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入試無事終わりました!!!手応えはあるので明日の面接でも点稼ぎ頑張っていきます!!!
春の心地よい風が僕の頬に触れてくる。
「まだ終わらないの?早く帰ろう?」
僕はスケッチブックにうつっていた視線をはずし、僕の顔をムスッとした表情で覗き込んでくる彼へと視線を移す。彼の頭が傾くと同時にサラリと黒髪が揺れる、それがあまりにも綺麗で僕は思わず見惚れていた。
「はぁ…また見惚れてる…さ、デッサン一旦終わりにして早く帰りましょう。」
「……」
彼は深くため息をついて僕のスケッチブックを奪う。
「あ!!ちょっと!」
「……。相変わらず上手に描きますね。似すぎて気持ち悪いくらいに」
彼は僕のスケッチブックに描かれた自身を見ながらため息混じりに少し、ほんの少しだけ微笑む。でもそのすぐあと、「でも、本物の方が何倍も美しいでしょう?」と、でも言いたげな表情をして僕を見つめてくるのを感じたがその視線に気付かないふりをして帰りの支度を始める。
「博士、私に博士の名前。書いてくれないんですか?」
「…書かないよ。」
「……。スケッチブックなんかに書かないでくださいね。」
「当たり前だよ。」
「ふふっ、ですよね」
そう言ってくすくすと笑いながら僕をつんつんとつついてくる。そんな彼の目は表情と違って少しだけ悲しそうな目をしていたのに僕は知らんぷりした。
「今日本ではモノに自身の名前を書いてしまうと、名前を書いた本人の体調、傷、心情がリンクしてしまうという不可解な現象が起こっています。皆さんくれぐれも名前を─」
当時高校生だった僕は朝食を食べながらテレビでこのニュースを目にした。馬鹿馬鹿しい。そう、鼻で笑いテレビを消して学校へと足を動かした。
自分の教室に入ると女子の甲高い笑い声が耳に入ってきた。これがいつもの、この教室の日常だ。教室の端で3人の女子が1人の男子を囲いながら嫌な笑みを零す。男子は頭から水をかぶったのかポタポタと水が床に垂れている。それを見て笑う女たち、そしてそれを見て何も言わない僕たちクラスメイト。そうだ、これはいじめだ。僕達は巻き込まれたくない、それだけの思いで必死に声を殺す。女たちの笑い声が収まらないうちに話して巻き込まれるのはもう懲り懲りだ、それがクラス全員の考えだった。
だからこの日も誰も何も言わなかった。
虐められている彼の机には漫画でよく見る罵詈雑言がほられていて、椅子には誰かが食べ終えたのであろうガムがべっとりとつけられていて、目が当てられないほどの惨状だった。
「うわっ!ちょっとこっち来ないでよ!」
「汚〜(笑)、てか顔キモすぎ〜!!こっち見んなよ気色悪ぃなぁ!」
「お前なんで学校来てんだよ!!こんなに嫌われてるのにさぁ!」
毎日毎日飽きもせず女たちに暴言、暴力を振られるアイツ。今だって暴言を吐かれながら女共に蹴られている。でも彼は何事もないかのように笑みを絶やさない。そんな彼が気に入らなかったのか女の一人が彼の頬を殴ったら、何か思い出したかのようにニヤリと不敵な笑みを浮かべて、突然クラス全員に聞こえるように大声で話し出す。
「ねぇ知ってるぅ?今日テレビで見たんだけどさ、自分の名前をその辺の物に書いたら自分とリンクしちゃうんだってぇ笑」
「えっ?!何それ面白〜!!!」
「ねね!ここにさ!!めっちゃちょうどいいやついるじゃん〜!」
そう言ってニヤニヤと笑う彼女らの視線の先には小拓(おたく)というふくよかな体型をした、名前の通りのオタク気質の男がいた。
「おい小拓!!この紙にお前の名前書いてくんね?」
「なっ、なんで我輩がっ……」
小拓は涙目になりながらも女たちに問いかけたが、必死の抵抗は虚しく散った。その小さな抵抗が女たちの逆鱗に触れてしまったんだ。
「え、なになに??お前チキってんの?うっっわ、ダッセェ笑」
「てか、オタクの分際で私らに意見するなんて何様なの?」
「ねぇ、私ら待ってんだけどー、早くしてくんねぇ?」
女たちは小拓の、顔面スレスレまで自分たちの机から取り出したカッターナイフを手に取って小拓に見せつける。そして、その恐怖に耐えきれなくなった小拓が震える手で女たちから紙を受け取り名前を書く。
「なんだよおっせぇな。早くしろよ」
「す、すみませっ……」
小拓が謝ろうとした時、3人のうちの1人が小拓の名前が書かれた紙の端を、自身のカッターナイフを使って切ると同時にボトッと小拓の小指が床に落ち、床には血が滴り落ちる。
「アァ!!!!!アァァァァァァァァ!!!!いだい!!!!いだいぃぃ!!!!だすげっ!!!!だすけで!!!!!」
「えっ!!!すっげぇ!!ガチで切れたじゃん!!ヤバっ!!」
「これガチ凄いわ!!!!面白すぎ笑」
「めっちゃ綺麗に切れてるんだけど笑。クソ笑う」
女達は小拓の小指と紙を交互に見て嬉々としていたが、床に転がった小拓の小指と、泣き叫ぶ小拓を見て恐怖で誰もが耳を塞いだ。大半のクラスメイトは俯いたり、小指を見て気持ち悪くなったのか口を抑えたり、泣きそうになりながらも必死に声を抑えたり、先生を呼びに行こうとしたりと、女たちとは真逆の反応をクラスメイトはしていた。が、徐々にこの状況に飽きてきたのか女たちは暇そうな顔をしだした。
「ねぇ小拓〜、私らお前の鳴き声聞いてるの飽きちゃったから別のことしなぁい?」
「アァァァァァァ!!!!!!!いだいっ!!!!!いだいよぉ!!!!だれがだすげで!!!!!」
女たちが話しかけているのに気づかずに、小拓は自分の消えた小指を抑えながら床にうずくまって泣きじゃくる。小拓が自分の言葉を聞かないことにイラついたのか、女は舌打ちをしてドンッと小拓の指をグリグリと足で踏み付ける。
「ねぇ?私が話してんよね?邪魔しないで話聞いてくれる?」
「ぅっ………!!!!ッ………!!!」
小拓は女の声に反応して涙を無理やり押し込めて声を抑えたのを確認した女は急に上機嫌になる。
「そんじゃあさ!!これに名前書いて!」
女がニヤニヤ笑いながら指を指したのはいつも虐められているアイツだった。それを見た小拓はひゅっと喉奥から声を漏らした。だが、名前を書かれると聞こえていたはずなのに、呑気に水で濡れた髪の毛をタオルでしぼる。
「でっ、できなっ……!!」
「はぁ?なぁに言ってんの??お前にはできる、しか選択肢ないんだよ?それともなに?足の指まで切られたいの?」
女は小拓の名前が書かれた紙をピラピラと小拓に見せつけて脅すように睨みつける。
「ッ……!!!」
また小拓がボロボロと泣き出した途端、女は小拓に向かって床に油性ペンを投げつけ書くように顎で合図する。
「はーやーくー」
「ごめっ……!!!ごめんっ……!」
小拓よろりよろりとペンの蓋を外してアイツに近づいていく。教室は小拓足音とアイツの髪を拭く音しか聞こえない。そして小拓がアイツの腕をめくって名前を書こうとしたとき、教室中が甲高い3人の悲鳴で包まれる。
「オ”ァ”ァ”ーッ!!!!!!!!!!」
突然3人の女達は叫んだと思ったら白目を向いて、ぶちゅっと何かに押しつぶされたかのようにぺしゃんこになった。女達の血や髪の毛、臓器が教室中にべっとりとスポンジに染み込むかのように紅く染まる。それはクラスのほとんどにべっとりと付着して机、椅子、教卓、天井、床……など備品にもついた。あまりにも一瞬のことでクラス全員が思考が停止した。そしてこの状況を理解した途端、教室が悲鳴と失禁の臭い、嘔吐物で包まれた。皆が恐怖で意識を手放しかけていた時、僕はアイツを見た。
「これで……もう…」
アイツは窓から入ってくる太陽の紅い光に照らされ、僕が今までの人生の中で見てきた誰よりも美しい瞳で天を仰ぎ、優しく微笑んでいた。そんな彼の手にはあの女達3人の名前が書かれたプリクラがぐちゃぐちゃに握りつぶされていた。
そして、彼は警察に連れていかれてしまった。警察に連行される時には抵抗や反抗は一切せず、幸せそうな笑みをして彼の目からは毒気が抜かれていた。僕は彼の美しく儚く可憐だったあの瞳が忘れられなかった。彼は未成年でもあるにもかかわらず、犯罪者として土の中で永遠に眠った。僕が彼の死を知ったのは彼が眠ってから3日後だった、彼の死を聞いた時僕はなんと哀れなのだろう。という考えが頭の中に一番最初に浮かんだ。これは彼の死の同情心ではない、彼という美しい存在が世界に拒まれてしまったことへの悲しみだ。彼が死んでから僕は妄想に浸った。彼がまだ生きていたら友達になりたい、話してみたい、笑ってもらいたい、触りたい。そんな邪なことを考えていたらいつのまにか僕は研究室に篭もって彼を造っていた。
僕はアイツによく似た彼に名前をつけた。葵、という名前を。女でもない、男でもない、そんな名前にしたかった。そんな中性の葵はアイツと瓜二つだった。顔、身長、体重、肌の色、雰囲気、口の形、笑い方、爪の形、髪質、匂い。葵はアイツとほぼに似ていたのに一つだけ、アイツと真逆のところがあった。それは性格、人の心のカタチだ。
アイツはいつも下を向いて人と目を合わすことは1度もなく、誰からも期待されないことに慣れた冷たい目、口から出る言葉はナイフのように鋭く、協力性はない、気遣いもできない、社交性もない、人間と関わることを諦めていた暗い人間だった。
だが葵は彼とは真逆でいつも前を向いて人の目をよく見て話し、誰かを心配して労り、口から出てくる言葉は優しくあたたかい言葉ばかり、気遣いもでき、協力性もある、人の気持ちを察するのが上手く社会に馴染みやすい。アイツは僕が研究で造ったロボットのくせに、人間のようによく笑い、よく泣き、よく話す。たくさんの人から慕われ、親しまれ、愛され、好かれる。よく言えば理想、悪く言えば馬鹿正直。
僕はそんなみんなの理想となっている葵が怖い
「博士。手が、止まってます」
「あ、わ。悪い…」
僕は止まっていた手を再び動かし帰り支度を始める。
「……」
「博士、私は博士が大好きです」
「っ……」
葵は僕の目を見つめながら優しく微笑む。僕はその目に恐怖を覚えた。葵の見つめる僕はどんな僕なのか、博士として?狂人として?普通の人間として?そう考えてしまうと頭がグルグルして葵の目を見れなくなる。
「博士は…どうですか?」
言葉が詰まる。苦しい、答えたくない。
嫌い。なんて言葉を簡単に言えるはずがない。怖い、怖いんだよ葵。君が、僕は君が怖い。
僕の言葉が詰まっている理由を察したのか葵は僕の帰り支度を無言で手伝い、帰り支度のできた僕のリュックを投げ渡す。
「ほら、もう夕焼けが見える頃ですよ。帰りましょう」
「……うん。」
帰り道。いつもなら僕に気を利かせて今日あったことをぺらぺらと話し出す葵の口が、かたくきゅっと閉じられている。こんな時でも僕はいつもなら葵を無言で無視していたが、今日はなんだかいつもの葵とは違うような気がして話しかけずにはいられなかった。
「いつもの、話さないのか?」
「……」
「葵?」
「………」
葵が僕の声に反応しない。普段の葵は無視するようなやつじゃない。喧嘩していても無視は絶対できないし、何かしら反応する。なのに今日は話しかけてもなんとも言わないし反応もしない。僕は何故かゆっくりと歩いて夕日をただただ見つめる葵になぜかゾワッとした。
「葵」
話しかけながら葵の肩をポンっと叩くと葵はビクッと肩を震わせて反応した。
「ごめんなさい!何かありました?」
「…。別に何も無いけど。でも今日葵の様子が変だったから調子でも悪いのかなって…」
僕が頬を掻きながら気遣いをみせると葵は驚いたように目をぱちくりと、おおきくひろげてクスッと笑う。
「ははっ、博士はよく気が付きますね」
「え……?」
意味がわからなかった。冗談で言ったつもりだったのにまさか本当に調子が悪いなんて思ってもいなかった。いや、人間のように病気や怪我になっても速攻で治るはずなのに。どこか不調が…?でも僕は完璧に葵を造ったはずなのにどうして…
「博士の研究は成功していましたよ。」
葵が僕の思考を読み取ったかのように言葉を発した。
「私が悪いんです、博士に内緒で博士のようになりたいと言う一心で男性器を付けたり、胸を減らしたりしてしまったからバグが起きたんです。」
「そんな……なんでそんなこと…!!」
「……」
葵は何もかも諦めたような目をして僕を見つめていた。
「私知っていたんです。博士が死んだ同級生と私を重ねてみていたこと。だから私も、そんな博士の想いに応えたかったんです。」
「どうしてそんな馬鹿なこと…!」
「どうして……それはこうでもしなければ博士は大嫌いな私のことを見てくれないでしょう?」
「ッ……」
言葉が出ない、全部知られていたんだ…葵は僕の考えを全部知っていた。それでも僕の傍にいた。
「本当は全部わかっていたんです、私の見つめる視線を博士が嫌っていたこと、スケッチブックに描いた私の顔を毎回塗りつぶしていたこと、私が困っている時、嫌な思いをしている時に気づいているのに知らないふりをしていること。そのくらい私を……いえ、葵を嫌いっていたこと。全部、全部わかっていました。」
「あ、葵…」
「お願い……お願いだからッ…最期に私に名前を…貴方の名前を描いてくれませんか?」
「最期って…!!」
「このバグは修復不可能です。だからもう悪あがきはしません。…博士、私は貴方の過去を、貴方の優しさを利用してここまで生きてきました。本当にごめんなさい。」
葵は寂しそうに笑った。笑ったその視線は僕の目ではなく手を見つめていた。僕の嫌いをすべて受け止めて。
「でも、これで最期だと思うとなんだか寂しくなりますね。ねぇ、博士。最期の我儘、聞いてくれませんか?」
春の暖かい風は夕日とともに冷たく、僕の手を握る葵の手の力も徐々に弱くなっていく。春の冷たい風は葵の黒髪をふわりと靡かせた。葵の弱々しい瞳は夕日が綺麗にうつしだされていた。その儚げな声を聞いた途端、僕の目に映る葵が……葵の瞳が、声が、キメ細やかな肌が、ふんわりと風から香る葵の匂いが、夕日に照らされる綺麗な髪がこの世のものと思えないほど美しく感じた。
「嗚呼…最期に博士に名前を書いて欲しかったですが、もうお別れの時です。」
「待っ、葵!」
「私は……葵は博士を永遠に愛し続けます。」
葵が優しい声で、愛しい人を見つめるかのように僕を見つめ、最期のときを慈しむような瞳からはうっすらと涙が零れる。そして葵はゆっくりと目を閉じながらばたりと地面に倒れる。シューッという機械音を出してキメ細やかな肌にはキシキシという音をだしてヒビが入り、徐々に生気を失い青白くなっていく。
「葵!!!!!葵!!!!!!」
僕はヒビ割れた葵を抱きしめ、葵の名前を呼ぶ。自分でもこんな声出せたのか、と思うほどに叫んだ。初めて葵の名前を沢山呼んだ。でも僕がどれだけ葵の名前を呼ぼうが葵は目を閉じたままで反応しない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
あれほど嫌っていた葵が死んだ……いや、壊れてしまった。僕はこうなることを願っているほど嫌っていたはずなのに葵が亡くなった今、僕の中から溢れてくる想いは憎しみなんて微塵もなかった。明るく弾んだ声で楽しそうに話す葵の声が聞きたい、僕の話を嬉しそうにあいずちを打ちながら聞く葵を見たい、僕が不安で押しつぶされそうな時、何も言わずに優しく抱きしめて撫でてくれる葵の手が恋しい、僕を優しく見つめてくれる葵が、愛していると言ってくれる葵が欲しい。
嗚呼……僕はなんて馬鹿なんだろう。なんで今更気づいてしまったんだろう、どうして今僕はリュックから油性ペンを取り出し、手に取って葵に自分の名前を書いているんだろう。
もう全部…手遅れなのに……
愛している人……私の最愛の人が最期の時にありえないくらい大きな声で名前を呼んでくれたような気がした。泣いているのだろうか、声が震えてる。ふふっ、やっぱり私の好きな人は世界一可愛い。博士に初めてこんなに名前を呼ばれた。嬉しい、抱きしめてあげたい。嗚呼…でもどんなに頑張ってももう身体が動かない、こんなんじゃ多分もうすぐ思考も停止する。博士…そんなに泣かないでよ、そんなに泣かれたら逝きにくいじゃないか。泣くくらいだったらせめて博士の口から愛してるって、大好きだって言われたかった。博士の名前を私に書いてもらいたかったし、博士とやりたいこといっぱいだったのにな。もうさよならなんて私、欲張りすぎちゃったかな。でも、これで博士から私という汚い存在が綺麗さっぱり消えるのは、博士にとっていいことなのかもしれない。
博士…。博士は隠していたかもしれないけど私のことを私と似ているあの人と重ねてみていたことなんてとっくにわかっていたんです、なのに貴方のその幼く可愛い恋心を利用していたんだ。最初の頃は今みたいに私の性格やら接し方はこんなに明るくなかったんだよ?でも、博士があまりに綺麗な世界を見せてくれたから、その世界で生きる博士がとてつもなく綺麗に感じて私は……僕は貴方の生きるこの世界を知りたくなったんです。貴方と、この地球と共存していこうと思えたんだ。
博士。私はあなたをいつまでも、永遠に愛しています。今までありがとう。大好きです