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馬車では、隣にシェナ、向かいに殿下という配置になった。
いざ真ん前に座られると、コミュ症が発動して何も話せない。
というか、殿下は私を直視しすぎじゃないでしょうか?
なのに何も話さない。質問もない。ただ、私を見ているだけ。
……何なの?
そんな居辛い空間から逃れたくて、視線だけは外に向けた。
窓から見える街並みは、およそヨーロッパ建築らしい雰囲気で、観光にでも来たような気分を味わえた。
――異世界って、やっぱり中世くらいの感じなんだ。
そういえば魔王さまとは王城の、城壁の中しか記憶にない。
巨大な魔獣雀に乗って移動した時は、雀を愛でることでいっぱいで、景色を見るのを忘れていたから……。
(えっ――?)
あやうく、声が漏れそうだった。
街の中にも城壁があるなぁと思っていたそれを潜ると、次の景色は近代建築ばかりになったから。
さほど高いビルではないけど、それでもコンクリートとガラスで四角くそびえ立つ建物達は……オフィス街そのものだ。
「ここから車に乗り換えよう。この馬車はお忍び用だから揺れるんだ」
殿下がそう言い終わる頃には、馬車が止まって外から扉が開かれた。
「さ。お手を」
慣れたエスコートに身を任せて、置かれた小さな階段をそろりと降りると……リムジンが待っていた。
(驚いたけど……一度声を我慢したものだから、もうずっと我慢するしかなくなっちゃったわね)
「これは初めてかい? それとも、乗ったことくらいはある?」
この質問は、車に対してなのか、『リムジン』に対してなのか。
「……初めてです。そもそも、こんな街並みが……」
この世界に来てからは、全部初めてだから嘘ではない。
けども、そもそも考えてみたら、素性を隠して生活する感じだったのに、どうして私は王子なんかについて来てしまったの?
ちょっとイイ生活が送れるのかも~、なんて甘いこと考えて、根掘り葉掘り聞かれたらどうするのよ。私はバカだ……超のつくバカだ……。
ちらりとシェナを見て、心でごめんねと謝った。
そのシェナは、低めのビルとはいえ高い建物を見上げて、不思議そうな顔をしている。
「そちらの侍女は、こんな街を見るのが本当に初めてのようだね」
あぁ~。もうこれ、何か気付かれてるよね?
どうしようどうしよう。
そうだ、この人のレベルを見てみよう。低ければ問題ないはず。
と思って殿下の頭上を見ると――Lv.77の文字がうっすらと。
(ダメだぁぁ! 強そうじゃん! ていうか、そもそも私のレベルが見えないのよ!)
比較できるのは、魔王さまと比べて強いか弱いかだけだった。
(意味なーい!)
無言で乗り込んで、無言のまま窓の外を見ているけど……沈黙はそのまま、そうですと言っているのと同じ。
馬車の時と同じ配置に座っているのは、リムジンならでは。
そして同じように、めちゃくちゃ見られてる。
「ハハハ。いじわるだと思わないでくれよ? 少しからかってみたくなっただけだ。気を引きたくてね。でもこれは失敗だったかな。お詫びに色々と白状しよう」
そこまで言われて、さすがに殿下と視線を交わした。
でも、私はまだ何も話さない。
最後の抵抗というやつだ……けど、裏目に出ませんように。
「この世界はね、数年に一度、多い時は毎年だ。転生者が現れる。この国だけでだ。他の国も探らせているが、我が国が最も多い。他国はこの数分の一程度。それでね、王族や一部の貴族達は、転生者を一目で見分ける術を持っている」
「え、そうなんです――ヵ」
(そうなんですか、じゃなーーーい!)
もう! すぐに声に出しちゃって私のばか!
カマかけだったらどうするのよおおおおおおお!
「ハッハッハ! 君は素直過ぎるね。カマをかけただけだったら、どうするつもりだったんだ? ま、話は本当だし、だから私は君を連れて来たんだけどね」
「……悪いお人ですね」
王侯貴族ともなると、権謀術数に長けているに違いないのに。
私はどこか、匿ってもらえるのだという緩い考えで乗ってしまった。
シェナはというと、いつか噛みつきそうな感情のない真顔で、殿下をじっと見ている。
(お願い、暴れないでよぉぉ?)
「いいや。本当に悪いようにはしない。……つもりだ。聖女の再来ともなれば、国で保護しなくては他国の間者に暗殺されてしまうからね」
「い……いやです、そんなの。ていうか、そんなに大ごとなんですか?」
「大事だとも。少し触れるだけであらゆる傷を癒し、猛毒さえも消してしまう。それは臣民の希望と団結を生むし……戦場では奇跡の具現が後ろに居るとなれば、士気も大きく跳ね上がる。それが敵側に居たら、君ならどうする? 真っ先に消しておきたくなるだろう?」
消しておきたくなるって……普通はそういう考えにはならないと思うけど。
「戦争ばかりなんですね。どの世界も」
「ああ。人に向上心がある限り、嫉妬も怨嗟も消えはしない。発展の原動力は、戦争の引き金となる。仕方のないことさ」
これは……達観しているのか、イヤなものを見過ぎた結果か……普通に笑顔でさらっと言える言葉じゃない。
「そんな顔しないでくれ。忠告ではあるが、脅しではない。自由に街で暮らしたいなら、極力は協力する。でも、王宮に入ってくれた方が……我々としても護りやすいのは確かだ」
「……します」
私は、俯いてしまった。
そんな国の一大事に、組み込まれるつもりなんて……なかったのに。
魔王さまに、軽い感じで行ってこいと言われて、それならきっと大したことなんてなくて、ちょっとだけスリリングな感じを味わったらすぐに帰ろうって。
そのくらいの気持ちだったのに。
「すまない、聞き取れなかった」
「……おねがい、します」
よく分からない世界で、文明もごちゃ混ぜで、銃とかもあるとしたら……国レベルで雇った暗殺者から、私とシェナだけで生き延びられるとは思えない。
……いや、再生があるし、竜王の加護もあるからもしかしたら……大丈夫なのかな?
自分の力量が分からないから、逃げた方がいいのか、逃げなくてもいいのか。何も分からない。
「……そんなに深刻になる必要はない。我が国は世界でもトップの方だ。経済力も軍事力もね。だから安心してくれ」
……お爺さんに教わった常識だと、魔族はいつでも世界を牛耳れるし、何なら魔王さま一人で征服出来るくらいだ、ってことだったのに。
魔族の常識がズレた可哀想な感じなのか、こっちの王子の話が盛ってるのか、どっちが本当か分からない……。
何を信じていいのか分からなくて、私はまた、窓の外を眺めた。
そこには、空を飛ぶ車や船が、一定の規則性を持って飛び交っているのが見えた。
何なら人も何人か飛んでいる。
「……うそぉ?」
やっていることは魔族と同じでも、こっちはどちらかというと、地べたをはいつくばっているものだと……。しかも、近代建築よりも建物の構造が……進んでいるような気がする。
「ああ、商業区に入ったか。中央区はまた静かなものだけどね。君の時代でも、人はまだ空を飛んでいないのか? ここでは、科学と魔法を融合させた学者が居てね。これこそ我が国が、世界でトップたる所以だよ」