数日後、洋平がいつものように仕事から帰って来た。
「ただいま〜」
「お帰り〜」
「消毒、消毒〜」
「お風呂入って来て〜」
「うん、ここちゃん寝た?」
「うん、寝てる〜」
平日は、いつものように1人でお風呂に入る洋平。
ご飯を食べてる時
「今日さ、メガネが行方不明になっちゃって……」
「え? なんで? 買ったばっかりなのに……」
「机の上に置いてたんだけどなぁ」
「まだ、見つからないの?」
「うん」
「えー!」
「明日、もう一度、探してみるよ」
「うん、無かったら不便よね〜」
「そうなんだよな〜おかしいなぁ〜」
「引き出しか鞄から出てくるんじゃないの?」
「そうかもね〜」
そんな会話をしていた。
翌日、昼間に家の電話が鳴った。
いつものように美優が出た。
「もしもし、杉野さんのお宅でしょうか?」
女性の方の声だった
「はい、そうです」
「奥様でいらっしゃいますか?」
「はい」
「私、〇〇生命の岡田と申します」
「はい」
「ご主人様の《《洋平さん》》には、生命保険をご契約していただいておりまして、お世話になっております。ありがとうございます」
「はあ〜」
『《《洋平さん》》?』なぜ名前呼び?と、思ったが……
「今日は、ご主人様は?」
「会社に居ると思いますが……」
「そうですか……申し訳ございません、先ほど会社の方へお伺いしましたが、いらっしゃらなかったので、ご自宅の方へご連絡させていただきました」
──なぜ?
「はあ……会社に出入り許可を取っておられる保険会社さんですよね?」
「はい、そうです」
「なら会社の方でコンタクトを取っていただけますか?こちらでは、契約内容が分かりませんので……」
「あ、申し訳ありません。契約内容の事ではないので……」
「では?」
「昨日、会社へ訪問させていただきました時に、誤って洋平さんのメガネを持ち帰ってしまいまして……」
「え?」
「保険の話をさせていただいて、その時に私のメガネと間違えて、持ち帰ってしまいました。大変申し訳ございません」
「あ、そうなんですね、昨日、無いって言ってました」
「あ、そうなんですね。なのでお返ししたいのですが……」
「会社に届けてくだされば……」
「あ、《《洋平さん》》は、外出中でしたので、今、ご自宅のマンションの下に居ますので、よろしければ奥様にお返し出来ればと思いまして……」
「え?はあ……」
「ご不便ではないか?と思いまして……」
「えー、不便だとは言っておりましたが……」
美優は、少し怖くなったが、洋平が困っていたし……
「分かりました」と、マンションのロックを解除した。
すぐに洋平にメールを送った。
既読になり……「え?どういうこと? なぜ、保険屋さんがウチに?」
「分からないけど、返してもらうね」
「あ、ごめんね、お願い」
そう返信がきたから、受け取ることに……
ピンポ〜ン
覗き穴から確認、女性1人だ。
「はい」
「あ、初めまして奥様でいらっしゃいますか?」
「はい」
「いつも《《洋平さん》》にはお世話になっております。この度は、申し訳ありませんでした」
40代中頃ぐらいの女性だ。
ここちゃんが起きたので、抱っこして出た。
「うわ〜可愛いですね。《《洋平さん》》そっくりですね」
「あ、ありがとうございます」
──この人は、さっきから、なぜ《《洋平さん》》と、連発しているのだろう?ちょっと怖い
「コレ」と、洋平のメガネを差し出された。
つるの内側に模様があるから間違いない。
「あ、わざわざありがとうございました」
「いえ、こちらの不手際ですので……奥様に直接お会い出来て渡せて良かったです」
──は?どういう意味?
「ありがとうございました」
「では、失礼致します。くれぐれも《《洋平さん》》によろしくお伝えくださいませ」
怖くなって、急いでドアを閉め、鍵を閉めた。
──なんなの?
ふと、覗き穴を見た。
まだ、居た。何やら電話をしているようだ。
そのまま、電話をしながら歩いて行った。
すぐに洋平にメールをした。
「洋平、今、話せない?」
しばらくして、電話がかかって来た。
「美優、ごめん。今、保険屋さんから電話あったよ。受け取ってくれたんでしょ?」
「うん、今、洋平どこ?」
「会社だよ」
「え? 今の人、岡田さんっていう人が、洋平は会社に居なかったって言ってたわよ」
「は? 居るよ、デスクに……なんなら井上と代わろうか?」
「あ、大丈夫、流れてるアナウンスが聞こえたから……なんか、あの人、怖いんだけど……ずっと《《洋平さん》》って言ってたわよ」
「え? そんな呼び方、保険屋さんにされたことないよ」
「なんなの? 一方的に言い寄られてるんじゃないの?」
「何言ってるの? 保険の話しかしてないよ。
赤ちゃんが生まれたって行ったら、美優とここちゃんも追加で入ったら? とは言われたけど……」
「奥様に直接お会い出来て、渡せて良かったって言われたし……怖いんだけど……」
「美優の勘違いじゃないの?」
「洋平! ホントに怖かったんだから……」
「あ、ごめん」
「今、すごく手が震えてる」
「え? 美優、大丈夫? 帰ろうか?」
「どうしよう? なんかすごく怖くて、涙が出て来た」
「ごめん、美優、怖い思いさせて!ちょっと待ってて、すぐ帰る!」
そう言って電話を切ったが、美優は怖くて怖くて、
手の震えが止まらなかった。
でも、心美を守らなきゃ!
ぎゅーっと抱きしめていた。
ここちゃんは、屈託のない笑顔で美優を見てる。
泣ける。
急いで洋平が走って帰って来た。
「美優!」
「洋平!」
抱きつきたかったけど、ここちゃんを抱いていたし、
腰が抜けたのか、立てない。
「美優、大丈夫か?」
洋平の顔を見たら余計、涙が流れた。
「ごめん、美優」と、洋平が抱きしめてくれた。
「何? あの人」
「1番最初に保険に入る時に担当してくれた人で、俺が去年マレーシアから帰って来て、また、いつものように昼休みに来てるから、あら〜《《洋平くん》》カッコよくなったわね〜とは言われてた」
「ほら〜」
「でも、結婚したし、娘も生まれたって言ったから……じゃあ、2人の保険も追加で入ったら? って勧められて……
だから、大丈夫だと思ってた」
「他には誘われなかった?」
「何度か、今度ご飯付き合ってよ、とかデートしようよって、皆んなの前で冗談っぽく言われてたから、まさか、間に受けないよ」
「もう!立派なアプローチよ」
「ごめん、冗談だと……」
「だから、私と、ここちゃんの顔を見たくなったのよ、『可愛い〜洋平さんにそっくり』って言われたわ。どうして、私の顔なんて見に来たのか? 怖いよ。メガネもきっとわざと持ち帰ったんだと思うよ」
「美優、ホントにごめん、俺のせいで……」
「こんなの職権濫用よ。個人情報を使って家まで来て、しかも盗んだメガネを使って、私に会いに……怖すぎるよ。何かされるんじゃないか?と思ったし……」
「保険会社に抗議するよ。もうあの人は、出禁にしてもらうよ」
「そうよね、でも逆恨みされないかなぁ?ちょっと、お父さんに相談しようかなぁ? 総務部だし……」
「うん、俺から連絡しようか?」
「あ、その方がイイよね?」
そう言って、すぐに総務部長である、
美優の父に電話をかけた洋平。
今の話を全て報告し、すぐに会社から抗議をしてもらった。
美優の父は、怒りの為、総務部長の権限で、〇〇生命の全ての保険外交員の出入りを今後一切禁止する!と、保険会社に通告したが、さすがに、他の契約者もたくさん居る為、それだけは勘弁して欲しい!と、保険会社から平謝りされ、
社長と直属の上司が当の本人の岡田氏を連れて、会社に謝罪に来た。
当然、岡田氏は今後一切出禁。自分の非を認めて、
洋平にも美優にも謝罪すると言われたが、美優は二度と会いたくない!と拒否。
洋平には、会社で謝罪し、二度と近づかない。
そして、美優宛に書いた謝罪文を渡して欲しいと、預かった。
美優の父は、本来なら犯罪だから警察に突き出す!と、言ったが、美優の計らいで、止めていることを伝えた。
社長、上司は深々と頭を下げ、岡田氏は涙しながら、謝罪した。
「次は、無いですよ。数々の犯罪、即、通報しますよ」と、警告。謝罪文と覚え書きに署名捺印させた。窃盗、個人情報悪用、ストーキング行為。
ほんの軽い気持ちでの誘惑
罠を仕掛けたつもりが、自分で罠にかかった
愚かな女の切ない恋心
彼女は、違う支店へと飛ばされたようだ。
懲戒解雇になると、逆上されて何をされるかわからないから、最低限の生活を守る為に、過疎地での就労を余儀なくされた。
コレで良かったと思った。
美優の心の傷はしばらく消えない。
しかし、
おかげで、洋平と美優の愛は、更に深まることとなった。
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