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目の前で散った鮮血は、ラヴァインのくすんだ紅蓮とは違い鮮やかで、赤々しかった。


「うそぉ……」


何とも間抜けな声が出たが、それ以上に彼がラヴァインの肩を切り裂いたことが衝撃的だった。

ようやく意識が戻ってきた頃には、ボタ……ボタ……と彼の肩から赤い液体が流れ出ていた。


「今、俺は凄く機嫌が悪い」


と、弟の肩を切り裂いたアルベドは低く地響きするような声で言った。それがとても恐ろしく聞え、且つ何処か寂しそうにも聞えたため、私は耳を疑った。

彼の顔を見えなかったのは、彼が弟に手を挙げたからだろう。

そうでなくとも、痛々しい場面は見たくないと思ったから、私は顔を逸らしていた。リースも私に見えないようにと私を自分の赤いマントの中に入れてくれたので、視界の端でリースの表情が見えただけだった。

リースの顔は、今まで見た事がないくらい冷たく、恐ろしいものだった。

まるで、リースではない別の誰かのように感じられた。

そして、リースはアルベドに向かって言った。

リースの声はいつもよりずっと低いもので、怒りを押し殺したような口調だった。

しかし、アルベドはそんなリースを見てもなお、彼はその低い口調から直らなかった。


「機嫌がわるいっつったろ……それは、皇太子殿下のせいでもあるぜ」


そうアルベドは言うと、何処か諦めたように鼻で笑った。

どうせ、何も分かっちゃいないだろうと言うようなその声や様子は、私にも痛いほど伝わってきた。

リースはそんな彼の言葉を受けて、ピクリと眉を動かしたが、微動だにせず再度口を開く。


「無傷で捕らえると言っていなかったか?」

「いった覚えはねえな。それに、別に殺すとも言ってねえ」

「…………」

「利用価値はあるからな」


と、アルベドはラヴァインを見下ろした。

先ほどの会話の続き。リースとアルベドの意見は食い違っているようで、それでいてどちらも間違ってはいない。

意見が食い違っているというよりかは、互いを信頼しきっていないというか、互いの思いが相手に伝わっていないというか。それぞれに考えがあるだろうし、それを譲れないって言うのも分かった。それでも、彼らは歩み寄ろうとしないからぶつかる。そんな感じだった。


リースは、不安因子は潰したい。

アルベドは、ラヴァインは利用価値があるから捕らえるべきだ。

と、どちらも言っていることは分かるし、頷ける。

どっちが正しいというわけではない。けれど、どっちも譲らないからこうなっているのだろう。

確かに、このまま彼を殺せば情報を聞き出せない。だからといって、傷つければ何かしらの情報が聞き出せるかもわからない。

似たもの同士だからか。


(それでも、リースがアルベドの言葉に耳を傾けないのは、アルベドがラヴァインを庇っていると思っているから何だろうな……)


私がここでそれを言ったところで、リースの考えが変わるとは思わないし、アルベドを庇えば、またリースの機嫌が悪くなるような気がした。別に機嫌を取ろうと思って生きているわけではないが、私に口を挟む権利は無いと思ってしまったのだ。悪しからず。


「皇太子殿下、俺は言ったはずだぜ。信用しろって。俺の事、信用出来てねえから意見が食い違ってんだろうが」

「お前を信頼しろと?」

「皇太子殿下にたりないのはそれだろう」


と、アルベドが言えば、リースは強く拳を握った。

挑発されているとでも思ったのだろうか。しかし、アルベドにそのような意図はないと思う。ただ、リースを怒らせようとしているのではなく、単純に彼の本音なのかもしれない。

私はリースを信じている。リースが私の事を一番信じてくれていることを知っているし、リースはルーメンさんを信じている。

けれど、周りの人に対してはどうだろうか。

遥輝の時もそうだったけれど、リースは時々人を信じていないような言動を取ることがある。彼の生い立ちや、これまで受けてきた言葉や視線などを考えれば、彼が自分の容姿や実績などしか見ない人間が周りにいたせいで、人間不信になっているのは分からないでもない。それを知っているのは、私ぐらいだろう。


それを、アルベドは分かっていない。

まあ、聞こうともしないのだろうけど。それでも、リースはそういうことがあるから、きっとアルベドを信じ切れていないのだろう。ここまで無償で連れてきてくれて、それでいて私を助ける手伝いをしてくれて……それでも、ヘウンデウン教と繋がっているんじゃないかと、何処かで疑ってしまっているリース。

そんな彼が少し可愛そうに思えた。

信じようと思っても何処かでブレーキがかかってしまう彼が。


「リース……あのね」

「エトワール」


私は、リースの背中から顔を出して、彼に声を掛けた。

すると、リースは私を見るなり眉を下げた。


「アルベドの事、信用してもいいと思う」

「だが、エトワール」

「言いたいことは分かるよ。でも、前も言ったけど、彼はいつも私達を助けてくれて、私なんか一杯助けてもらったし。そりゃ、闇魔法の者だからとか、まだまだ分かんないこともあるだろうけどさ、敵……ではないと思うよ」


そう私が言えば、リースはアルベドの方を見た。

アルベドは、私たちが話している間、黙って聞いているだけだった。彼はリースが見つめてもなお、何も言わなかった。

リースは、しばらく彼を見ていたが、やがて小さく息をつくと、剣を納めてしまった。

そして、リースは言った。

それは、とても小さな声で、子供が親に怒られて謝るような、そんな声で。


「エトワールが言うなら……」

「リース」

「だが、全てが全て信用出来るわけじゃ無いし、そう簡単に俺の人間不信は直らないと思う。悪いな」

「謝ることないと思うよ」


そう言って、リースは私をマントの中から出した。

私が出て行くと、リースはアルベドに向き直った。その表情は、何処か申し訳なさそうなものだった。

しかし、アルベドはそんなリースを見て、呆れたように笑った。


「皇太子殿下は、ほんとエトワールに甘いな」

「悪かったな、お前以上にエトワールを愛しているからな」


と、リースはアルベドに返すと、アルベドはしょうがないなあ何て言う表情を浮べた。


「ちょっと、俺の事忘れてんじゃない?」


そう声が聞え、私達は意識の外へ追いやっていたラヴァインの存在を思い出した。

彼は、肩を押さえて息を切らしながら、それでいて私達を笑いながら見つめていた。その額には汗が滲んでいるというのに、まだ何処か余裕そうな笑みを浮べているのだ。

私は眉間に皺を寄せつつ、彼につけられた首かせに手をかける。


(これが消えていないって事は、まだ彼の魔力は残っているって事だよね……)


魔力が尽きれば、情緒が掻き乱されればその魔法は解除されるはずだからと、私はラヴァインを睨み付けた。

アルベドも、彼の存在をすっかり忘れていたと言わんばかりに懐からまた銀色に光るナイフを取りだした。彼の懐は無限にナイフがしまえるポケットかと突っ込みたかったが、今はそれどころではない。


「まだ、そんな口たたけんのかよ……自分の弟ながらに呆れるぜ」


アルベドはそう言って、ナイフをちらつかせてニヤリと笑った。

アルベドのその余裕な笑みを見て、もうそこまでラヴァインに危険はないのだと察する。でも、ラヴァインも余裕そうな笑みを浮べているために信用ならない。まだ、何かあるような気がしてならないのは彼だからだろう。

それかただ、虚勢を張っているだけなのか。


(どっちにしても、早く捕らえないと……)


私は魔法が使えない状態だから、二人のどっちかに魔法を発動してもらわないといけないのだが、アルベドは帰りの転移魔法の分も残しておかないといけないだろうし……と、リースを見る。だが、リースは拘束魔法など使えるのかと一瞬思ってしまった。

そもそも、光魔法は拘束などの魔法はあまり使えなはずである。

結局物理的に縛るしかないのだろうか。そう考えていると、ラヴァインが大きな声を出して笑い始めたのだ。


「あ~兄さん、ほんと甘いね。皇太子殿下に甘いとか言ってるけど、兄さんの方が甘々だよ」


と、笑う彼の顔からは、先ほどまでの焦りや恐怖感は感じられなかった。


それどころか、まるでこの状況を楽しんでいるような、そんな雰囲気さえ感じられる。

私は、そんなラヴァインの様子に警戒しつつ、彼に尋ねる。

すると、彼は私に向かってニッコリと笑って見せた。


(何で、笑えるのよ……!)


殴ってやりたい衝動に駆られつつ、私はリースのマントを強く引っ張った。何だか、身体が震えて動かないのだ。


「俺の首を切り落とせばそれですむ話なのに。矢っ張り、俺の事好きなんでしょ」

「誰が」

「兄さん言ってくれたじゃん、俺の事守ってくれるって、大好きだって」


そうラヴァインは言うと、アルベドに手を伸ばした。

アルベドはこれ以上近付いたらその手を切り落とすと脅したが、彼の耳には届いていないようだった。それどころか、彼の傷口がゆるやかに回復して言っている気がしたのだ。


(自動回復とか……あり? そもそも、回復魔法は自分ではかけられないはずなのに)


そんなふうに、ラヴァインはアルベドに迫ったが、ピタリとアルベドは動きを止めると「違う」ときっぱりと言い放った。

ラヴァインの笑顔がそこでかたまり、アルベドはため息をつくとその満月の瞳を細めた。


「俺の事大好きなのは、お前だろ、ラヴァイン」

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