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その日の帰りは思いがけず快適に帰ることができた。というのもリリアは、セシルの使用している馬車が迎えに来たそうだ。 いつものようにシンシアと馬車停に行った時、その事をセリナに聞いたナーシャは、思わず嬉しさから顔が綻んだ。
「お嬢様、わかり易すぎますよ」
あまりにも、あからさまに喜び過ぎたため、セリナに苦言を呈されたが、シンシアもシンシアの侍女もナーシャの気持ちを察して、セリナを「まぁまぁ」と宥めてくれた。
「私もお嬢様のお気持ちは良く分かっておりますが、万が一誰か余計な者が見ていた場合、よくありません。あともう少しなのですから、気を引き締めて頂かなければ」
「そうね、気を付けるわ。セリナありがとう」
セリナの言葉を尤もだと思ったナーシャ。今が引き締め時だと、真顔で馬車に乗り込んだ。
それでも帰りの馬車の中は快適で、リリア一人がいないだけで、こんなにも違うのかとナーシャは改めて思った。
オリジエル侯爵家に着くと、今日も出迎えはなく、諦めと呆れも交えた溜息が溢れる。
そのまま自室に向かおうと歩き始めた時、ナーシャは久しぶりの人物に声を掛けられた。
「ナーシャ、おかえり」
「⋯お兄様、只今戻りました」
「うん、アレッどうして誰も出ていないんだ?」
そこはまだ、エントランスだった為、セシルは不思議に思ったのだろう。家人が帰宅したならば、使用人の出迎えがあるのが普通の貴族家だ。ましてやこの家は侯爵家、使用人の教育はちゃんとされているはずなのに、それがないということは、使用人がナーシャを侯爵家の者と認めて居ないことになる。
普通に考えれば|馘首《クビ》にされても文句の言えないのに、この家の使用人は平気でナーシャを蔑ろにしているのが明らかだった。
その事にセシルが気付いて、彼の顔に怒りの形相が浮かぶ。
その様子を見たナーシャは、兄のセシルが今更この事に気付いた事に内心で呆れていた。
本当に今更だ。
「ナーシャ、いつも出迎えはないのか?」
「⋯⋯」
「ナーシャ!」
セシルに詰問されたナーシャは、やり過ごす事は難しそうに思えて、溜息が出るのを我慢しながら頷いた。
すると、セシルは何処かに急いで行こうとしたため、ナーシャはそれを止める。
「お兄様!何処に行かれるのですか?」
「何処にって、父上の所に決まってるだろう。こんな事有り得ない!」
セシルの言葉は嫡男であるならば当然のことだが、ナーシャの為にするのであれば、それは迷惑だとナーシャは感じた。
「お兄様、止めてください」
「何故だ!お前はこの家の長女だ。私の妹なんだぞ。侮られていいわけがないだろう」
ナーシャはその言葉に驚きを隠せなかった。
本当に吃驚してしまって目を見開いてしまった。そんなナーシャの様子にセシルは怪訝な顔をする。
ナーシャはそれにも驚いた。
「お兄様、今に始まった事ではありません」
「えっ!どういう事だ?いつからだ!」
セシルの問いかけに、ナーシャは今度は思わず「フッ」と鼻で笑ってしまっていた。ナーシャは馬鹿にしたつもりはなかったのだろうと思えたが、セシルにはそう見えたかもしれないと、二人の様子を見ていたセリナは思った。
「見送りと出迎えがなくなって、もう一年以上は経ちますね。ですから今更なのです」
「どうして注意しないんだ。それにどうして私に言わなかった」
「⋯⋯」
「ナーシャ」
「お兄様、本当に《《今気付いたんですか》》?」
「どういう事だ?」
「このような場面、お兄様もお父様もお義姉様も、今までにも何度も見ていました。まさか気付いていないだなんて思いもしませんでした。兎に角、今更注意をしようとも、してもらおうとも思っていません。何もされなくても私は大丈夫です。では、帰ったばかりで学園の課題もありますので失礼致します」
ナーシャの言葉に、セシルはその場に立ち竦んでしまった。
ナーシャの今の言葉が信じられなかったのだ。
ナーシャの言葉が本当ならば、自分は見て見ぬふりをしていた事になる。
(いや、有り得ない。ナーシャの《《勘違いだ》》)
心の中でそう納得付けて安堵したものの、違うと脳内の何処かで叫ばれている様な気がして、居たたまれなくなり、父に用事があって|本邸《こちら》に来たのにも関わらず、急いで自身の住む別邸へと戻る為、庭に出る戸口へと向かった。
◇◇◇
部屋に戻ったナーシャは、セリナに着替えを手伝って貰いながら、先程のエントランスでの出来事を思い浮かべていた。
久しぶりに見る兄は、何事もないように笑顔でナーシャに接してきた。
ローランとの婚約解消から、初めて見る妹に彼は何の言葉も掛けなかった。
使用人の事で、それどころではなかったのかもしれないが、そもそも婚約解消から日はそんなに経っていない。
ローランはセシルの友人でもあるのに。
そこまで考えて、ナーシャは自身を嘲るように「はっ!」と声を上げた。
「お嬢様?」
突然、声を上げたナーシャに驚いてセリナが声を掛ける。
心配そうにするセリナに向けるナーシャの顔は、彼女にはどのように映っているのだろう。そんな事を考えながらナーシャはポツリと呟いた。
「セリナ、私まだお兄様に期待していたみたい」
「先程の事ですか?」
「ううん、そうではないわ。それを考えたら本当に今更だもの。ただね⋯私、婚約解消して、まだそんなに経ってないのよ⋯。お兄様は何とも思っていないのね。慰めの言葉を期待する私がいけないのね。ふふっ」
ナーシャの小さく笑う声が、セリナには悲しみと涙を堪えているように聞こえた。
コメント
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第11話読み終えたよ〜!セシルお兄様が今さら気づいた感じ、ナーシャの「本当に今気付いたんですか?」の一言がめっちゃ刺さった😭 ずっと無視されてたのに、期待してる自分がいるって気づくシーン、切なすぎる…セリナの冷静なツッコミも好きだよ!