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ゆうき あきや
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友ゴリラ
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第214話:運命の原石〜愛嬌と狂気を併せ持つ、最強の山の申し子〜
北海道、帯広市。
家賃四万円、築三十年のボロアパート。その四畳半の空間で、俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、運命のクリック音を響かせた。
カチッ。
エントリーナンバー342番。ジェミニ先生のAI分析で「測定不能(エラー)」を叩き出した、最後の候補者が待機ルームから入室してくる。
エゾシカの死骸を見せつける猟師、昆虫を貪り食うサバイバリスト、体力ゼロの安楽椅子オタク。
極端すぎるバケモノたちに心を折られた限界ヒモ社長の前に現れたのは、果たしてどんな魔物か。
俺は身構え、PCモニターを凝視した。
『あ、繋がりました! 初めまして、インフィニティ・ワンの皆さん!』
スピーカーから飛び出してきたのは、風鈴のように澄み切った、底抜けに明るく愛嬌のある女の子の声だった。
画面に映し出されたのは、日焼けした健康的な肌に、ポニーテールを揺らす二十歳前後の少女。
背景はごく普通の、少し古い木造住宅の和室だ。
鉈もクマスプレーも持っていないし、血まみれの獲物も転がっていない。
「こ、こんルシ。社長のルシフェルです。……ええと、君が342番さん?」
『はい! 日向(ひなた)と言います! ルシフェル社長、本日は面接の機会をいただき、本当にありがとうございます!』
画面の向こうの彼女——日向は、アイドルのようにキラキラとした笑顔で、深々と頭を下げた。
俺は一瞬、呆気に取られた。
声の可愛さ、表情の豊かさ、そしてハキハキとした気持ちのいい挨拶。
これは、これまで何百人と見てきた『王道のVTuber志望者』の反応そのものだ。
「結愛! 見たか! 普通の女の子だ! ガチの傭兵じゃない、ちゃんとした可愛い女の子が来たぞ!」
俺は歓喜のあまり、ディスコードの通話マイクに向かって叫んだ。
『ルシフェル様、落ち着いてください。声や表情が良くても、あの狂った募集要項をクリアしていなければロケで遭難して終わりです。ジェミニ先生、彼女の心拍数と発声の周波数から、緊張状態を分析してください』
結愛の冷徹な声に対し、ジェミニ先生の無機質な音声が即座に答える。
『分析完了。候補者・日向の心拍数は驚くほど安定しています。嘘や虚勢を張っている兆候はゼロ。極めて自然体です』
「よし、なら俺が質問するぞ」
俺は咳払いをして、社長としての威厳を保ちながら画面に向き直った。
「日向ちゃん。君の笑顔と声は素晴らしい。だが、俺たちの企画『やまむすめ』は、北海道の過酷な山でロケをするサバイバル番組だ。体力には自信があるのか?」
『はい! まかせてください!』
日向はドンッと自分の細い胸を叩いた。
『私、実家がすっごく山奥にあって、高校生の頃は毎日片道十五キロの山道を歩いて通学してました! 冬は雪を漕いで歩くので、足腰には自信があります! 先週も、おじいちゃんの畑で採れた三十キロのジャガイモを背負って、ふもとの直売所まで二時間歩いて下ろしてきたばかりです!』
「さ、三十キロのジャガイモを背負って山道を二時間!?」
俺は思わず目を剥いた。
自衛隊の行軍訓練と同レベル、いや、それ以上の超人エピソードを、彼女はまるで「コンビニまで散歩してきました」くらいのテンションで語っているのだ。
『……社長ぉ、彼女の足腰マジでガチっすねぇ。これなら社長がぶっ倒れても、三十キロの機材ごと社長を背負って下山してくれそうっすよぉ……』
ヨモが裏回線で気だるげに感心したような声を漏らす。
「俺はジャガイモ扱いか! ……いや、待て。体力はクリアだとして、虫はどうだ!? 山には見たこともないようなデカい虫がたくさんいるぞ!」
俺が身を乗り出して尋ねた、その瞬間だった。
画面の向こうで、日向の顔のすぐ横を、黒くて巨大な影がブーンと羽音を立てて横切った。
おそらく網戸の隙間から入り込んだ、巨大なオニヤンマかスズメバチのような虫だ。
「ひっ! 日向ちゃん、虫! 横に虫が!」
俺が悲鳴を上げかけたが、日向は全く表情を変えなかった。
『あ、ごめんなさい。ちょっと失礼しますね』
彼女はにっこりと微笑んだまま、空中でサッと右手を動かした。
パシッ、という乾いた音が鳴る。
『もう、どこから入ってきたのかな。北海道の夏は虫が多くて困っちゃいますね!』
日向はカメラに向かって最高のアイドルスマイルを向けながら、素手で捕まえた巨大な虫を、画面の外にポイッと無造作に投げ捨てた。
『……完璧です』
結愛が、震えるような声で呟いた。
『悲鳴一つ上げず、表情も崩さずに巨大な虫を素手で処理しました。タランチュラを食べるサバイバリストは絵面的に放送事故ですが、この子の対応は完全にエンターテインメントとして成立しています』
「あ、ああ……すげえ。すげえぞ、この子!」
俺は興奮で全身の血が沸き立つのを感じていた。
可愛い。愛嬌がある。それでいて、完全に山に適応している野生児。
「最後だ、日向ちゃん! これが一番大事な質問だ!」
俺はモニターに顔を限界まで近づけ、食い入るように彼女を見つめた。
「もし、ロケの最中に……北海道の山奥で、ヒグマに遭遇したらどうする?」
その質問に対し、ヒマラヤのアルピニストは「死を覚悟する」と言い、マタギの少女は「鉈で急所を狙う」と答えた。
果たして、この愛嬌あふれる山の申し子はなんと答えるのか。
日向は少しだけ首を傾げ、ポンッと手を打って明るく答えた。
『あー、クマさんですね! 実は先月、山菜を採りに行ったらバッタリ鉢合わせしちゃって!』
「鉢合わせしたの!?」
『はい! 距離五メートルくらいで目が合っちゃって。でも、あの子たちって基本的には臆病なんですよ。だから私、持っていた金属のバケツをガンガン叩きながら、「こらー! あっち行きなさーい!」って大声で怒鳴って、長い木の枝を振り回したんです』
日向は、まるで近所の野良犬を追い払ったかのような軽いトーンで、恐るべき実体験を語り出した。
『そしたら、クマさんビックリして、一目散に山の中へ逃げていきました! だから大丈夫です! ロケ中にクマが出ても、私が社長さんの前に立って、絶対に追い払ってみせます! もちろん、保険でクマスプレーも持っていきますね!』
にぱっ、と。
彼女はカメラに向かって、太陽のように眩しい笑顔を向けた。
四畳半の空間が、完全な静寂に包まれた。
『……ジェミニ先生』
結愛の声が、信じられないものを見たかのように微かに震えている。
『候補者・日向の、エンタメ性、体力、サバイバル適性、および社長の生存確率。最終数値を弾き出してください』
『……算出完了』
ジェミニ先生の合成音声も、どこか高揚しているように聞こえた。
『愛嬌とトーク力によるエンタメ性、100。過酷なロケに耐えうる体力、100。ヒグマにすら動じない狂気のメンタルと環境適応能力、120。そして……彼女に同行した場合の社長の生存確率、99.9パーセント』
そのデータを聞いた瞬間。
ボロボロと、俺の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
エウリアンに騙され、300万円の極彩色アートに嘲笑われながら、味のしない塩昆布玄米をすする極貧のヒモ社長。
資金力ゼロから逆転するために、自らを無給の荷物持ちに落としてまで挑んだ、狂気の面接サバイバル。
その果てに、俺はついに見つけ出したのだ。
北海道の大自然という最強の舞台で、俺たちを業界の覇権へと導いてくれる、正真正銘の運命の原石を。
「……合格だ」
俺は涙を拭い、社長としての威厳を振り絞って、モニターの向こうの彼女に告げた。
「日向ちゃん! いや、今日から君は、インフィニティ・ワン所属のVTuberだ! 俺たちと一緒に、アウトドア界の天下を取りに行くぞ!!」
『はいっ! ルシフェル社長! 私、泥まみれになっても絶対頑張ります!!』
画面の中で、日向が元気いっぱいにガッツポーズを決めた。
『やりましたね、ルシフェル様。これでようやく、借金返済の第一歩が踏み出せそうです』
『……あー、ついに新しいスターの誕生っすねぇ。これでなんとか、プロジェクトも回りそうっすよぉ……ふわぁ』
結愛とヨモの祝福の声が、ディスコードの向こうから響き渡る。
俺の背後では、三枚の美少女版画たちが、どん底から這い上がろうとする俺の姿を、今度は少しだけ優しく見守っているような気がした。
こうして、伝説のアウトドア特化型VTuber『やまむすめ』の第一期生が、ついに決定した。
北海道の山々を震え上がらせる、俺たちの本当の快進撃は、ここから幕を開けるのだ。
コメント
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あおいです、読み終えました……もう、もうもうもう……! 日向ちゃん、最高の原石ですね。あの、クマさんを「こらー!」って追い払ったエピソード、素手で虫をパシッとやるシーン、全部含めて「愛嬌と狂気」ってそのまま体現してる感じが本当に好きです。ルシフェル社長が涙する気持ち、すごく分かります。30キロのジャガイモ発言で笑って、クマ対策で胸が熱くなって……一話の中で表情が忙しかったです。続き、楽しみにしてますね🤍