テラーノベル
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M_Yuzu
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祭りの会場は浮ついた空気が漂い、薄暗くなりつつあるのに、人々の表情は高揚している。
浴衣の彼らも例外ではなく、祭りの熱気にすっかり当てられていた。
「屋台がいっぱいだなあ」
「あべちゃん、何食べる?」
阿部と佐久間が、並んだ屋台を見ながら相談し始める。
「最後に花火が上がるんだってさ」
道中に貰ったプログラムを見ながら、渡辺が言う。
「えぇなあ、花火」
向井が隣からプログラムを覗き込んだ。彼は首からカメラを下げている。
「ねえ、早く屋台覗きたい」
そわそわしながらラウールが言う。
「じゃあ、花火の時間にはまたここに戻ること。いい?」
全員を見渡して岩本は言った。はーい、と何人かが返事をする。
「よし、解散」
深澤がぱん、と手を叩いた。
「こうじ君、あっちから回ろ」
「ええよ、行こか」
早速、ラウールと向井が駆け出す。その2人の後に続いて歩き出すゆり組。
「…阿部、」
岩本は阿部と回りたいと、その手を取ろうとする。しかし、
「あべちゃん、たこ焼き?焼きそば?」
「えー、何にしよう」
「阿部ちゃん、かき氷もあるよ。行こう」
佐久間と目黒が、阿部をあっという間に連れ去った。
「一瞬で連れてかれたな」
深澤が3人の後ろ姿を見て、困惑する。岩本は不貞腐れながらも、3人が走って行った方へ歩き出した。
「屋台の焼きそばって、具ほとんどないけど、なんか買っちゃうよね」
「分かる。祭りだと買っちゃう」
阿部は、佐久間と隅のほうにしゃがみ込んで、キャベツの芯の部分ばかり入った焼きそばを頬張りながら笑う。
メイン会場からは、太鼓の音が聞こえた。盆踊りでも始まったのだろう。
「阿部ちゃん」
目黒がかき氷を手にして戻って来た。緑のシロップがかかったそれを、阿部が食べていた焼きそばと何食わぬ顔で交換する。
「何味、それ」
「メロンって書いてあった」
佐久間に問われて目黒は答える。そして阿部から受け取った焼きそばを、そのまま啜った。
少し離れた場所でその様子を見ていた岩本は、牛串を片手に唖然とした。
目黒が岩本を見てちょっと笑う。その挑発的な態度に、彼はあからさまに気分を害した。
「おい、蓮。やめとけ」
佐久間がやんわり嗜める。
「岩本くんの反応、面白くて」
笑いながら目黒は言った。素直にこっちに混ざれば良いのに、遠巻きに見て牽制して来るのだ。とにかく彼は、阿部を独占したいのだろう。だから隙をついて連れ出したい。が、それが分かると目黒としては邪魔したくなるのだった。
「ねえ、阿部…」
かき氷を口に運ぶ阿部に岩本は、痺れを切らして動きかける。
が、その時
「阿部ちゃん、あっちに瓶のラムネ売ってんだけどさ」
悠然と歩いて来た渡辺が、阿部に声を掛けた。
「瓶ラムネって、ビー玉で蓋してあるやつ?」
阿部が食いつく。
「そうそう。冷えてんの」
「いいな、飲みたい」
阿部は立ち上がり、今度は渡辺と肩を並べて歩いて行ってしまった。
渡辺がわざとあのタイミングで声をかけたのかはわからない。しかしまた阿部を連れ去られた岩本は、ポツンと取り残されて口を尖らせた。
飲み物の屋台には、氷水で冷やされたラムネが並んでいた。清涼感ある、夏っぽい光景がそそられる。
「じゃ、阿部ちゃん、俺これ」
渡辺が氷水から瓶を一本取り上げた。
「…うん?奢られようとしてんの?」
阿部は渡辺の意図に気付き、苦笑する。
「お前、先輩じゃん」
渡辺は悪びれず、軽い調子で言った。
「翔太のが年上だろ」
阿部が呆れたように反撃する。
「そもそも先輩だと思ってるなら、お前って言うなよ」
「阿部ちゃん先輩、ダテの分も買って」
阿部の文句をものともせず、渡辺は更に宮舘の分のラムネもたかる。
「もう〜」
阿部はふっと笑って財布を出して、3人分のラムネを支払った。
「ありがと、阿部ちゃん」
渡辺は現金な笑顔を見せる。
「あれ、ラムネ?」
後ろから宮舘が来て声を掛けた。
「ほら、阿部ちゃんの奢り」
ひんやりした瓶を渡辺から押し付けられ、彼はふわりと微笑む。
「ありがと、阿部」
「翔太にたかられた」
阿部は笑いながら、ビー玉を中に押し込む。瓶の中にシュワシュワと泡が立ち上がった。
3人は立ったまま、ラムネで喉を潤した。
「うまっ」
渡辺は一口飲んで満足そうに頷いた。
「夏ってかんじ」
阿部も瓶を傾ける。ビー玉がラムネの中でゆらりと揺れて、カランと音を立てた。
「良い音」
「だね。わかる」
宮舘も風流を感じ、笑った。
少し離れたところで、岩本は牛串を食べ終え、串だけ持って立っていた。
「照もラムネ一緒に飲めば?」
深澤が苦笑して言う。
「行こうとすると、誰か来るし」
岩本は小さく返した。確かにな、と深澤は阿部を見る。
「まあまあ、みんな、阿部ちゃん好きだからさ」
「それは知ってるけど」
知ってるけど面白くはない。岩本は一つため息をついた。
その時。
「あー、あべちゃん!」
ラウールが両手に綿飴を持って走って来た。
「見て!可愛いでしょ。一個あげる」
虹色の大きな綿飴を阿部に手渡す。
「大きいなあ」
顔より大きなそれを貰って、阿部は自分の顔の横に並べて見せた。
「こうじ君が、買ってくれた。……綿飴とあべちゃん、可愛いな」
ラウールがもう一つの綿飴も、阿部の顔の脇に並べてみて言う。阿部は一瞬、手を顎の下に持ってきてアイドルスマイルを見せてから、可愛くないから、とケラケラ笑った。
「いや、可愛いけど」
それを遠巻きに見ていた岩本は、ぼそっと呟く。
「なあ、イカ焼き食べる?」
深澤が屋台から戻って来て、イカ焼きを差し出すと、岩本は阿部を見たままそれを受け取った。
「今なら行けんじゃね?」
深澤が促す。そうか、と岩本が動こうとしたその時、
「あべちゃん!」
今度は向井だった。
「射的あるで!」
「ほんと?」
「景品めっちゃある!」
「行きたい!」
阿部はまた笑顔で駆けて行った。
「………」
岩本はまた取り残されて、仕方なく1人でイカ焼きを食べ出す。
「照、大丈夫?」
苦笑いしながら、宮舘が声をかけて来た。
「…大丈夫じゃない」
岩本は小さく呟く。
「花火になったら戻って来るって」
「今日、全然一緒にいられてない…」
「しょぼくれてんなあ」
ラムネを飲み終えた渡辺も、寄ってきて言った。
「阿部ちゃんが、天然なんだよな。あいつ、照を放置してる自覚ないだろ」
深澤が呆れて言う。
岩本は、射的の屋台で向井と、合流したらしい佐久間と笑い合う阿部を見つめた。
阿部は懸命に腕を伸ばしていた。それでも的は倒れず、「えー」と悔しそうな声を上げている。
その姿が可愛い。
「まあ、楽しそうだからいいけど…」
諦めと寂しさを含めて、彼は小さく言った。
深澤、宮舘、渡辺は顔を見合わせる。
「照、花火は任せろ」
深澤がニヤリと笑って言った。
「2人にしてやるから」
渡辺と宮舘が、頷きあう。期待しないでおく、と岩本は返した。
花火が始まる時間。
9人は最初に集まった場所に集合した後、花火の上がる方へ歩き出した。
花火会場へ向かう途中、自然と岩本の隣へ阿部が並んだ。
「ねえ、ひかる、これ持って」
阿部が歩きながら、射的の景品の菓子の箱を、岩本に手渡して来た。岩本は言われるままに、箱を小脇に抱える。
「楽しかった?」
「楽しかったよ」
岩本の問いに阿部は、にこにこ笑った。
深澤は2人の様子を見ながら、さりげなく少しずつ距離を取った。側にいる佐久間と目黒をそれとなく誘導しながら。
「阿部ちゃん…」
目黒がまだ阿部に構おうとしたが、腕を掴んで無理やり連れていく。
宮舘と渡辺も、向井・ラウール組をさり気無く岩本達から遠ざけた。途中でラウールが意図に気付き、向井に耳打ちする。
すうっと静かに、7人は離れて行った。
「…あれ?みんなは?」
花火開始を知らせるアナウンスが流れ始めた頃、阿部は他のメンバーがいない事に気付いた。
それと同時に、今日の自分の振る舞いを思い出す。
「あ…ひかる、今日、全然一緒に回らなかったね」
ちらりと岩本を見ると、彼も阿部を見た。
「ごめん。放置して…怒ってる?」
「怒ってないよ」
岩本は苦笑して返した。
「寂しかったけど。全然、阿部、俺のとこ来ないし」
「ごめーん」
顔の前で手を合わせて、阿部が謝る。
「…綿飴あげるから許して」
そして、さっきラウールに貰った、綿飴の袋を開けて差し出した。岩本はふわりと笑い、袋に手を伸ばす。
「許す」
虹色の綿飴をちぎって、口に入れる。それは、じゅわっと溶けて、甘さだけを残して消えた。
「甘いね」
「うん、甘い」
2人は言い合って笑う。
会場の明かりが、一斉に落とされた。
次の瞬間、地上から空へ向かって、ヒュルルと音を立てながら光の尾が昇っていく。
赤い大輪の花が夜空に咲いた。
岩本がそっと阿部の手を取った。みんなが上を見ている間は、せめてその指先だけでも握っていたかった。
阿部は、指を握って来るその手に指を絡め、恋人繋ぎにする。
そして、そっと身体を寄せた。
後日、向井から一枚の写真が送られてきた。花火を見上げながら手を繋ぎ、微笑み合う2人の後ろ姿だった。
夏祭りの喧騒も、花火の音も、あの日の感情も収められたその一枚は、2人の宝物になった。
コメント
18件
大きな地震が来たって、もそうだけど💛が拗ねるお話可愛くて好きだな…
わちゃわちゃすの最高😊😊
それぞれのキャラクターの解像度がとても高くて、こんな事を言いそう、こんな表情してそう、と映像が浮かびました🥰 いつも素敵な作品ありがとうございます、応援しています😊