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王宮に案内すると言われて、リムジンに乗ったまま長いトンネルに入った。
直通で便利なのだと。
でも、まるで目隠しをされたようで落ち着かなかった。
青いガイドビームが、比較的広い壁と床を照らしているのが見えるだけ。
この光が科学なのか魔法なのか、そういう説明もないまま、王宮がいかに住みやすいかを殿下は話し続けている。
お互いに簡単な自己紹介を済ませた後からは、延々と。
「何か、苦手な食べ物はあるか?」
「……いいえ、とくには」
随分と長く感じる。
会話にも飽きてしまって、私は素っ気ない返事しかしていない。
それに対して殿下は、怒るでもなく不機嫌になるでもなく、普通に話を続けられるのが空恐ろしく感じるくらいに、平然としている。
「そういえば、最近は軍に新しい試みがあってね。悩みの種なんだが……もしかすると、サラに迷惑をかけるかもしれない。というか、兄絡みなんだ。きっと不愉快な思いをさせてしまう。それだけは、先に謝らせてほしい」
「…………お世話になるのです。お気になさらずに」
何を後出しに言われるのかと思っていたから、まだマシな部類の話かもしれないと、正直なところ安堵した。
素性を探られるのが一番面倒で、保証書に書かれていること以外はどう答えれば正解なのか、全く読めないから。
……それなのに、自分からこんな所に乗り込むなんて……本当に私はバカなんだと思う。
後悔先に立たずって、バカのためにある言葉なのね。
**
トンネルから出ると、すぐに王宮の入り口らしかった。
殿下の流れるようなエスコートでリムジンを降りると、荘厳な中世さながらのお城がそびえていた。
海外旅行なんてしたことがないから、ヨーロッパのお城を間近で見るとこんなだろうかと、口が開いていることも気付かずに見上げてしまっていた。
「サラお嬢様、こちらです」
少し茶化すように、殿下は立ち尽くしていた私を促した。
……殿下は、私よりも口を開かないシェナには、目配せしかしなくなっている。
それだってシェナには意味が無くて、不安な状況だというのにそれが妙におかしかった。
**
王宮に入る手前に訓練場の一つがあって、ちょうど剣と銃を用いた実践訓練を行っていた。
銃はマシンガンで、両手で扱っている……のは、私もテレビなんかで見たことはあるけど、彼らの銃からは玉ではなく、光るものが発射されている。
「すまないね。本来なら、ここは正当な騎士団しか使用できない場なのだが。……あれはね、魔力弾だ。実弾に魔力が込められていて、今は訓練用だから当たっても怪我はしない。実弾が切れても、魔力だけを撃つ事も出来る。が、そこまで魔力の多い者は少なくてね。実弾頼りだ」
殿下はどこか、つまらなそうな口ぶりだった。
もしかすると、これが悩みの種なのかなと思った。
それは、この兵士達がどうにも、この殿下とはそぐわない印象だから。
彼らは兵士というよりは、寄せ集めの傭兵もどきのように見える。
統制されているのは、軍用の服や装備だけで。
そんなことを思っていると銃の撃ち合いが終わり、今度は腰の剣を抜いて斬り合いが始まった。
白兵戦といっても、お互いに銃を持っているなら、実際に斬り合うことはほとんどなさそうだけど。訓練だからだろう、一斉に剣を抜いて斬り合いらしき戦いが始まった。
なのに……なんだか、もったりとした動きだし、そもそも遅いような。
「あれって、訓練だから手加減しているんですね。随分と動きが遅いですし」
歩きながら話していたものだから、その言葉を発した間が悪くて……指揮官らしき人の側で普通に言ってしまった。
聞こえてなければいいのになぁ、なんて。でも、そこまで都合よくいかなかった。
「今、誰が何と言ったか」
その声は落ち着いた声色なのに、明らかに怒気を放っている。
「軍曹。訓練ご苦労。すまないな、彼女は私の客人だ。容赦してほしい」
殿下は、ほら来たとばかりに私の前に立ってくれた。
「いえ、これを見てその感想であるならば、奴らへの良い手本を見せて頂けるものだと。ぜひご指導願いたい」
「す、すみません。その、本当に、失礼を……」
平謝りで切り抜けよう。竜王さんみたいなことをここでもされたら、私は魔王さまのところに逃げ帰りたくなっちゃうから。
「軍曹。目くじらを立てるほどのことか」
「当然です。こんなお嬢さんにのろまだと言われる程ですから、その素早い動きだけでも見せていただかなくては。訓練向上のためです。それは国のためということです。殿下」
うわぁ……ダメっぽい。これ、ダメかもしれない流れだ。
「……私の顔に免じることも出来ないと?」
「出来ません。軍事は国の要です。いかに殿下であろうと、というよりも、ならばこそではありませんか」
「……仕方がない。すまないが……サラ。彼の気の済むように付き合ってやってくれ。文句は後で存分に聞く」
折れるのが早い……良いように考えるなら、長引かせようと無駄だからしょうがなく、ということかもしれないけれど。
「……はい。元はと言えば、私が悪いんですし。わかりました……」
あぁもう、そもそもが、ここに来てから最悪。というか、突然飛ばした魔王さまに、今夜いっぱい文句言ってやる……。
まぁ……私もウカツだったけどさぁ……。
「おや、お嬢さん。金細工の付いた剣とは立派なものをお持ちではないか。それで構わないから、手本を見せてくれ。振れるものなら、ですが」
「はぁ……」
ものすごい上から見下ろして、ニヤニヤとして嫌な感じ。
背が私より高いから見下ろすのはまだ……まだ許すとしても。
あからさまに煽ってくるのは、どうなのと思う。血の気の多い軍人なんて、危なっかしいんじゃないのかな。
「いつでもどうぞ。お嬢さん」
明らかに、見下した意味であえて、お嬢さんと言っているのが分かる。
「……それじゃ、教わったのをやってみます」
納得いかない気分ではあるけど、殿下で収められないのだからやるしかない。
――私の剣技は、魔王さま仕込み。
才能がなくて……途中で破門されちゃったけど。
でもさすがに、この人達よりは絶対に早く振れるもの。剣筋だって、才能の無い私の方が綺麗よ。
ちなみに、存在感を消してるシェナは、私がチラリと見たら微笑んでくれた。
でもそれ……何の微笑みなのよぉ。
とにかく、剣を抜いてからすぐに二回。切っ先で孤を描いた。
抜き掛けに油断するバカ(私)が居るから、すぐに斬れと言われたのを思い出しながら。
続けて、最低でも一度に二つ。普通なら三つ。
剣の重みに全体重を乗せるように、瞬間的に振り抜く。
ただ歩くように歩を進め、もしくは左右前後に揺らめくように。
剣筋が途切れないように。
息が切れないように。
ただ相手を斬り続け、隙無く。
ガードをあえて誘うように、そして開いたところに、最も鋭い一撃を。
……要求されてること、難しいよねぇ?
ちなみに、ガードを誘ったりこじ開けたりするのは、まだ初歩なんだって。
そして、この一連の流れは、たぶん十秒くらいかかったと思う。
これを本来なら、二、三秒以内に全部出来ないといけない。
魔王さまがお手本を見せてくれるんだから、可能は可能らしい。
「はぁ。ヤなこと思い出しちゃった」
実戦形式の訓練で、大好きな魔王さまに手足を斬り落とされたこと。
きっと一生忘れない。
「……な、なるほど。随分と素早い動き、見事だった。言うだけはある」
そういえば、この軍曹さんが納得するまで、終わらない感じだったんだ。
「だが、対錬ではどうかな。くるくると舞うばかりでは、相手は倒せんからな」
「ハイ……ソウデスヨネ」
どうしても、剣で対錬と聞くと、感情が消えてしまう。
この人達が、魔王さまみたいな芸当は……出来ないだろうけど。
それでもやっぱり、刷り込まれた恐怖は、そう抜けてくれるわけがない。
「ライゼ! 出ろ!」
ハッ。という威勢のいい返事と共に、ちょっといじわるそうな人が前に出てきた。
「こやつと一戦、稽古をつけてやってほしい。良いだろう? お嬢さん」
さっき、倒せないだろうって言ってたくせに稽古をつけてくれだって。
「ハイ、ドウゾ」
斬られないためには、斬るしかない。
いや、訓練だから違う?
でも、相手も真剣を抜いてる……よね。
「あの、これって、寸止めみたいな感じですか――」
「始めえッ!」
「え、ちょっ」
なんて戸惑っている間に、いじわるそうな人はニヤつきながら、思いきり突進してきた。
――あぁ、もう間合いに入った。
間合いに入ったものは、戦場では全て斬れ。と、教わった。
それは初歩の話で、慣れたらそれが何かを見極めてから斬れと。
そんなことを思い出しながら、剣先を揺らすような感じで足元からの力を伝えて突いた。
真っ直ぐ、振りかぶった相手の肩を狙って。
振り下ろす前なら肩を突け、振り下ろしかけているなら軸をずらして、腕を斬れ。
そんなの、戦いの一瞬で選べるわけがない――そう思っていたけど。
なんか……本当に遅い人だなぁ。というのが、率直な感想だった。
「あ。分かった。いじわるな振りして、私を庇ってくれてたんだ?」
いじわるな顔つきをしてるから、すぐに分からなかった。
「う、うああああああ! 肩が! 肩があああああ!」
――おぅ。
大袈裟に後ろに跳ねたなぁと思っていたら。
なんか、めっちゃ血が出てる……。
「きっ、貴様! 加減を知らんのか! この――!」
軍曹は激昂している?
その言葉を発するよりも先に、剣を抜いて私に斬りかかってきた。
――っていう、フリなのかな?
やっぱり遅いし、斜め十字に無駄に振り回しながら向かってくるから、さっきの人と同じくらい隙が大きい。
「えぃ」
振り下ろし動作を見切ってから体をずらして、下から合わせて上へと剣を跳ね上げる。
腕だけじゃなくて、やっぱり足元からの力を伝えて、一瞬で全体重と剣の重みが最大になる位置で軍曹の腕に当てた。
黒刃の剣の軌跡が、綺麗な半円を描く。
――やっぱり、この剣はとっても綺麗。
斬る動作の時の、この煌きが何とも言えない。
まるで自ら光っているみたいに、切っ先が中空に映す極細の光のライン。
「う?」
私の側まで走り寄ったものの、振り下ろすものが無くなって驚いてる……みたいな。
途中から放り投げられた軍曹の剣と、さっきまで繋がっていたはずの腕は……。
ぼとりと先に腕が落ちて、剣は後ろに居た、殿下の足元に刺さった。
「う、腕が……私の腕が……」
あらら。避けるか受けるか、すると思ったのに。
ていうか、普段ならこの後胴を薙ぐとか、首を狙った斬り返しをするのに止めてあげたから……なんか体が気持ち悪い。
血振りっぽく、三回くらいふりまわしとこぅ。
……それと、これって、治癒魔法の流れよね……。
「そ……そなたは治癒魔法だけではなく、剣の達人でもあるのだな。恐れ入った。恐れ入ったが……すまん。そやつらを治してやってはもらえないだろうか」
なんか、殿下からの呼ばれ方が、名前からそなたに格上げされつつ距離が遠くなった。