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#短編
水底 ずい
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「───ねむ」
季節は晩秋のこと。四時近くになろうかという今、カーテンの隙間から見える外はだいぶ日が傾き始めていた。全体的に鈍色がかった空に夕焼けのような空模様は見えず、ただ少しずつ暗い様相を呈している。
七限目も漸く終わりに近付き、私は思わず大きなあくびを一つした。教科書で隠そうとも思ったが、今日はスライド映写機を使った授業である。スクリーンの明かりが煌々と教室内で輝く中、それ以外の光源はカーテンの隙間から射す仄かな自然光だけだった。
先生はスクリーンに投影されたものを説明しつつ、時折黒板に何かを書き示している。クラスメイトたちは絶妙な暗さと授業における体力の限界が相まってか、殆どが居眠りをしていた。かくいう私も先程からあくびに続く意識の解離に、ノートに書かれた文字は最早判読不能だ。
「この太字部分は重要だから覚えておくようにね。試験にも出るよ」
先生は黒板に注視したまま、試験についてさらりと言う。試験、という言葉に何人かは起きたようだったが、それでもクラスの半数以上が眠りについたままだった。
片肘をつきながら視線だけを巡らせていると、右斜め前に座るクラスメイトの影が突然ゆらりと動いた。それは煙が燻るような状態から、少しずつ人間の形を成し、やがて彼から切り離されるように歩きだしてしまった。
「え、……」
思わず口をついて出てきた言葉だったが、とりあえず見てはいけないもののような気がした。他のクラスメイトは誰も気付いていないし、当の本人も机に突っ伏して寝ている。見なかったことにしようと思った。
だが、ふと先程の場所に視線を戻すと、あの影はどこにも見当たらない。考えてもみれば、視界外より視界内にいてくれた方が有難いのだ。
咄嗟に視線を正面から横にずらすと、そこには私を覗き込むようにして立つあの黒い影が立っていた。
「─────ひ、」
口から空気が抜け、自分でも分かる程に目が開いている。影は私の横から正面にゆったり移動すると、まるで覆いかぶさるように視界を塞いでいった。
正面のスクリーンなど殆ど見えず、私の視界には真っ黒な闇が広がっている。恐らく、そこが影の顔だろうという確信があった。
影は当初よりも更に影らしい色と輪廓になり、私から顔を離すと再び人の形を成していった。顔も表情も見えないが、その顔は終始にやにやとした厭な笑いを湛えている。
この影はあの彼のものだろうか、そう思った瞬間、机と椅子がひっくり返るような大きな音が教室中に響き渡った。影の向こう側で、先程まで眠っていた件の彼が机上の教科書類を巻き散らしながら椅子から転げ落ちている。
「え、ちょっと大丈夫?」
前方のクラスメイトが呆気にとられながらも、彼の肩口に向かって声をかけていた。室内は一気にざわつき始め、隣近所のクラスメイトからは揶揄いの声が漏れる。
ぱちん、という小気味よい音が途端に教室を明るくさせた。
蛍光灯の白い光が目に刺さり、私は思わず顔を顰める。目の前の黒い影は跡形もなく消え去っていたが、床に転がるクラスメイトは相変わらず微動だにしない。
「おい、大丈夫かよ」
のっぴきならない状況であると察したのか、先生やクラスメイトがバタバタと動き始め、内外に不穏な空気が連鎖しだした。養護教諭や他クラスの先生がやってくると、野次馬たちが集まってくるような声も聞こえ始める。
私はサイレンの音を遠巻きに聞きながら、廊下側からの視線に顔をあげた。教室の窓から見える廊下では、物珍しさからやってきた生徒に交ざり、暗がりに佇むあの影がこちらを見つめている。
それは、相変わらず私を覗き込むような姿勢で笑っていたが、やがて人の往来に飲み込まれるよう、いつの間にかその姿は消えてしまっていた。
コメント
1件
わあ、めっちゃ不気味でぞわぞわした……! 教室の薄暗い空気と、影が勝手に動き出す描写がリアルで、自分もその場にいるみたいだった。特に影が真正面から覆いかぶさってくるシーン、息が止まるかと思った。最後、廊下の暗がりに消えていくのも、まだ続きがありそうで気になる……。こういう日常に潜む違和感を丁寧に描くの、本当に上手いと思います。続き、静かに待ってます🌙