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「はい、これで登録完了です」
書類を確認し終えた女性は、そう言って笑顔を作る。
机の上に置かれた書類は2枚。
一方には俺の名前が、もう一方にはデレーの名前――と言っても苗字は省略している――が書かれている。
「こちらが冒険者証になります。大切なものなので、無くさないようにお願いしますね」
女性はタグの付いたペンダントを2つ、デレーに差し出した。
ペンダントは日光を受けてきらりと光る。
俺はその様子を、少し後ろから見ていた。
――悪夢のような夜が明けた後。
俺たちは何食わぬ顔で町へと下りて、冒険者ギルドにやって来ていた。
村の火事は町まで知れ渡っていたが、今のところ俺たちに疑いの目を向ける人はいない。
言うまでも無く火事の被害は甚大だったけれど、確認した限りでは村のみんなが無事であったことが救いだ。
「どうぞ、フウツさん」
「あ、ありがとう」
デレーはにこやかに、俺に冒険者証を手渡す。
俺はなんとか口角を上げるも、上手く笑えている気がしなかった。
いや、まあ、無理である。
昨日の今日ので彼女の顔をまともに見るのは、正直言って至難の業だ。
「では最後にランクについてお話ししますね」
ギルドの女性が説明を続ける。
今はこの人の存在が、ものすごく有り難く感じられた。
「冒険者パーティーはランク付けがされており、最低がD、最高がSです。お二方は現在Dランクとなっていますのでご承知おきください」
「ランク分けの基準はどうなっていますの?」
「簡単に言えば、受けられる依頼の難度ですね。依頼を多く達成し、実力有りと認められればランクが昇格。上のランクになるほど難しい依頼を受けられるようになります。そして難しい依頼ほど報酬は弾みますから、ぜひ奮って高ランクを目指してくださいね」
「ですって。頑張りましょうね、フウツさん」
振り返って、デレーは俺に笑いかける。
やはり俺は、ぎこちない表情を返すことしかできなかった。
***
ギルドでの登録を終え、晴れて冒険者となった俺たちは、次いで装備品を揃えた。
俺は擦り切れた服から、デレーは上等な服から、それぞれ機能性の高い丈夫な服装へと衣装替え。
また鞄や武器も用意し、すっかり冒険者然として格好になった。
「さあこれで準備万端ですわね! 持ち出してきた分のお金で足りてよかったですわ」
身の丈ほどもある斧を手にして、上機嫌にデレーは言う。
そう、なんだかんだ言ってお金がほとんど無い俺は、装備の購入をデレーに頼り切ってしまっていた。
我ながら情けないにもほどがある……。
「依頼も無事取れましたし滑り出しは上々ですわね、フウツさん」
「う、うん」
頷きつつ、俺は恐る恐る口を開く。
「……ねえデレー、やっぱりその、俺ちょっと村が心配」
「はい? まだ村がお気に障りますの? でしたら今度は人間ごと燃やして差し上げますわよ」
「い、いや……やっぱり何でもない」
「あら、よろしいので?」
「ウン、大丈夫、ほんとに」
俺は何とか話を断ち切り、視線を前に戻す。
……もしかして、デレーって、実はけっこうヤバい人……?
いや、決めつけは良くない!
確かにアレな部分はあるけど、絡まれてる俺を助けてくれたし、今も装備を買ってくれた。
親切な良い人じゃないか!
何よりデレーは民を思う心を持った、素晴らしい人だ。
村のことも、根本的には俺を思いやってくれたからこそだったし。
でも……それを差し引いてもちょっと……。
ううん、そもそもデレーに関わるって決めたのは俺なんだから。
今さら逃げるのはナシだ!
悶々とどっちつかずの脳内議論に、俺はそう結論を付ける。
「さ、参りましょう」
「うん!」
俺たちは歩き出す。
記念すべき初の依頼は、魔物退治。
「カーク村南の林に出没する魔物1匹を討伐せよ」とのことだ。
該当の場所は案外近く、すぐに到着することができた。
林の入り口に立ち、俺たちは奥へと続く獣道を見据える。
「ちょっと緊張するね」
「ええ。ですが私たちならばきっとできますわ。初共同作業、張り切って参りましょう」
林に足を踏み入れれば、ふっと周囲に薄く影がかかる。
土と草の匂いが濃くなり、風がひややかに吹き抜けた。
「ランクと言えば……Sランクの冒険者ともなると、そう数多くはありませんわよね。一体どのような方々なのでしょう」
「どうだろう。直接見たことは無いからなあ……。でもやっぱり、『緋の英雄』みたいな人たちじゃないかな」
「『緋の英雄』?」
「80年前、魔王軍との戦いで大活躍した人だよ。緋色の髪をした青年でさ。強くて勇敢で、優しい人だったんだって! 戦いの後は、その時の仲間と一緒に冒険者の活動を始めて、冒険者ギルド発足以来初のSランクパーティーになったんだ」
俺はつい、力を入れて解説してしまう。
何を隠そう、『緋の英雄』は俺が冒険者に憧れるようになったきっかけの人なのだ。
『緋の英雄』の冒険譚は本になっており、広く知られている。
その本を町の子どもたちが読み聞かせてもらっているのを、幼い頃の俺は仕事終わりにこっそり聞くことがあった。
今より大きく、重く感じられた荷車や、広場の隅にある木の感触が思い出された。
もうずっと聞いていないけれど、本の内容はしっかりと頭に焼き付いている。
「俺、『緋の英雄』たちみたいな凄い冒険者になりたいんだ」
「良いですわね。とても素敵な目標ですわ」
「えへへ……一緒に頑張ろうね!」
「ええ、必ずや誉高き冒険者として名を馳せましょう」
俺とデレーは揃って拳を上げる。
共通の目標に向かって邁進する……まさに「仲間」って感じで嬉しくなっちゃうな。
「そうだ、『緋の英雄』の話には――」
と、言いかけたところで、俺の視界を何かが横切る。
「止まって!」
反射的に立ち止まり、木陰に身を隠して前方を窺えば、狼のような形をした魔物が獣道の脇をのそのそと歩いていた。
「依頼にあった魔物ですわね」
「俺が先陣を切るよ」
「わかりましたわ、お気を付けて」
俺は剣を構え、2、3歩前に出る。
幸いにも、まだ気付かれてはいない。
魔物は俺たちに気付かないままゆっくりと移動し、やがて完全に背中を見せる。
今だ!
俺は駆け出し、一気に距離を詰める。
そして魔物が振り向くと同時に、思い切り剣を振り下ろした。
剣先が魔物の脇腹を切り裂く。
命中だ。
「よしっ……!」
魔物が倒れて動かなくなったのを確認し、俺はほっと息を吐いた。
が、その時。
後ろからガサリと音がしたかと思うと、茂みから同種の魔物が飛び出して来た。
「もう1匹!?」
マズい、応撃が間に合わない!
俺は咄嗟に左腕を盾にして防御する。
新手の魔物は容赦なく牙を突き立て、鮮血が噴き出した。
「くっ……!」
痛い、が、右腕は無事だ。
剣を握りしめ、俺は反撃をしようとする。
しかし俺が動くより早く、魔物の胴体は真っ二つになった。
デレーが割って入ったのだ。
彼女は斧を振って血を払い、魔物だったものはばたりと地に落ちる。
「助かったよ、ありがとう!」
「いえ、例には及びませんわ。ですが……」
デレーは鋭い視線を周囲に向ける。
と、何匹もの魔物が木の陰や茂みからぞろぞろと出て来た。
「これは……」
「数が多いですわね。話が違いますわ」
魔物はぐるりと俺たちを取り囲んでいる。
その数、10は下らない。
「でもやるしかない、よね」
「では、後ろはお任せくださいまし」
デレーは回れ右をして、俺と背中合わせの形で立つ。
「この危機、共に乗り越えましょう」
「うん!」
俺たちは息を合わせ、同時に駆け出した。
敵意を剥き出しにして飛びかかって来る魔物たちを、俺は正面から斬り伏せていく。
間髪入れず繰り出される別の魔物の突進を避けて身を反転させれば、少し離れたところでデレーが戦っているのが見えた。
俺は思わずじんと来る。
ああ、共に戦う仲間が居ることの、なんと頼もしいことだろうか!
こうしていても、彼女の奮闘する声が聞こえて――
「害獣風情が、よくも! よくも! よくも!! 私のフウツさんを傷付けましたわね!! 臓物ぶちまけてお死になさいませ!!!」
……うん、頑張ってくれてるのがよくわかる!
尋常じゃない量の血しぶきとか、肉片とか、生物が肉塊になる音とか、諸々飛んで来るけど、みんな彼女の一生懸命さの副産物みたいなものだ。
俺はデレーの戦闘方法に関する思考を終わらせ、目の前の敵に意識を集中させた。
「はあッ!」
剣を振るい、次々襲い来る魔物を迎え撃ち続ける。
そうしてついに最後の1匹となり、俺はまた一撃必殺を狙う。
が、すんでのところで躱され、剣が地面に突き刺さってしまった。
すぐさま追撃を試みるも、またもや魔物はひらりと避ける。
かなりすばしっこい個体だ。
俺は空ぶった剣の勢いを止めず、踏ん張ってぐるりと一回転する。
これも避けんとする魔物。
また俺の剣は空を切るかと思われたが、そこで一瞬、魔物がビタリと動きを止めた。
いける!
俺は力いっぱい、剣を振り下ろした。
逃げ損ねた魔物はそのまま両断され、バタリと倒れる。
「や、やっと、片付いた……」
額の汗を拭い、俺は息を吐いた。
最後の個体、あれがボス格だったのだろうか。
剣を振り下ろす直前の硬直が無かったら、俺は負けていたかもしれない。
でもいったいどうしてあの魔物は……?
「フウツさん、やりましたわね!」
「うん、お疲れ!」
ほぼ同時に戦闘を終え、走って来たデレーとハイタッチをする。
まあ何はともあれ勝てたのだ、喜んでいいだろう。
「さすがにちょっと大変だったね。依頼達成報告がてら、どこかで休――」
ふ、と。
にわかに、大きな影が俺たちの上に被さった。
俺たちは視線を上げ、その正体に驚愕する。
「なっ……!?」
「まだおりましたの……!?」
それは、体高2mはあろうかという大型の魔物だった。
魔物は唸り声をあげ、俺たちを残虐な目付きで見下ろしている。
駄目だ、と俺は直感する。
俺たち、まして今の戦闘で疲れた状態じゃ、万が一にも勝てっこない。
こうなったら、俺が囮になってデレーを逃がすしか手立ては無いだろう。
俺は足を踏み出そうとする。
しかし次の瞬間、俺の背後から前方へと、火炎が地を這った。
炎魔法だ、と理解するのと同時に魔物の叫び声が響く。
見れば魔物の頭部に炎が燃え移っていた。
火の粉がデレーにかからないよう、俺は彼女の前に立つ。
僅かに間を置いて、俺たちの前に青年が1人、現れた。
「何してる。早く距離をとれ」
真っ白な服に黒い長髪。
端正な顔立ちをした彼の手には、ちらちらと炎の余韻が残る魔法の杖があった。
どうやらこの人が助けてくれたみたいだ。
「ありが……」
「無駄口を叩くな、さっさとしろ」
お礼の言葉をバッサリと遮り、冷たい視線と共に彼は言う。
「逃げるくらい虫でもできるだろう」
「ご、ごめ」
ん、と俺が発するより早く、今度はザクッという音が割り込んだ。
何事かと視線を青年の足元に向けると、そこにはなんとデレーの斧が突き刺さっているではないか。
……いや何してるのデレー!?
俺が彼女の方を見ると、斧を投げたであろう姿勢のまま、デレーは口を開いた。
「口のきき方がなっていませんわ!」
「は?」
青年のこめかみに青筋が浮かぶ。
が、デレーは構わず彼に詰め寄った。
「フウツさんに向かって何ですのその言い草は」
「モタモタしてるから急かしただけだが?」
「ですからその言い方のことを言っているのですわ!」
「非常時に言い方もクソもあるか!」
「この不届き者!!」
「知るかどけ死ね!!」
も、物凄い勢いで険悪な空気になってしまった……。
どうしよう、完全に俺が出遅れたせいだなこれ。
「デ、デレー、ほら下がるよ!」
俺は2人の間に割って入り、デレーの手を引っ張って退避する。
「二度目は無くってよ!」
「…………」
なおも全力で怒りを表明するデレーに、青年はガンを飛ばしつつ地面に刺さった斧を蹴飛ばした。
人間ってこんな短時間でここまで仲が悪くなれるんだな……いや感心してる場合じゃないけど。
「どいつもこいつも鬱陶しい……」
青年は吐き捨てるように呟く。
ようやく炎を振り払った魔物に、彼は杖と冷ややかな目を向けた。
「ろくでもない人生なんだ。せめて静かに過ごさせろ」
杖の先に急速に魔力が集まり、巨大な火球が生成される。
あっと言う間に見上げるほどのサイズになったそれは、勢いよく放たれ魔物に命中した。
再び炎に呑まれた魔物だったが、今度はもう体勢を立て直すことは叶わず、全身を焼かれて倒れ伏し、動かなくなった。
魔物の息の音が止まったことを視認するや、青年は踵を返してさっさと去ろうとする。
いけない、まだお礼を言えてないのに!
俺は慌てて、彼を引き留めるべく声を上げた。
「ねえ、君! 助けてくれてありがとう!」
「……別に、助けてない」
「じゃあなんで魔物を倒してくれたの?」
「金……金になるからだ。毛皮を剥いで売る。あれだけ大きければ良い値になる」
「毛皮、焦がしたら値段落ちるよ」
俺は魔物の死骸を一瞥する。
ぷすぷすと煙が上がっており、毛などは確実に焼け焦げているだろう。
「あ……待って、行かないで!」
立ち去ろうとする青年の手を、俺は咄嗟に掴んだ。
と、彼はバッと振り向き、振り払おうとする。
「っ! 俺に触る、な……。……?」
だがどうしたことか、彼は急に力を緩め不思議そうな顔をした。
「ちょっと待て」
俺の手を一旦はがし、自分の手袋を脱ぎ始める青年。
言われるがまま俺が待っていると、彼は隔てるものが無くなった手で再度俺の手を触った。
何なんだろう。
おかしなところでもあったのかな。
「……ない」
やがて青年は顔を上げ、心底驚いたふうに言った。
「気持ち悪くない……!!」
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