コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。何らかのアクションが起きるまで受け身の体勢を取っている『暁』ですが、私個人としては少し暇を持て余しています。マスターとの訓練は今日は無いし、サリアさんのところにもいけない。
レイミは居ないし、ルイは万が一に備えて港で待機してる。アスカも気ままに『黄昏』を動き回っている。エーリカはそもそも多忙。
……いや、皆多忙なのに私だけ暇なのはおかしい。
「目を離したら何を始めるか分からねぇからな。今は大人しくしといてくれ」
ベルが私に付いてきながら苦笑いしています。
「失礼な、人をトラブルメーカーみたいに言わないでください」
「自覚がなかったことに驚きだな。散々周りを振り回してるんだが」
「むっ」
まあ、思い付きで周りを振り回すことがあるのは事実ですが。
「まっ、そんなお嬢に良い知らせだ。ロウの旦那が呼んでたぞ」
「ロウが?では農園へ向かうとしましょう」
『黄昏』の北側に広がる広大な農園では様々な農作物が栽培されており、ロウを管理者として三百人弱の人々が日夜農作業に従事しています。
その中心にある『大樹』の影響でうちの農作物は他に比べると格段に味が良く、更に生育が早い。いや早すぎます。
ルミと始めた頃は二倍程度の早さでしたが、今では一年に三回は収穫できるのです。量もまた莫大なので、収穫の時期は『暁』総出で取り掛かる一種のイベントになっています。
「ロウ」
「これはお嬢様、お忙しい中お呼び立てして申し訳ございません」
『大樹』の根元で私はロウと会いました。当たり前のようにベルが護衛に付いていますが。
「構いません、退屈でしたので。それで、どうしました?」
「はい。先ずは『大樹』をご覧ください。お嬢様ならばお分かりになるかと」
ん?
……おや。
「……気のせいですか?また大きくなったような気がします」
私は『大樹』を見上げながら聞いてみます。うん、前より更に大きくなってる。
「そうか?俺には変わらないように見えるんだが」
一緒に見上げているベルは分からないみたいです。まあ、元々大きいのですが。
「やはりお嬢様の観察眼にはお見通しでしたか。旦那様の石碑を建てて更に成長したように見受けられるのです。その証拠に、影響範囲が更に拡大してございます」
ロウ曰く、『大樹』の影響が及ぶ土地は土を調べれば直ぐに分かるのだとか。
「お父様の石碑を建てた時、強い魔力を感じましたが……その影響でしょうか?」
「そこまでは。しかしながら、今回影響が広がったのは一点のみでございます。これまでは全域で広がったのでございますが」
「そんなこともあるでしょう。それで、場所は?」
「はい、北西の一帯でございます」
『黄昏』の北西一帯は川に囲まれた平原が広がっています。これまでは利用価値がなくて、たまに軍の演習に使う程度でしたが……そこまで『大樹』の影響力が拡がったとなれば、利用しない手はありません。
「ロウ、更なる農地拡大は?」
「これ以上となりますと、更に百人規模の人員増加を図るしかありません」
むぅ、これ以上増やすのは機密保持の観点から望ましくはありません。増やすにしても少しずつ。
……んー。
「なあ、お嬢」
「はい?」
「ここの野菜や果物が美味いのは知ってる。なら、それで育てた牛の肉はどうなるんだろうな?」
ベルの何気無い言葉に私は衝撃を受けます。そう、お肉!つまり酪農!
あの広さなら放牧するのに困らない筈!それに平原に自生している草木は既に『大樹』の影響を受けている筈。なにより、レイミがぼやいていました。お肉が美味しくないと!
「酪農、試してみますか?」
「ですが、お嬢様。私には家畜に関する知識がございません」
「居ないなら探すまでです」
私は早速マーサさんに相談してみると、意外な答えが帰ってきました。
「それならエルフの出番ね」
「へ?」
「私達は森で暮らしてるのよ?採取や狩猟だけじゃ限界がある。農業は専門外だけど、家畜くらい飼い慣らしていたわ」
「つまり、酪農家として経験があると?」
「リナに相談してみなさい」
私は早速リナさん達『猟兵』の詰め所へ向かいました。
「家畜のお世話ですか?それは構いませんけど、提案があります」
「なんでしょう?リナさん」
「私達四十人だけじゃ更に家畜の世話をするのは難しいです。ただ、里を追われたエルフは私達以外にも居るんです。彼女達を迎え入れる許可を代表に頂きたいのですが」
「許可します」
「即答ですか。エルフが増えますよ?」
「目の保養になりますね」
「はい?」
「おいお嬢、本音が漏れてるぞ」
「おっと」
つい本音が。
「代表?」
「失礼しました。エルフがいくら増えても問題はありませんよ?」
「代表には差別意識なんて無いんですね?」
「何故差別しなければいけないのか、理解に苦しむものです。まして貴女は私の大切なもの。信頼を寄せていますよ」
私の言葉にリナさんだけでなく他の皆もビックリしていますね。
「……代表みたいな人間がもっとたくさん居たら、この世界はもう少し平和になるかもしれませんね」
「私がたくさん居たら、大変ですよ?」
「考えただけで寒気がするな」
失礼な。
「リナさん、多少時間がかかっても構わないのでエルフの皆さんを集めてください。衣食住は保証しますし、報酬もちゃんと用意します。必要なら仕事も用意しましょう。差別は許しません」
「分かりました、代表。直ぐに連絡を取ってみます。私達を受け入れてくださりありがとうございます」
「礼には及びません。皆さんは『暁』にとって無くてはならない存在なのですから」
人員の手配を済ませた私は、酪農に使用する区域の設定するため北西の平原を訪れました。
「本当に何もないな」
ベルの言うとおり、川があるだけで後は『ラドン平原』との境界を示す森まで何もありません。
「水場の用意は簡単ですね。後は周囲を取り囲む柵があれば完成です。いや、牛舎も必要かな」
「そうだな……取り敢えず餌は問題ないとして、寝る場所と水場があればなんとかなるだろうな」
私達の考えは素人のそれです。新しい人員が来てから詳しく考えるとして。
私はついてきたドルマンさんに視線を移します。昼間から飲んでたので、拉致しました。
「周辺の柵については、木製と鉄製を組み合わせて作ろうと思います。魔物が襲う危険がありますからね」
「随分と広いな。これを全部鉄製の柵で囲むとなると、それなりの時間と鉄が必要になるが。お嬢ちゃん、予算は?」
「惜しみませんよ?」
「なら任せろ。どうにも銃器に馴染めない奴らが居るからな。そいつらに任せるから、他の作業に支障も出ない」
「それは良かった。必要なものはいくらでも用意しますからね」
それにしても、また大きくなった『大樹』。
今は外敵への対処を最優先にしていますが、いつか本格的に調べてみないといけませんねぇ。