テラーノベル
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木曜の朝七時、企画室の扉を開ける前に、スマホが震えた。
柴田だった。
『すみません。送ります。昨日の夜、高梨さんから来たやつです』
画面の写しが、二枚。
『十二日、紗英が式場に来たら連絡しろ。お前、式場に知り合いいるだろ。担当の佐倉とかいう女。あいつに聞いとけ』
『もし紗英が騒いだら、お前は「最近様子がおかしかった」と言え。不安定だったって。会社のやつらの前で。頼む』
『すみません。送りました。俺、言いません。「様子がおかしかった」とか、言わないです。本当のことしか、言わないです』
私は、企画室に入って、鍵を閉めた。
机の上で、二枚の写しを、もう一度読んだ。
担当の佐倉とかいう女。
不安定だったって。
悠人は、私が騒ぐ場合の筋書きを、もう作っていた。騒いだら、妻は不安定だった。会社の人の前で、後輩に言わせる。妻の職場で、妻の式場で、妻の担当した式で。
私は、封筒を金庫から出し、二枚の写しを印刷して、入れた。柴田の記録の、一番上に。封筒は、また少し厚くなった。厚くしたのは、今日も私ではなかった。
封筒を閉じる前に、本当の進行表の『18:50』の行を見た。柴田様に、お聞きする。
聞くことが、一つ増えた。
◇
昼、ひなのの最後の打ち合わせだった。
打ち合わせ室。ひなのは、今日はかれんを連れていなかった。一人で、スマホも、テーブルに伏せて置いていた。
「明後日ですね」
「はい」
「全部、確認したい」
ひなのは、客用の進行表を、一行ずつ指でなぞった。十七時半。十八時。目隠し。映像。部長。指輪。曲。お母さん。乾杯。
「目隠しは、私が家で彼にする。車で、ここまで。門のところで降りて、私が手を引く」
「石畳は、三十歩です。足元は、灯りがあります」
「彼、転ばない?」
「私が、門で、歩数をお伝えします」
「うん」
ひなのは、進行表を置いた。置いてから、私を見た。
「佐倉さん。高梨さん、本当に出ないですよね?」
「本日付で、高梨は、十二日の勤務から外しました」
私は言った。
「式場の表の名簿に、高梨の名前はありません。十二日、この式場に、高梨は、おりません」
「よかった」
ひなのは、息を吐いた。
「彼が、昨日言ってたの。『妻は実家に帰す』って。『有休取らせた』って。やっぱり、彼は分かってる。私のために、ちゃんとしてくれる」
「……そうですか」
「それでね、佐倉さん」
ひなのは、テーブルの上で、両手を組んだ。
「私が彼にプロポーズするとき、泣いてくれる?」
私は、ひなのの顔を見た。
歯を見せない顔だった。初めて見る、本当に何かを頼む顔。
「司会の人が泣いてくれたら、みんな泣くでしょ。会場が、泣くでしょ。それが、私の一番見たい画なの」
「泣かないのが、仕事ですので」
私は言った。
「司会は、何も足しません。名前を言って、順番を言って、時間を守ります。泣くのは、お客様です」
「……地味」
「はい」
「でも、まあ、いいか。佐倉さんが泣かなくても、みんな泣くし」
ひなのは、スマホを取り、顔の高さに構えた。『あと2日♡ 地味な司会さんは泣かないんだって』と打っているのが見えた。
「最後に一つ、お伝えします」
私は、立ち上がった。
「十二日、私は十七時から、司会台を離れません。式が終わるまで。何があっても」
「何かあるの?」
「何もありません。司会は、そういうものです」
ひなのは、「変なの」と言って笑った。歯を見せる笑いに、戻っていた。
◇
夜、企画室。
席次表の板の前に立っていた。赤いピンが、三十九本。主賓席。その隣。右に十人。左に二十人。壁際に五本。一番後ろに二本。
美咲が十八時に帰るとき、「チーフ、今日は帰る命令、出てませんよ」と言った。出ていないから、残った。残って、板の前で、一本ずつ、名前を声に出さずに読んだ。読み終えるのに、十分かかった。十年で、一番長い席次表だった。
二十時に、スマホが鳴った。
悠人だった。
「勝った!」
声が、受話器から溢れた。
「勝ったぞ、紗英。うちだ。アクセルだ。三社の中で、うちが取った。社長が、その場で言ったんだ。『十二の約束で行く』って」
「そう」
「一ノ瀬さんも、うなずいてた。あの人、俺の顔見て、うなずいたんだ。分かるか。あの一ノ瀬が」
「おめでとう」
「お前の式場、俺が救ってやったんだ。これで、ミモザガーデンはグランシエルの新ブランドの一号店だ。俺の企画で。お前の給料は、俺が守った。言っただろ」
私は、板を見ていた。主賓席のピン。入口から十二歩。全員から見える席。
「十二日は、実家で待ってろ。親父さんと、ゆっくりしてこい。帰ったら、プレゼントだ。三万とか言わない。もっといいやつ」
「分かった」
「ピッチの打ち上げ、明日の夜だ。ホテルで。グランシエルのやつらも来る。俺、主役だから」
「そう」
悠人は、笑った。電話の向こうで、長く笑った。
「いやあ、ほんと」
笑い終えて、悠人は言った。
「飾り付け屋の嫁を持った甲斐があったよ」
四百二十五。
私は、板の一番後ろのピンを、二本、指で確かめた。
「おめでとう」
#復讐
草原草原(くさはらそうげん)

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木風
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#サレ妻
都築七美
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コメント
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うわ……この話、読んでてじわじわ来た……(小声) 柴田が「言いません」って必死に伝えてくれたの、泣ける。悠人の「不安定だったって言え」っていう指示がもう、本当に嫌な男すぎてムカつくし、紗英さんが黙って封筒を分厚くしていく感じが胸に刺さる。 ひなのの「泣いてくれる?」も深かったな。紗英さんの「泣かないのが仕事です」がちゃんとプロで、そこがまた切ない。 最後の悠人の電話、「飾り付け屋の嫁を持った甲斐があった」って台詞が一番重かった。紗英さんはずっとピンを数えて耐えてるんだね……次が気になる🥀