テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#復讐
草原草原(くさはらそうげん)

1,510
木風
791
#サレ妻
都築七美
1,141
午後、企画室の机に、進行表を二枚並べた。
左が、客用。ひなのが見る紙。十七時半開場、十八時入場、十八時十五分映像、十八時三十分部長の挨拶、十八時四十分指輪、十八時四十五分お母様へ、十九時乾杯。司会の欄に『佐倉』。
右が、本当の。
同じ時刻が並んでいる。違うのは、行と行のあいだに書き込まれた、小さな字だった。
『17:30 開場。表の担当:三浦。電話は「高梨は休みです」』
『17:50 全員着席。主賓席の隣、高梨恵子様。一番後ろ、オーナー。壁際、報道』
『18:00 入場。目隠し。石畳三十歩。司会台のマイク、入れる』
『18:01 司会の名乗り』
『18:15 映像。一枚五秒。日付が先、二秒遅れて言葉。六十枚。最後、黒』
『18:30 大森部長の挨拶』
『18:35 花束。「奥様へ」。渡すのは大森部長。受け取るのは、奥様』
『18:40 指輪。曲。『彼の大事な曲♡』』
『18:45 桐谷様、お母様の席へ』
『18:50 柴田様に、お聞きする』
『19:00 乾杯』
美咲が、右の紙の『18:01』の行に、指を置いた。
「司会の名乗り、って。『本日の司会は佐倉が務めます』じゃないんですか」
「違う」
「何て言うんですか」
「まだ、決めてない」
本当は、決めていた。決めたことを、口に出す場所は、まだなかった。
美咲の指が、『18:50』に下りた。
「柴田様に、お聞きする。何を聞くんですか」
「本当のこと」
「誰が」
「司会が。マイクで。会場の全員に聞こえるように」
美咲は、指を離した。
「……柴田さん、答えますかね」
「答えると言った。答えて終わる人はいない、と言ったら」
「本当ですか、それ」
「本当」
美咲は、紙を見たまま、「じゃあ、そこも秒数、取っておきます」と言った。
若林が、万年筆で、右の紙を写していた。一行ずつ。時刻と、字と、全部。
「若林さん、それは」
「一ノ瀬の分です。本当のほうを、一ノ瀬は一番後ろの席で持っています」
「……はい」
「客用は、依頼者に。本当のは、私と、三浦さんと、一ノ瀬と、佐倉さん。四枚」
若林は、写し終えた紙を、手帳に挟んだ。
「期限は、十二日の十七時です。それまで、この紙は、この部屋から出ません」
◇
十五時に、ひなのが来た。
打ち合わせではなかった。小さな紙袋を一つ持って、企画室の扉の前に立っていた。
「佐倉さん、これ」
紙袋から、箱が出た。紺色の、四角い箱。
「指輪。彼に渡すやつ」
ひなのは、箱を開けた。男物の指輪が、一つ。平たい、銀色。
「当日まで、預かって。彼に見つかると困るから。私の部屋、彼がいるでしょ、ずっと」
「かしこまりました」
「刻印、見て」
ひなのは、指輪を箱から出して、内側を私に向けた。
『H to Y 12.12』
「HからYへ。十二月十二日。奥さんのと、同じ日付にしたの。上書きだから」
私は、指輪を見た。
『Y to S 2021.12.12』。五年前、悠人から私へ。YからSへ。
『H to Y 12.12』。ひなのから悠人へ。HからYへ。
文字が、一つずれていた。
「お預かりします。式場の金庫に」
「金庫。いいね」
ひなのは、指輪を箱に戻し、箱を私に渡した。
「十八時四十分、よろしく。曲と一緒に」
「ご指定どおりに」
ひなのが帰ったあと、私は企画室の引き出しを開け、封筒を出した。
封筒の中の、自分の指輪。それを、封筒ごと持って、金庫の前に立った。鍵は、名札の裏にある。
金庫を開けた。母の形見の帯留め。通帳の写し。実印。祖母の時計。
その隣に、封筒を置いた。封筒の隣に、紺色の箱を置いた。
二つの指輪が、金庫の中で、十センチ離れて並んだ。
扉を閉めて、鍵をかけた。
◇
夕方、若林が、もう一度企画室に来た。
「社長が、十二日に来ます」
「……社長」
「グランシエルの。一ノ瀬の父です。新ブランドの発表ですから、本部の最初の実績を、自分の目で見ると」
私は、席次表の板を見た。一番後ろに、一ノ瀬のピン。その隣に、空いた場所はなかった。
「席は」
「一ノ瀬の隣に、と。本人が、そう言っています。一ノ瀬ではなく、社長が」
「分かりました」
私は、ピンの箱から一本取って、一ノ瀬の隣に刺した。赤いピンが、一番後ろに、二本。
「佐倉さん」
若林は、扉のところで言った。
「社長は、数字しか見ません。十二日の式が、新ブランドの数字になるかどうかだけを見ます。それ以外のことが起きたら、それは一ノ瀬の責任になります」
「……はい」
「言っておくべきだと思ったので」
若林は、出ていった。
◇
ラウンジの扉をノックした。
「入れ」
一ノ瀬は、窓を背にしていた。机の上に、若林が写した、本当の進行表があった。
「社長が、いらっしゃると」
「聞いた」
「席は、オーナーの隣に」
「父が、そう言ったんだろう」
「はい」
一ノ瀬は、進行表を、指で一度だけ叩いた。『18:01 司会の名乗り』の行だった。
「それでも、やりますか」
私は聞いた。
一ノ瀬は、顔を上げなかった。
「契約書どおりに、やれ」
「落ちるのは」
「彼一人だ」
一ノ瀬は、進行表を、引き出しに入れた。鍵をかけた。
「……父が来ても、同じだ」
コメント
1件
おお、これは…背筋が冷たくなる展開だわ。表の進行表と本当の進行表、その差がもう物語ってるし、「柴田様に本当のことを聞く」ってくだりはゾクゾクした。佐倉さんの過去の指輪とひなのちゃんの指輪が金庫で十センチ離れて並ぶ描写、美しいけど痛いわ。一ノ瀬の「落ちるのは彼一人だ」って台詞、めっちゃ重いし決意感じる。次どうなるか完全に気になる🔥