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《SIDE:パウエル》
冒険者ギルド・|黄金秤《リブラ》の最上階。
ギルド長室の窓からは、街のすべてが見下ろせる。
パウエルは葡萄酒の杯を傾けながら、痩せた側近の報告に耳を傾けていた。
「シードは、北の街道へ向かったそうです。例の娘を連れて」
「五百万は、きっちり払っていったか」
「はい。耳を揃えて」
パウエルは満足げに鼻を鳴らした。
「私財を投げ打って、ハズレスキルの小娘を買うとはな。最後の最後で、ずいぶんと馬鹿な真似をしたものだ」
あの娘は、鑑定の儀でハズレと判定された。
……もっとも、その判定が絶対でないことなど、パウエル自身がよく知っている。
教会へ渡す金額ひとつで、神官の言葉はいくらでも変わるからだ。
ありふれたスキルに大仰な祝福が添えられ、都合の悪い結果が曖昧に濁されることも珍しくない。
だが、商売において重要なのは、真実ではない。
皆が何を信じ、いくらの値をつけるかだ。
教会がハズレと言えば、買い手はハズレとして扱う。
そんな娘に五百万ドゥレを払う者など、金をドブに捨てるようなものだとパウエルは考えていた。
「あの男も、もう少し数字の分かる人間だと思っていたがな」
生意気な口を利くことはあったが、これまでのシードは、与えた仕事だけはこなす使い勝手のいい駒だった。
安く買える人材を見つけ、将来性という名目をつけて売り出す。その数字が正しいかどうかはともかく、貴族や商人を納得させる材料にはなった。
だが、|主《あるじ》に楯突く駒など必要ない。
「……ですが、ギルド長。明日以降の奨学生の選定は、いかがいたしましょう」
側近が、羊皮紙の束を抱えたまま言い淀んだ。
「シード殿が抜けた穴を、どなたに埋めていただくおつもりで」
「埋める必要などない。実家の羽振りがいい順に並べて、上から取れ」
「し、しかし、それでは──」
「家名さえ分かれば十分だ。それで結局は、事足りる」
パウエルは杯を机に置いた。
「ですが、近年頭角を現した奨学生の多くは、シード殿が推薦された者です」
「……ギルドの金と設備を使って育ったのだ。当然だろう」
|黄金秤《リブラ》の環境は世界一だ。
最先端の環境で訓練を積ませれば、どんな選び方をしても何人かはものになる。
「そもそも、あの男が示していたのは十年後の数字だろう。まだ答え合わせすら終わっていない」
「それは……」
「伸びた者だけを並べて、すべて鑑定のおかげだと言うつもりか」
当たればシードの手柄。
外れたとしても、それが判明するのは何年も先。
ずいぶんと都合のいい数字だと、パウエルは以前から思っていた。
「心配するな。鑑定士の仕事などいくらでも替えが効く」
──人間の価値を決めるのは、所詮は数字と肩書きだ。
誰に金を出させ、どの家と結びつけ、どれだけ高く売るか。
それを誰よりも巧みにこなして、パウエルは、この椅子まで昇り詰めたのだ。
「他に、片付けるべき案件は?」
「ヴァルドール伯爵家より、書状が届いております。……例の娘の件で、たいそうご立腹の様子で」
「なんだと」
杯に伸ばしかけた手が止まる。
「……ヴァルドール伯爵は、あれの容姿を随分と気に入っていたからな」
視察で指名のあった“お気に入り”を、理由をつけて有力貴族に下げ渡すのも、ギルドの立ち位置を磐石なものにするためには大切だった。
「まったく、シードめ。余計な真似をしてくれたものだ──すぐに代わりを見繕え。若くて、なるべく伯爵が気に入りそうな娘をな」
「かしこまりました」
「詫びの品も添えろ。伯爵のご機嫌を損ねてみろ、貴様の首では足りんぞ」
側近が、わずかに目を伏せた。
だが、何も言わずに頭を下げる。
──それでいい。
この部屋で意見を述べる権利があるのは、結果を出している人間だけだ。
パウエルは椅子の背に身を預け、指を組んだ。
シードが去ったこと自体に、惜しさはない。
だが、シードに付随していたものまで失うつもりはなかった。
「リタは、どうしている?」
「……竜殺しのリタ殿ですか。ここ数日、宿舎には戻っていないようです」
名簿の上では、リタも|黄金秤《リブラ》の所属だ。
ただし専属契約は結んでおらず、シードが持ち込んだ依頼しか受けようとしなかった。
古竜を単独で討ち取るほどの冒険者が、金も地位も持たない鑑定士の頼みばかり聞く。
パウエルには、その理由が理解できなかった。
だが、シードがいなくなった今なら分かる。
「貸しだろう」
「はい?」
「あの男は、リタが困窮していた頃に手を貸していただろう」
貸しを盾にして、手元へ縛りつける。
そう考えれば、リタがメイドの格好で身の回りの世話までしていたことにも説明がつく。
「ですが、噂では……リタ殿はシード殿を“ご主人様”と呼び、自ら付き従っていたと」
「はっ。恩を着せられた女が、その相手に逆らえるものか」
パウエルは呆れたように息を吐いた。
「慕っていたのではない。そう呼ばされていたのだ」
気の毒な話ではある。
そして同時に、これ以上ない好機だった。
「私の名で、リタへ招待状を出せ」
「かしこまりました。ギルド長室に呼び出しますか?」
「呼び出すのではない。こちらから礼を尽くして招くのだ」
パウエルは机の上の羊皮紙を引き寄せた。
「使者には副長を立てろ。粗末な馬車を使うな。こちらが最大限の敬意を払ったと、誰の目にも分かる形にしろ」
「かしこまりました」
必要なのは権威だ。
羽根ペンを取り、提示する条件を書き連ねていく。
「幹部待遇の専属契約で迎え入れる。年俸は三千万ドゥレ。依頼は自由に選ばせ、専属の執務室も与える」
「さ、三千万ドゥレですか!?」
「それで竜殺しを雇えるなら安いものだ」
竜殺しの二つ名は、それだけで金を生む。
リタが正式に|黄金秤《リブラ》の看板となれば、王侯貴族から舞い込む依頼の額も一段上がる。
「それに、シードの支配から解放してやったという形を作っておけ」
パウエルは羽根ペンを走らせながら続けた。
「シードに対する借金や違約金があるなら、こちらですべて清算すると書いておけ」
「承知いたしました」
「人は、自分を救った相手への借りを忘れない。待遇を与え、自由を与え、恩まで売っておく。そうすれば、二度と他所へ移ろうとは思わんだろう」
金で買えない忠誠など存在しない。
足りないのは、いつだって金額か、相手が望む理由だけだ。
「くっくっく。あの男が消えて、リタを縛っていた鎖は外れた」
パウエルは完成した書状を眺め、満足げに頷いた。
その時のパウエルの頭からは、五百万ドゥレで手放した娘のことは、すっかり消えていた。
──百二十億ドゥレ。
やがて紫紺の剣聖と呼ばれる少女に提示される、未来の契約金である。
この日、|黄金秤《リブラ》が失ったものの大きさを理解する者は、この部屋には一人もいなかった。
コメント
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第4話読了ー!😭💕 パウエル視点、めっちゃ嫌な奴で笑ったけど…「金で買えない忠誠は存在しない」って言い切る感じ、完全に物語の悪役ポジだよね!でもラストの「百二十億ドゥレ」「紫紺の剣聖」って伏線、めっちゃゾクゾクした…!今はハズレ扱いのアリシアがどれだけ化けるか、シードの目利きが正しかったって証明される瞬間が待ち遠しすぎる🥺🌟 パウエルが手放した“一番の宝”に気づかないままなのも、皮肉効いてて最高のエピソードだったよ!