テラーノベル
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俺が階下へ降りたときには、すでに朝食が食卓に並んでいた。
「おはようございます、ご主人様。お茶は少し冷ましてありますので、すぐにお飲みいただけます」
「……俺が熱い茶を苦手なの、まだ覚えてたのか」
「ご主人様のことですので」
顔を合わせる機会は何度もあったが、朝から世話を焼かれるのは久しぶりだ。それでも、俺が口にする前に必要なものが出てくる。
以前より手際がよくなっている気さえした。
(こいつは、いつ寝ているんだろうな)
向かいでは、ミアが黙々と朝食を口へ運んでいる。
夜明け前から庭で素振りをしていたのは、窓越しに聞こえていた風切り音で分かっていた。
「ミア。左腕は使っていないだろうな」
「右手だけです。左腕は一度も使っていません。……本当です」
「ならいい。だが、もし無茶をしたら、寝台に縛りつけてでも休ませるからな」
「……気をつけます」
ミアは慌てて、包帯の巻かれた左腕を胸元へ引き寄せた。
それでも剣を振ったこと自体は咎められなかったからか、張りつめていた表情が少しだけ緩む。
食事が一段落したところで、俺は皿を脇へ寄せた。
「今日から、ギルド設立の準備を始める」
ミアが姿勢を正し、リタも食器を片づける手を止めた。
俺はピンと指を立て、口を開く。
「必要なのは大きく三つだ。まずは、構成員が三人──これはちょうど俺たちで足りているな」
続けて、二本目の指を立てる。
「次に、拠点としての最低限の体裁だ。受付、依頼を貼り出す掲示板、それからギルド名を記した看板あたりが必須か」
「この建物を使うんですか?」
「そのつもりだ。埃を落として、壊れた場所を直せば、しばらくは使えるだろう」
倉庫として借りていた建物だけあって、部屋数だけはあるしな。
一階を受付と酒場にして、二階を寝泊まりできる場所に変えれば、零細ギルドの拠点としては十分だろう。
「最後が供託金。登録時に十万ドゥレを組合へ預けるんだが──これが厄介だな」
俺の言葉に、ミアの表情が曇った。
「シードさん。ところで、五百万ドゥレを支払ったあとの手持ちは……」
俺は腰から財布を外し、中身を食卓の上へ空けた。
銀貨が一枚。
銅貨が数枚。
転がった銅貨の一枚が、乾いた音を立てて皿にぶつかった。
「ふむ、72ドゥレといったところか。十万には少しばかり足りないな」
「少し!? 本当に全財産使い切ってるじゃないですか……!」
ミアが泣きそうな顔で、食卓の上の全財産を見つめる。
そして覚悟を決めたように、俺へ向き直ると、
「シードさん、やっぱり今からでも私を売って――」
「冗談でも、そんなことを言うんじゃない」
ミアの自己肯定感の低さは、今後の課題だな。
「何度も言わせるな。おまえを手放すつもりはない。金なら別の方法で稼ぐ」
「ですが……」
「まあ全財産合わせてこれじゃあ、ちっとも締まらないがな」
俺の自嘲するような言葉に、ミアはふるふると首を横に振った。
「では、私がお出ししますね!」
一方、リタがマイペースに手を挙げた。
「十万ドゥレ程度でしたら、すぐにご用意できます」
「それはおまえの金だろう。自分のために使え」
「? 私のお金は、ご主人様のお金ですよ?」
「なんだ、その逆ジャイアニズムは……」
俺の呆れたような目線を受けても、リタは穏やかに微笑むのみ。
「メイドたるもの、ヒモになったご主人様を養うのが夢です。いつヒモになってくださるんです?」
「なるか!」
押しかけメイドのリタは、今日も今日とてマイペース──油断するとすぐにペースを持っていかれる。そこがリタの長所でもあるけどな。
そんなリタを、ミアがじっと見つめていた。
それから自分の膝へ視線を落とし、右手で服の裾を握る。
(ミアはまた──考えすぎるところがあるな)
どうせまた、自分には何が出せるのかと考えているのだろう。
なら、考え込む暇がないぐらいに仕事を任せればいい。
「ミア。文字を書くのは得意か?」
「文字、ですか?」
「今から看板を作る。ギルドの名前を、おまえに書いてもらいたい」
「私が……、ですか?」
「ああ。上手さは要らない。俺たちが作ったと分かれば十分だ」
ミアが顔を上げ、じっとこちらを見てくる。
「できます、やらせてください!」
「決まりだ。最初の看板は、最初の三人で作るぞ」
「はい!」
今度の返事には、迷いがなかった。
こうして、俺たちの最初の仕事は決まった。
肝心のギルド名については――リタに意見を求めたことを、俺はすぐに後悔することになる。
コメント
1件
ああ、読んだよ。第5話、いい感じに動き出したね。 シードがミアに看板の文字を書かせるところ、じんときた。「上手さは要らない。俺たちが作ったと分かれば十分だ」って台詞、リーダーとしての距離の取り方が絶妙だなって思った。ミアの自己肯定感の低さが気になるけど、こうやって少しずつ任せていくことで変わっていくんだろうな。 リタの「ヒモになってもらうのが夢です」には思わず笑ったよ。シードの「逆ジャイアニズム」ってツッコミも含めて、この掛け合いが好きだ。 全財産72ドゥレからのギルド設立、どうなるのか楽しみ。
#元カレ
まぁ
25,630
アトハ
153
#聖女
にゃみ3
37
#ハッピーエンド
にゃみ3
30