。十分ですわ、フウツさん」
「さ、そしたら張り切って逃げよう! 俺の村まで行けば、たぶんひとまずは大丈夫!」
「はい……!」
俺とデレーは手を取り合い、共に駆け出した。
塀を越え、町を過ぎ、山を登り、マハジ村へと立ち止まることなく。
そうして月も傾き沈み始める頃、俺たちは村に辿りついた。
もう起きている人はおらず、堂々と歩いて村の端の方まで行く。
「フウツさん、ありがとうございます」
不意にデレーが口を開いた。
見れば彼女は、目を細め、柔らかく微笑んでいた。
「屋敷まで来るのは骨が折れたでしょうに、そのうえ衛兵たちとも戦ってくださって。この御恩、どう返せば良いか……」
「いやいや、お礼なんていいよ!」
思いも寄らない言葉に、俺は慌てて手を振る。
「俺、お金も力も無い役立たずだから……やれることは全力でやるようにしてるんだ。今日のことも、ただそれだけの話だよ」
「フウツさん……」
「こ、この辺りで休もうか」
俺は露骨に話題を逸らし、小屋の裏手を指差した。
柔らかい草がほどよく茂っている、俺の気に入りの寝床だ。
「地べたでごめんだけど、ここなら見つかりにくいから」
「お気になさらず。屋敷のベッドより、ずっと素敵ですわ」
俺とデレーは並んで横になる。
お屋敷での騒動が嘘のように、俺たちを包む夜は静かだった。
***
「……ツさん……フウツさん」
「ん……?」
自分を呼ぶ声に、俺の意識は浮上する。
うっすらと目を開けば、ぼやけた視界には俺を見下ろすデレーが映っていた。
「あれ、もう朝!?」
「いいえ、まだ夜ですわ」
その言葉に周囲を見回せば、確かにまだ暗い。
夜明けの気配も遠くにある。
「何かあったの? まさか追手が……?」
「いえ、少々お見せしたいものができまして」
デレーは俺の手を引き、歩き出す。
「あちらをご覧になって」
小屋の表を指し示すデレー。
俺は導かれるまま、小屋の角を曲がった。
すると、そこに広がっていたのは。
「え……?」
――轟々と燃え盛る、村の景色だった。
村はそれなりの広さがあり、村人の住居たる家屋があちらこちらに点在している。
その家屋が、ひとつ残らず燃えていたのだ。
さらに火の手は蔵や家畜小屋にまで及んでいる。
普段は手元で扱えている炎が、今は恐ろしく手の付けられない怪物のように見えた。
「……ッ!」
俺はたまらず駆け出そうとする。
しかしデレーは俺の腕をぎゅっと掴み、場に留まらせた。
「落ち着いてくださいまし」
彼女は穏やかに微笑んでいる。
動揺や恐怖の全く無い表情だ。
俺の腕を離すと、今度は肩に優しく手を置くデレー。
桃色の瞳が俺を見ている。
「で、でも、村のみんなを助けに行かなきゃ!」
「それには及びませんわ。彼らはちゃんと逃げおおせているはずでしてよ」
次いで彼女は、耳を疑うような発言をした。
「火を点ける前に、物音を立てて起こしてさしあげましたから」
「……え?」
「まあ全員かはわかりませんが……」
「ま、待って、その言い方、それじゃ、まるで君が村を」
デレーは目をぱちくりとさせる。
どうか、どうか否定してほしい。
そんな俺の思いに反し、彼女はくすくすと笑った。
「まるで、ではなく、まさに、ですわ。フウツさんがお休みになられている間に、私が篝火から火を拝借して村に放ちましたの」
目の前が真っ暗になる。
信じられない事実を、しかし本人の口から聞かされて、俺の頭はこんがらがりそうだった。
「ですからご安心くださいまし……って、あら? いかがなさいましたの?」
「どうして……どうして、こんなことを……?」
村が燃えている。
火の粉が風に乗って、目の前まで飛んで来た。
「なぜかと言えば、そうですわね。言うなれば私の真心……恩返しですわ!」
「恩、返し?」
「はい」
頬を赤く染め、照れくさそうにデレーは言う。
「フウツさんは私をあの家から解放してくださいました。ですから私も、フウツさんを解放して差し上げようかと!」
悪意は無いけれど、躊躇いも無い。
彼女の暴力的な親切心が、嫌と言うほど伝わって来る。
「……ねえ、フウツさん。あなたは私のために単身屋敷に乗り込み、衛兵をみんな倒してくださいましたわね。私はとても嬉しかった。あの瞬間からずっと、あなたのことがひどく眩しく、美しく見えますの」
デレーは少し間を置き、胸に手を当てて花のように笑った。
「私……あなたのことが好きになってしまったみたいですわ」
遠くの方で、家屋がガラガラと焼け崩れる。
炎はいっそう吹き上がり、天まで届きそうなほどだ。
「これからは生まれにも、立場にも、家族にも、何にも縛られることはありませんわ。心置きなく冒険者になりましょう」
デレーはしずしずと俺に歩み寄って来る。
背後の炎が彼女の陰を伸ばし、俺に覆いかぶさった。
「さあ、ここからですわ」
彼女は両手を広げる。
「ここから、私たちの旅が始まるのですわ!」
熱風が吹き、彼女の髪と服をなびかせた。
全身から力が抜け、俺はその場にへたり込む。
もはや俺にできるのは、引きつった笑みを浮かべることくらいだった。