この作品はいかがでしたか?
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「久しぶりですね」
「久しぶり」
先輩がにぱ、と笑って目を細める。俺と先輩の口から白い息が漏れた。…先輩、いつもより頬が赤い。頬に苺味の綿飴を乗せてぼかしたような、ふわふわした赤色。完璧で反則すぎる、まるで人形の顔だ。
「顔、真っ赤ですよ。カイロいります?」
「へ?あ、だいじょぶ…」
先輩の頬と、ついでの耳がもっと赤くなる。綺麗な目が揺れた。
もしかして、俺と同じ気持ちなのだろうか。
俺は、先輩の事が好きになったのかもしれない。面と向かっては言えないが、恋愛的な意味で。
恋愛小説や少女漫画みたいな展開だ。翠姉のやつを読んだことあるからわかる。でもこんな訳ありそうな先輩となんて…どうしていいのか分からない。
「一触即発」ってやつ?を起こしそうで怖い。
「なんかごめんね」
「え?」
長いまつ毛が伏せられる。光が反射して微かにきらりと光った。
「最初は息抜きのつもりでここに来てたんでしょ?でも、僕みたいな面倒な人に付き合わされちゃって…息抜きどころじゃないじゃん」
「…」
そんなこと言わないでほしい。面倒なんかじゃない。違う。
あなたはあなたが思うよりもっと、素敵な人だって。俺にとっては犯罪級に綺麗でかわいい人なんだよ。
寂しげに俯いた彼の少しだけ泣きそうな表情が痛いほど刺さる。
苦しいんだな。…俺と一緒。何かに縛られて動こうにも動けないんだ。
「別に辛くはないし、なかなかこの時間もいいな、と思ってますよ。あんま話さないことも話せますし、先輩の話もクラスメイトより面白いし…」
「…そうなの?」
「クラスメイトの話なんてしょうもない物ばっかですよ。ネットで偶然拾った他人のネタを自慢げに話してくるんです。ま、男子に限りますけど。」
もっと言いたいことがあるのに、いつも控えめに終わらせてしまう。
こんなんだから翠姉を自殺させるんだよ。
いつも誰かを無意識に見放してしまうんだよ。
本当に、情けないやつだ。
「…うれしい…!」
ぐるぐる回っていた感情が、この笑顔で全て掻き消される。こんな笑顔を持つ人を、クラスメイトはみんな知らないんだ。勿体ない。
でも、これをほぼ独り占めできているんだ。そう思えば、あまり見せたくない。
「…ねえ、連絡先教えて」
「え、いきなりですか」
「だめならいい」
「いや、します」
画面に「めい」の文字。追加された。先輩の連絡先。
上がりそうな口角を必死で抑える。
「…夜空いてる?」
「空いてます、たぶん」
「連絡する」
通知が来た。
〈こんにちは 繋いでみたよ〉
硬直して2分ほど打てなかったが、やっと返信を送ることができた。
「こんにちは」だけだけど。
〈なんか嬉しいかも〉
〈てか、嬉しい〉
〈なんかいい事ありました?〉
〈気づいてるくせして〉
もう一度固まった。気づいてる…?本当に両片思いなんじゃないのかこれ。
〈え?〉
そこから、返信はなかった。先輩の事だから多分寝落ちだろう。
「はあ…」
全くもう、思わせぶりしないでください。
…先輩。
そこから数週間、お互いの勉強があったりして実際に会いはしなくなった。ずっと通話したり、トークしたり。ネット上での会話が多くなった。
そして今日。放課後に校門を出ると、あのさらさらの髪が目に留まった。
(先輩…!)
後ろ姿を目指して早歩きに切り替える。早く話したい。
暖かそうなカーディガンを着た彼の肩にそっと手を置く。
「先輩」
「…わ、海音君!?」
「久しぶりですね……って、また涙が…」
俺も驚いた。泣いているから。先輩が。
「いや、だいじょぶ…最近観た映画が面白いし感動するし泣けるしで……思い出し笑いならぬ思い出し泣き」
「へえ……どんな映画ですか?」
「主人公の女の子がね、クラスメイトの女の子に恋するの。結局叶わないって、自殺しようとしちゃうんだけど、最終的にはハッピーエンド!らぶパワー!」
「らぶパワーって……語彙力小学生かよ」
「あはは、でもほんとにいい映画だよ。」
(…語彙力ないところもかわいいです…)
にこにこ笑う先輩を見て、なんとなく安堵した。俺がいない間、手遅れにならなくてよかった。ほんとに良かった。
「…ない」
どこを見てもない。先輩が言ってた恋愛映画。
質問箱に投げても、小説ではないかという答えだけ返ってきた。
先輩、もしかして全部…嘘?
(…うわ、もうこんな時間)
ひとまず寝よう。明日に響く。
おやすみなさい。すぐ寝れないだろうけど。
(…え、なんで先輩が…?)
新学期が始まった。ついに幻覚が見え始めたのか。
「先輩…?留年?」
「ぽんぴん」
「えぇ……」
「引かないで…やめて……」
引いてるしめでたい事じゃないけど、内心嬉しい。
先輩とまた1年過ごせるのか。かわいいあの笑顔を、あと1年見られる。
「……同学年なら…敬語、じゃなくていいな?」
先輩が少し驚く素振りを見せたが、またいつもの緩い雰囲気に戻る。
あ、先輩…か?…まあまだ許可貰えてないし。
「いいよ。もう1年よろしく、”クロ”。」
「え?くろ……?俺?」
「うん。あだ名。僕だけの。」
あだ名。初めて付けられたかもしれない。
初めてが片思いの人。これ以上嬉しいことはない。
「……よろしく。…メイ。」
頭の中で先輩という文字に線を引いて、「メイ」に書き直す。
メイの目が揺れた。初めて会った時の、ゼリーみたいな愛おしい揺れ方。
「…ごめん、席外すね」
メイがいきなり席を立って、屋上へ続く階段の方へ向かった。
屋上に行くのだろうか。ついて行こうか…?
「俺も」
「嬉しい…!!」
薄いクリームイエローの髪がぴょんぴょん跳ねる。小動物、それか子供がはしゃぐようなその光景はなんともかわいらしい。
「いつか絶対、付き合う……あ…」
髪のぴょんぴょんが止まる。メイが飛び跳ねるのを止めたのだ。やっぱり、両片思いだったのか。今、漫画みたいに登場しようか。それともここで様子を見ようか。
「そっかぁ、無理か…あはは……そうだよね…クロと付き合えるとか……」
(…)
まだ、救えてなかった。やっぱり、一緒にいてあげなきゃいけない。
翠姉の時みたいな事がずっとループしている事を暗示しているようにも感じたこの感情を押しとどめて、俺は教室に戻ることにした。
明日、メイに本当の事を聞くんだ。俺の事が好きなのか。
落ち着いたら、あの映画の事も。そう決意して送ったメッセージに既読がつく。
〈それじゃあ、いつもの屋上で。〉
その文字を見た瞬間、まぶたが重くなる。
一気に疲れが来たのだろう。今日はもう寝ることにする。
明日で、きっとハッピーエンドにする。
これが物語なら、ここで1度終わって、次の回で完結だ。
おやすみ。
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らぶパワーは草